第64話 神竜ロールアンクス討伐戦4

 扉から出てくる部隊を笑顔で迎え、新たに扉に向く部隊を手を振り見送る簡単なお仕事。それを今やっているのが私です。いや、本当はそんな簡単なものじゃないし、笑顔でい続けるのも結構疲れるが、今までの苦労を思えばなんてことはない。それに10人送り込んだ部隊が、10人とも帰ってくると嬉しい。

 私はロールアンクスと部隊の戦闘時間を1回5分と考え、それを24時間で一巡するだけの人数2880名と死、若しくは1日で治らない傷などで損耗した場合に備えて、更に約1000名の人員を用意した。今のところこちらの読み通りに、ロールアンクスが体力温存の戦法を取ってくれた為被害らしい被害はない。このまま押し切れればと、願わずにはいられない。


 ロールアンクスは10日を超えても変わりなく襲い掛かってくる敵に、次第に焦りを覚えていた。まだ動きが鈍るほどではないが疲れもたまっている。敵は予想以上にしぶとく諦めが悪いらしい。ここで扉が閉じ、自分が聖域を守り切ったとしても、すぐにまた同じことを繰り返すと思われた。血沸き肉躍る戦いなら、何度繰り返しても良いが、こんな戦いは何度もやりたくはない。

 そこで、ロールアンクスは戦法を変えることにした。体力は使うが、確実に1人を殺す事に決めたのだ。これまで観察したところ敵は24時間間隔でローテーションを繰り返している。敵は無限にいるわけではないのだ。確実に減らしていけば、勝利するのは自分だ。ロールアンクスは疲れた体に気合を入れるように咆哮をあげた。


 私は出てきた部隊が急に疲労困憊で、しかも9人しか出てこなかったことに違和感を覚えた。


「どうしたの?何か変化があったの?」


 部隊長が片膝をつき報告を始める。


「はっ。ロールアンクスは今まで舞台上から動かず。ブレスを吐いて我々を退却させるだけでしたが、急に襲い掛かり、我々を分断させるように動き、更にその内の1人を集中的に襲いました。救出には向かいましたが、残念ながら……ロールアンクスは1人を倒すと満足したように舞台上に戻りました。全員で戻ることが叶わず申し訳ございません……」


「そう……ご苦労様でした。人員の補充を受けて休息しなさい」


「はっ」


 部隊長は一度頭を深く下げると立ち上がり部隊の方へ戻っていった。


「不味いわね……」


 私は思わず呟く。そしてハッとして周りを見渡す。幸いなことに誰も聞いていなかったようだ。指揮官が動揺すれば、ぞれは軍全体に広がる。私は余裕のある態度を崩してはならないのだ。しかし、このままでは不味い。1回の戦闘に1人の犠牲と言えば少ないように思えるかもしれないが、損耗率にすれば10%である。このまま同じことを繰り返せば、予備兵力は4日で底をつく。そこからは24時間間隔のローテーションを崩すしかない。それでも10日後には全滅だ。全滅判定ではない。正真正銘の全滅である。もちろんそこまで戦うつもりはないが、それはこの戦いの敗北を意味する。

 私は余裕の微笑みを絶やさず、しかし頭をフル回転させて対応を考え始めた。


 ロールアンクスは久し振りにいい気分だった。この10日というもの、壇上からひたすらブレスを吐くだけの日々だったのだ。倒したのはたった1人だが、それで良い。ある意味敵は戦力を小出しで送るという、戦術面では愚策を犯さざるを得ない。ならば自分はセオリー通り。各個撃破を心がければよい。ただ、幾ら傷の修復が早いといっても、深追いは禁物だ。先ほども死に物狂いの反撃で何カ所か傷を負った。この作戦はあくまで自分が常に万全であることが前提である。少しずつ次の戦いまでに治らない傷を負ったら逆に自分が削り殺される。

 ロールアンクスは出撃してきた部隊を慎重に迎え撃ち、1人また1人と殺していった。


 私は編成を変える。今ではある程度戦力が均等になるように編成していたが、それを精鋭部隊とその他の部隊に分けた。そして、精鋭部隊にはロールアンクスを倒すつもりで戦う事、その他の部隊はロールアンクスが眠っていたら最大攻撃を行った後、すぐに退却し、起きていたらその時点で退却する事を命じた。

