第2話 公爵令嬢、盗聴者になる

 その昔神々と人間は共に生活していた。そして神々と人の間に子供も産まれた。神人と呼ばれる者達だ。神人は神々と人々の間を取り持ち、長い間平和で豊かな時代が過ぎた。だが、次第に神々は人間に対して、過度な要求をするようになり、それに憤った神人は、遂に抵抗するすべを持たない人間に代わって、神々に抵抗した。そして、解放戦争と呼ばれる、数百年に及ぶ戦いの末、神人は遂に神々に勝利し、今ある人間の世界が訪れた。その神人こそが貴族の祖先である。そう、世間では言われている。


 しかし実際は違う。確かに神人は貴族の祖先だ。神々と争ったのも事実だ。だがそれは一般人の為じゃない。神々と人間とが、長きにわたって共に平和に過ごす中、神人に神をも超える能力を持つ者が現れ、その者達は次第に傲慢になり、遂には神々に対して反逆したのだ。そして、戦いは、勝利とはほど遠いものだった。

 神々からこの世界を統治する事はかろうじて認められたものの、その大きな力は封印された。それが貴族に刻まれた紋章。支配者の紋章や貴族紋などと言っているが、実際には封印の紋章なのだ。それをごまかすために、神人たちは少しの力と引き換えに、自分の言いなりになる人々に紋章を施すようになった。そして紋章をはねのける様な力を持つ者は、危険分子として排除していったのである。それに加えて、取るに足らないものは紋章を与えなかった。そして長い年月が経ち、紋章無しは無能と同義になったのである。この事実はもはや貴族ですら忘れていることだ。だが、それにより真実はねじ曲がって伝えられるようになった。

 さらに神人たちは自分達の力を封印した神々を恨み、邪神と手を組んだ。邪神は紋章の効果を改ざんし、紋章を持つ者は負の感情を持ちやすいようにした。妬み、嫉み、殺意、そういった感情だ。だが負の感情が余りに増えても世界は成り立たない。なのでほんの少しだけ感情の天秤が、負の方に傾くようにしたのだ。それにより、この世界はより荒廃した。

 そして、神人たちは以前の力には及ばないものの、新たな力を得た。この神人たちの子孫、つまりは今の王族や貴族などの支配者達を倒していくことが、この世界ダークムーンのメインストーリーだ。


 話は長くなってしまったが、私はその昔、神をも上回ったとされる、神人なのだ。所謂先祖返りという奴である。だが、それを知ったのは、私が前世を思い出してから。それまでは両親と兄に庇われる存在であり、負い目を感じ、何時もは表に出ず、どうしても表に出なければならないときは、魔法で作った偽物の紋章でごまかす日々だった。全ての貴族をそれでごまかすことは出来ず、両親や兄には苦労をさせてしまった。せめて、父が亡くなり、母が再婚する前に前世を思い出していれば、と未だに悔やまれる。

 どうして私のような存在が生まれたのか。一応設定上の理由はある。我が、ウィステリア公爵家の先祖は解放戦争で神々の側に付いた、数少ない神人の生き残りなのだ。ただ、人間界に残る為、他の神人と同じく封印を受け入れ、今の王家の下に付いた。

 下に付いたと言っても大人しく降伏した訳ではない。神人が人々に無体を働かぬようにするための、謂わばお目付け役だったのだ。なので、公爵家の中で唯一、我が家は王家の血筋が入っていない。それは初期の目的が忘れ去られる年月が経っても、代々引き継がれてきた伝統だった。そして、異変を察知した神々が、その子孫である我が家に、封印を外した神人を蘇らせた。それこそが私なのだ。

 我ながら厨二病全開の設定だ。多分考えていた時は、頭のねじが何本か外れていたに違いない。何せ、元が悪役令嬢ではありきたりだから、何でもできる百役令嬢を作ろうか、というオヤジギャグが発端だ。寝不足もあっただろう。それをのりのりで採用したスタッフも疲れていたのかも知れない。もし機会が有ったら、ブラックな環境で働かせていたことを謝ろう。


 ともかく、夢でない以上、この荒んだ世界で私は生きていかなくてはならない。母の死をきっかけに、前世を思い出した時点で、ゲームのシナリオが始まるのが4年後。私はそれまでじっと待つほど、我慢強くは無かった。


 この世界の支配者階級は殆ど邪神と契約していて、主人公がまっとうなら敵となるキャラだが、中には私と同じように、先祖が神々に付いた側で戦い、邪神と契約していない者も居る。イベント次第で主人公がまっとうなら仲間となるNPCだ。自分で自分の能力値制限解除のイベントをクリアできないか、一度試しては見たが、無理だった。なので、そのNPCを使ってクリアできないかを試してみることにしたのだ。

 最初に目を付けたのはゼラント・シズ・ギルフォード男爵だった。ギルフォード男爵の領土はウィステリア公爵領に隣接している。直接の主従関係は本来は無いのだが、寄り親と寄り子という関係で、事実上は我が家に臣従しているような感じだ。性格はこの世界の貴族では珍しく、謹厳実直。だがそれ故に、姦計によって娘を義父に側室として取られ、娘は義父に散々嬲られた挙句の果てに、殺されることになる。

