第2話 海賊②
「
「分かって、る!」
催涙弾は煙を出し終わったが、あたりには未だ白い煙が漂っていた。
パンッパンッ
銃声がして阿含はぎくりと後ろを見た。涙と鼻水にまみれた男がむせながら適当に銃を撃っていただけだった。
ビビらせやがって。阿含はアサルトライフルの銃口を男に向けると躊躇なく引き金を引いた。銃声がして男が倒れる。その後ろで中腰になっている海賊にも照準を合わせ、引き金を指切りして跳ね上がる銃口を抑えながら銃弾を打ち込む。
波にあおられて漁船が大きく傾いた。
阿含は慌てて船べりを掴む。貨物船に比べると随分揺れるな。
無反動砲はどこに……。阿含は再度周りを見渡したが、煙越しに見える船上にそれらしき人間は見当たらない。
「阿含さん!」
貨物船から女の声がした。メガホンを手に船から半ば身を乗り出している。
「八時の方向です! 大砲を持った人がいます!」
護衛に雇われた男が、的になりかねない女を慌てて引きずり込むのが目の端に映ったが、阿含はもうそちらを見てはいない。振り返ると、銃を構えて漁船の通路に走った。
狭い通路上に無反動砲を持った男がいた。砲を肩に担ぎ、よろよろと立ち上がろうとしている。左の脇腹に大振りなナイフが斜めに収納されているため、そこを避けて胸を狙って引き金を引いた。
カチ
音はするが、弾が出ない。
ガスマスク越しに銃を見る。弾切れか? いや、撃った数は数えている。ということは、
厄災後にロシアあたりから流れてきた中古の銃を騙し騙し使っていたのだ。整備はしていたが、確かにいつ壊れてもおかしくはない。男も阿含を視認したようだ、迷っている暇はない。
阿含はAKMを投げ捨てると、背中の忍者刀を引き抜いた。船の床すれすれに身をかがめて走ると、男の太ももに刀を突き刺す。
「ぎひぃっ!」
男が大砲を振り回す。身をかがめた阿含の頭の上スレスレを通り、船の壁に当たった。大きな金属音が鳴る。
阿含は刀を手放すとすかさず後方に転がった。膝をついて男を見上げるその手には、男のナイフが握られていた。
阿含が薙ぎ払うように腕を振る。
待て、と言おうとしたのか。おい、と言おうとしたのか。男の口が開いたが、その口からはぞぶりと血が出てきた。喉元に投擲したナイフが深々と刺さっている。
男が仰向けに倒れた。抱えていた無反動砲は投げ出され、船縁を越えて海に落ちた。派手な水しぶきが上がる。
阿含はガスマスクの中で息を荒げながら男の死体に近づいた。その足取りは貨物船にいたときと比べやや頼りない。
思っていたよりも、きつい。酸素が足りない。しかし、催涙ガスが残っている今のうちに残りを始末してしまわないと。
ブーツで仰向けの死体の膝を踏みつけると、太ももに刺さった忍者刀を一気に引き抜いた。男の服で素早く血と
別の海賊がいた。船べりに片手を付き、身を乗り出して船の外の空気を吸っているようだ。厄介なことに、アサルトライフルを持っている。
すぐに走っていって切りつけたかったが、通路の影にいる阿含と船尾にいる海賊との距離は十歩ほど。足音で振り返って銃を撃たれる危険は十分にある。
……よし。
バシャッ!
男が深呼吸しているすぐ目の前に何かが落ちてきた。波は荒く、何があるのか見えない。
「海だ、海の上を狙え」
ガスマスクでくぐもった声が男に投げかけられる。
「う、うおおおお」
男が慌てて海に向けて銃を乱射した。
「おらあっ!」
背後から駆け寄った阿含は、忍者刀で首に斬りかかった。
血しぶきがマスクにかかる。深々と食い込んだ刀は、男が床に倒れる際に手からすっぽ抜けた。
海の上ではぼろぼろになった紅白の浮き輪が波にさらわれている。
結構銃の腕がいいじゃないか。危なかったな。呼吸を整えた阿含は屈んで刀を引き抜こうとした。
「動くんじゃねえ!」
ドスの利いた声が響く。ぎくりとして阿含は固まった。しゃがんだ姿勢のままゆっくりと声の方を振り向く。
目出し帽をかぶった男がサブマシンガンを阿含に向けていた。MP5だ。拳銃弾を発射するためアサルトライフルほどの威力は出ない。しかし、ここは狭い漁船の上。避けるのは難しい。
「ガキが。随分好き勝手してくれたじゃねえか」
海賊はひどくオリジナリティの無いセリフを吐いた。
「両手を見えるところに出せ。そのままゆっくり立ち上がれ、クソヤロー」
「クソヤローとまで言うことはねえだろ。とにかく立ち上がるから、撃つな。撃つなよ」
阿含はガスマスクを外しながら立ち上がった。
海賊はつばを飛ばしながら怒鳴る。
「くそが、調子くれやがって。てめーはぜってえぶっ殺す」
すぐに撃たないところを見ると、阿含を人質にしようと考えているのかもしれない。
「あー、よく分かった。仲間がいっぱい死んで気の毒だったな。でも、あんたが怒る相手は俺じゃないんだ」
「あ?何言ってやがんだ」
予想外の事を話し始めた阿含に海賊は気勢を削がれたようだった。だがそれも数秒のことだ。混乱はより強い怒りにあっという間に取って代わるだろう。
「ひでー野郎なんだ、おっさんは。こないだ花札で俺にボロ負けしたからって、腹いせで俺一人行かせるしよ」
阿含はあごで貨物船の船首、先程船員の女がいた場所を示した。
「ほら、あそこにいる男だ」
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