 ロールアンクスとてこの10日間不眠不休だったのである。必ず疲れは溜まっているはずだ。先ずは最強集団であるギルフォード男爵の部隊に威力偵察を命じた。


 ギルフォードはもう何度も足を踏み入れた空間へ入る。最初の頃に感じた緊張はもうない。いい意味でリラックスできている。情報通りにロールアンクスはこちらに飛びかかってきた。


「全力防御!」


 ギルフォードは散開ではなく固まっての全力防御を命じる。そして自分だけは全力で攻撃できる機会を待った。はたしてギルフォードを除く部隊全体での防御は、ロールアンクスの攻撃をはじく。そしてそこに隙が生まれた。


「せい!」


 気合と共にギルフォードは足に切りつける。それは今までにない深い傷をロールアンクスに負わせた。ギルフォードはそのまま1人で部隊を離れる。ロールアンクスはギルフォードに対して威力は低いが広範囲で避けようのないブレスを吐く。ギルフォードはあろうことかそのブレスを避けずに、突っ込む。ギルフォードの左手の指輪が光り、ギルフォードの回りのブレスをかき消す。


(いやはや、1日3回しか使えないとはいえ、ここまで完全に防いでくれるとは。この剣といい、この様なマジックアイテムをお貸しして頂いた、ご令嬢の期待には答えなくては)


 ギルフォードは今度は顎に深い傷を負わせる。ロールアンクスは咆哮あげ空中へと飛び上がった。部隊の他の者が魔法や矢を放つが、どれも大した傷は与えられない。これ以上の戦闘は無意味と考え、ギルフォードは退却した。ロールアンクスは追ってこなかった。


 ロールアンクスは驚きを隠せなかった。この自分が傷つけられたのみならず、空中に逃げる羽目になるとは。だがあの人間と戦い続けることは危険だと勘が告げていた。どうせ奴らは退却する。そして、ロールアンクスの読み通りに敵は退却した。敵は戦い方を変えている。ロールアンクスは次の戦いに備え、緊張して待っていた。だが、5分経っても、10分経っても次の敵は現れない。諦めたのか?そう思って少し気を緩めた瞬間、ロールアンクスは気絶するように眠ってしまった。そして、目覚めたのは不意打ちを受けた時だった


 私は攻撃の間隔にも緩急をつけることにした。狙い通りロールアンクスは何度も眠り、不意打ちで結構なダメージを与えることが出来ている。更に急に攻撃に移れないため、撤退もうまくいっている。精鋭との戦闘も相当疲労がたまっているせいか、動きが鈍く、こちらが有利に進めているようだ。決着の日は近いように思えた。


「しかし、さすがは神竜と呼ばれるだけはあるねぇ。ここまでやってまだ倒せないとは。あれ?時間をおいていたのに、奴さん起きてるよ」


 キザラート達の攻撃の番が回ってきた時、今までのパターンからすると、寝ているはずのロールアンクスが起きている。しかも何だか決意を決めた目でこちらを見ている。


「これはまずいパターン?」


 キザラートが呟くや否や、ロールアンクスは空に羽ばたき、そして口を開ける。ブレスかと思いきやロールアンクスの前に光球が現れ、段々大きく、そして強く光始める。


「ロジーレ殿。あれは防げるか?」


 キザラートが真顔になりロジーレに聞く。


「あれは恐らく、ロールアンクスが命を削って放つもの。防ぐことはおろか、この聖域ごと吹き飛ぶかもしれんのう」


 ロジーレはもうすべてを諦めた様に、まるで他人事のように返す。誰の目にもあの攻撃は防げないと見えた。


 ロールアンクスは覚悟を決めていた。この戦いは自分の負けだ。だが、ただでは死なぬ。次の攻撃隊が来た時に、聖域ごと吹き飛ばしてやると。そして、現れたのは最初に自分を傷つけた奴らだった。やはり私は神に愛されている。ロールアンクスは飛び上がり、口を大きく開き、力の限り魔力も生命力も込めていく。そしてその攻撃を放とうとした瞬間、急に力が抜ける。溜めた魔力も霧散していく。落下しているのが分かるが、翼はピクリとも動かない。地面に頭がぶつかる鈍い音。それが、ロールアンクスが感じた最後の感覚だった。死因は心筋梗塞。所謂過労死だった。

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