 この城の地下の拷問部屋にいる、その娘の霊から頼まれ、ギルフォード男爵から娘にプレゼントされたペンダントを手に入れ、それを男爵に渡すのがギルフォード男爵を味方にするイベントだ。

 ちなみに、娘の霊を倒すと義父であるバモガンの好意度が上がり、何度かそういうイベントをこなすとバガモンを仲間にできる。そう、ダークムーンは別に正義が勝つゲームではない。主人公は悪でも良いのである。自由度が高いゲームで、主要キャラクターを倒せるだけの力があれば、クリアできる。勿論クリアの仕方によってエンディングは変わるが……

 これも、私がシナリオが始まるまで待てなかった理由の一つだ。もしゲームの通りシナリオが始まり、主人公が悪だった場合、私の能力値解除のイベントは起きず、私は隠しボスの1人として主人公と戦うことになる。能力値が制限されたままでも強いことは強いのだが、当然ながら倒される可能性がある。それは避けたい。ただ単に死ぬのも嫌というのもあるが、この世界だと負けた後に何をされるか分かったものじゃないからだ。


 母の葬儀の後、私の予想通り、義父はギルフォード男爵を応接室に呼び寄せた。私は透明化と静音の魔術を自分にかけ、壁を通り抜け応接室へ入る。


「ギルフォード男爵殿。貴殿に折り入って頼みがある」


 そう義父は切り出した。にこやかに、一見人のよさそうな顔で。


「何でございましょう。公爵代行閣下」


 そう言われた義父はほんのわずかに嫌な顔をする。代行というのが気に入らないのだろう。だがそれは仕方がない。義父は入り婿で、公爵家の血を全く引いていない。もし遠縁で尚且つお爺様が生きていらっしゃれば、養子として公爵に成れたかもしれないが、それはいまでは無理だ。公爵家の血は母から私に流れている。義父が権勢を振るうには私か、若しくはその子供を傀儡とするしかない。本当は兄がいたのだが、私が10歳の頃に父と同時に事故で無くなっている。それも事故に見せかけた暗殺だったわけだが……

 私が成人したら、代行という地位も失われる。傀儡にするにしても、直接行動できなくなるため、どうしても権力からは遠くなる。権力を握ったままにする方法は、私に子供を産ませ、その後私を殺すか、幽閉して、子供が成人になるまで代行を続けることが一番だ。

 この国フェーゼノン王国はその辺りの相続に関しては厳しい。意外かもしれないが、なんてことはない、そうして過去に乗っ取られた貴族の家が数多くあるからだ。自衛の為に厳格になったにすぎない。

 本来なら、こういった無茶はできるにしてもやらないのだが、今の王家は野心的だ。義父と手を組んで乗っ取りに手を貸す事にしたのだ。


「ふむ。妻を亡くしたとはいえ、私はまだ50にもなっていない。この後一人で過ごすのは少々寂しい。そこで、貴殿の娘を側室として迎えたいのだ。聞けばもうすぐ成人するそうではないか。成人と共に婚儀を結ぼうと思うのだがどうだね。子供が生まれたら、性別にもよるが、セシリアの子供と婚姻させても良いと考えておる。悪い話ではなかろう?」


 男爵家の娘が公爵家に嫁ぐのだから、政略結婚としては確かに義父が言う様に悪くはない。だがまっとうな親なら既に婚約者は決めているだろうし、聡い親なら何かあると勘ぐるものだ。そしてギルフォード男爵は常識と良識を兼ね備えた男である。


「ありがたい申し出なれど、身分が違いすぎます。それに娘は既に婚約者がおり、婚姻の準備も進めております。申し訳ございませんが辞退させていただきたいと思います」


 公爵代行である父に対しても、ギルフォード男爵は臆することなく、そう口にする。


「ほう。たかが騎士爵の婚約者を優先するとな。貴殿は分をわきまえている男と聞いたのだが……まあよい。未亡人になった時にまた相談しよう。おおっとそういえば、婚約者殿は領内のモンスター退治に精を出していると聞く。何時命を落としてもおかしくはない。無事に結婚出来ればよいがな」


 義父はそう言って、にやにや笑う。要するに婚約者を殺すと脅しているのだ。いやらしいエロ爺である。ちなみに年齢に関しては、自分は前世も合わせれば60オーバーだが、それはそれ、これはこれである。今の私は14歳。あくまでも、前世の記憶を持つ14歳である。


「……お話は持ち帰らせてもらってもよろしいでしょうか。何分この場で即決するには重大すぎまする故……」


 ギルフード男爵は冷静に務めているが、目には怒りの炎が宿っている。


「勿論だとも。十分に家族で話し合うのが良い。貴殿が賢明な判断をしてくれると私は信じているよ」


 それを聞いて、ギルフォード男爵は義父に一礼し、部屋を退出した。部屋をでると、暫く廊下を歩き、周りに誰もいないとみるや、廊下の柱に拳をぶつける。


「くそっ」


 まだ城内だというのに、そうせざるを得なかったのが、彼の心情をよく表していた。


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