【サマナーズ・フロンティア】~ゲーム脳な転移者はゲーム知識フル活用でやがて最強へと至る~課金できないとか聞いてない!?

くーねるでぶる(戒め)

第1話 運命の始まり

「問いましょう。貴方がわたくしのマスターですか――――」


 苔むした古い岩の祠。その中央に鎮座した七色に輝くクリスタルの明かりに照らされて、少女が青年に問う。


 少女はただただ美しかった。エルフ特有の長い耳。まるで金糸のような長い髪の間からは、優しげな青い瞳が覗いていた。


 対する青年は、ただただ呆けたような顔で少女に見惚れていた。


 これが、後に大陸に震撼をもたらす大事件になるとは、まだ誰も予想すらできなかった。


「お、オレは――――」


 震える口で紡ぐ青年の答えは――――。



 ◇



 ――――ただただ大好きだったんだ――――。


「あー……」


 ゴミだらけのワンルームに気の抜けた呟きが空気をかすかに振るわせる。


 このなんのやる気も感じない声はオレのか?


 他に誰もいないもんな。オレのか。我ながら、魂が抜けた死体だってもっとマシな声を出しそうだった。


「サマフロやりてぇ……!」


 オレは、未練がましくもう一か月も前にサービス終了したソシャゲがやりたいと泣く。大の男がガチ泣きである。


 自分でも情けないと思う。だが、『サマナーズ・フロンティア』はオレのすべてだったんだ。


 比喩や冗談でもなく、『サマナーズ・フロンティア』はオレのすべてだった。オレは、寝ている時間以外はすべて、寝る時間も削って『サモナーズ・フロンティア』に捧げていた。収入も『サマナーズ・フロンティア』の配信で稼いでいたんだ。


 これでも人気だったんだぜ? なんせランカーの中のランカー、トップオブザトップの累計ランキング一位様だったからな。


 それが……。


 『サマナーズ・フロンティア』の突然のサービス終了から、オレだって悲しかったけど、一応の社会復帰を目指したんだぜ?


 だが、学生の頃から『サマナーズ・フロンティア』一筋だったオレはコンビニのバイトすら満足にできなくて……。


 バイトの後輩に「使えない先輩」なんて陰口叩かれる始末だった。その後、オレはバイトも辞めて家に引きこもりっきりだ。


 貯金も尽きた。生きるのにかかる以外の金はすべて『サマナーズ・フロンティア』に課金していたしな。貯金なんてまともにあるわけじゃない。むしろ、よく一か月ももったほうだ。


 もう死ぬのを待ってるような状況だな。


 そうだよな。『サマナーズ・フロンティア』も死んじゃったんだ。オレも死ぬべきなのだろう。


「じゃあな、くそったれな世界。おやすみ……」



 ◇



「あ?」


 まつ毛を震わす青っぽい風の匂いに目が覚めた。目を開けると、すぐ下には乾いた白い砂があり、その向こうには草原の緑と黄色いタンポポのような花が一つ。さらに向こうにはどこまでも青い空が広がっている。


「外……?」


 いつの間に外に? さては大家に外に捨てられたか?


 起き上がって顔に着いた砂を払うと、目に飛び込んできたのは一面の草原だ。どおりで青臭いと思った。


「てかここどこだよ? 本当に日本か?」


 見渡すと、のどかな光景が広がっていた。ここは丘の上で、草原の中には一本道が走っており、その先には城壁を備えた街が見える。どこか既視感を感じるが、本当にここは日本か? 日本の田舎……じゃないよな。どっかのテーマパークとか?


「なんでこんな所にいる……ん……だ……」


 なんとなしに振り返ると、苔むした石のかまくら状のものがあった。どこか神聖な気配を感じる白い石でできた祠だ。祠の中には七色に輝くクリスタルが――――ッ!?


「え!? 召喚の間!?」


 それはオレの恋焦がれたソシャゲ『サマナーズ・フロンティア』の召喚の間。通称ガチャ部屋によく似ていた。


「って! この景色見たことあるわと思ったら、『サマナーズ・フロンティア』のオープニングじゃないか!」


 思い出してみればどうして忘れていたのか。リセマラやサブアカウントで何度もお世話になった、いや、もう見るのも嫌となるほど見てきたスキップ不可のオープニングアニメで登場した始まりの地だ。


「ここは『サマナーズ・フロンティア』の世界……?」


 言っていて自分でもバカらしいと思う。ソシャゲはソシャゲ、現実は現実だ。そんなことはわかっている。むしろ死にかけの自分が見ている夢の可能性の方がよっぽど高い。


 だが――――!


「夢なら覚めるな! オレは今から『サマフロ』を遊び尽くすぞ!」


 しかも、スマホの画面越しのソシャゲじゃない! 風も匂いも触覚さえ現実のように感じられる生の『サマフロ』を遊べるんだ!


 これで滾らなきゃ“サマナー”じゃない!


「まずは最初の十連ガチャだな!」


 喜び勇んで祠へと入ると、ひんやりと冷たい空気に包まれる。まるで身も心も洗われるようだ。


 だが、オレの心は更に高く舞い上がる!


 ガチャの瞬間はいつだってそうだ!


 オレは祠の中央に浮かんでいる七色のクリスタルを見上げた。


「頼む! 来い!」


 オレの声に呼応するかのようにクリスタルが強い七色の輝きを放つ。


 ガチャで何度も見た演出だ!


「ほあぁああああああああ!」


 オレは涙を流してその光景に見惚れてしまう。だって『サマナーズ・フロンティア』で一番楽しい瞬間だぞ? 一か月もできなかったんだ。これで感激しない奴なんていないね!


 ピカッとクリスタルが閃光を放つと、目の前にはまるで実体を持たない影の手が現れた。


「あー……」


 オレのテンションはガタ落ちだ。


 こいつは☆1のフォロワー『シャドウハンド』。言っちゃ悪いがハズレだな。☆1だし。


 『サマナーズ・フロンティア』のフォロワーは、☆1~☆10まででランク分けされている。☆1は最底辺だ。


 だが、まぁいいだろう。今のオレは久しぶりに『サマナーズ・フロンティア』ができて気分がいい。


「次はなにかな~?」


 クリスタルがまた光ると、今度は目の前に棒人間みたいな手足が生えたトランプが一枚現れた。


「トランプ兵、スペードの3かよ」


 また☆1だ。ぶっちゃけ弱い。ザコオブザコだ。しかも、トランプ系のフォロワーは全53種類も無駄にバラエティーに富んでいる。


 だから、サモナーの間では一番嫌われてるフォロワーだったりする。


 いや、中にはジョーカーっていうそこそこ強い奴もいるんだよ? でも、そいつでも☆3のザコだ。救いがない。


「次々! ってまたシャドウハンドかよ! かぶってるじゃねぇか!」


 その後も☆1の連打。『大きな麻袋』、『ロープ』、『時計ウサギ』、『青いリボン』、『普通の木の盾』、『ぬりかべ』と最高でも☆3のラインナップだった。萎えるわー……。


 しかし――――!


 突然、七色クリスタルが高速回転を始める。


「おぉ!!!」


 これは☆6以上のフォロワーの確定演出だ。お優しいことに、『サマナーズ・フロンティア』は新規に優しい。初期ガチャでは、無条件で☆10のフォロワーが出るのだ。


 オレはこれこそを待っていた!


「頼む! 来い、『対惑星ゴーレム:ギガンティックヘルム』! 『始まりの一:ウーズ』! 『異界の盟主:アドゥルトゥ・マキナ』! 『悪徳に捻じ曲がる世界:ビューティフル・ワールド』! ええと、『罪悪竜:カラミティ・ケイオス・ドラゴン』! あとは――――」


 オレは相棒とも言える自分の主力フォロワーだったのや、廃課金者の自分でも手に入れたことがない最強のフォロワーたちの名前を叫んでいった。


 そして運命の歯車は回り出す――――。


 感じたのは深い森の静けさと花のようなかぐわしい香り。クリスタルは緑色に輝き、そのフォロワーが神森界の出身であることがわかる。


「神森……? 頼む、『腐海の王:シュタルツハイツ』!」


 できれば☆10の中でも強い☆10であってほしい。環境トップの『腐海の王:シュタルツハイツ』とか欲しい。


「来いッ!?」


 目も開けていられないほどの閃光。


 とっさに目を瞑るが、閃光の影響で視界が白濁していた。


「――――ッ!?」


 しかし、そんなおぼつかない視界でもわかる。そこには絶世の美少女がいた。


「問いましょう。貴方がわたくしのマスターですか――――?」


 まるで世界一の宝石を丹念に磨いて造り上げた究極の美。


 『神森の皇女:オレリア』? いや、この白のドレスは『新たなる神森の女帝:オレリア』か。新バージョンじゃん!


「…………」


 オレはただただオレリアの存在に圧倒されていた。


「?」

「美しい……!」

「ッ!? あ、あの、ニンゲン? なぜ泣くのです? 貴方はわたくしのマスターなのですか?」


 オレが生活のすべてを犠牲にして課金しても手に入らなかったオレの推しキャラの一人だ……!


 それが、手を伸ばせば触れそうなほど目の前に……!


「だが……!」


 オレは歯が砕けそうなほど歯を食いしばって自制する。


 ここは『サマナーズ・フロンティア』の世界。オレは世界一位のランカーだ。当然、この世界でも最強の存在であり続けたい。


 だとしたら……。『新たなる神森の女帝:オレリア』では攻略は難しいかもしれない……。


 なぜなら彼女は……。ヒーラーだからだ。


 『新たなる神森の女帝:オレリア』は、全体回復、ステータス異常の回復、味方の復活すらできる最強格のヒーラーだ。


 しかし、その能力が十全に生きるには強いアタッカーと彼女を守るタンクが必要だ。そのどちらも今のオレは持っていない。


 悔しい。せっかく手に入れたことない長年欲しいと願い続けてきたキャラが引けたというのに……。本当に悔しいが、オレはリセマラをしないといけない……。


 『新たなる神森の女帝:オレリア』、願わくば、君と最強を目指したかった……。


「に、ニンゲン!? なにをしているのです!?」

「いや、この尖った石に頭をゴンッと……」

「正気ですか!? 死にますよ!?」

「失礼だな。リセマラだよ?」

「りせ? そんなにわたくしが気に入らないのですか!?」

「気に入らない? そんなわけあるか! オレは君を推しているんだぞ? いや、愛していると言っても過言ではないね!」

「あ、愛ッ!?」

「だが、オレじゃ君を満足させてあげられないんだ……」


 そんな自分がひどく情けない。


「それは違います」

「え?」


 凛とした声が響き、オレは俯いていた顔を上げた。


「それを決めるのは貴方ではなくわたくしです。わたくしは貴方に不満はありません。貴方はどうですか?」


 オレは、彼女のことを勝手に決めつけていたのか……。


 そうだよな。彼女の心は勝手にオレが決めつけていいものじゃない。


 元はゲームだったけど、『新たなる神林の女帝:オレリア』は、彼女は生きてここにいるのだ。彼女の心は彼女だけのものである。


 それに、『新たなる神林の女帝:オレリア』では攻略は難しいというのは、いつの間にか効率厨に染まってしまったオレの勝手な考えでしかない。


 逆に考えよう。最初に貴重なヒーラーである彼女を引けてよかった。最強の盾と矛は、のちのち気長に揃えていけばいいじゃないか。


 ゆっくり行こう。攻略の早さなんて求めない。ゆっくりと観光するような気分で。


 オレは彼女と『サマナーズ・フロンティア』の頂点に立ちたい!


「オレは……。オレも君と冒険がしたい……!」


 彼女はにっこりとオレなんかに微笑んでくれた。


「わたくしはオレリアです」


 オレリアがオレに手を伸ばす。それが握手なのだと数瞬遅れて気が付いた。


「オレは左右田そうだきょうだ」

「ソーダキョー?」

「京でいいよ」

「わかりました。キョー、よろしくおねがいします」

「こちらこそ」


 オレは生まれて初めて女の子の小さくて華奢な手を握った。




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