第10話ラナside1

⭐︎舞踏会帰宅後まで少し時間が戻ります⭐︎

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「ラナ、起きているか?夜中にすまんがこの書類にサインを」


 舞踏会でグレイス王女様からカイト様に結婚を迫られた時は気が気では無かった。アンドリュー殿下が止めて下さったお陰で無理やり婚約者の変更はされずに済んだ。ホッとしたけれど、不安から邸に帰っても寝付く事が出来なかった。


部屋の外からお父様の声がする。


「……お父様。この書類は……すぐにサインをしますわ」

「あぁ。念のためだが。すまんな」


 父が私にサインを求めてきた書類は婚姻届けだった。実は王宮の舞踏会に私の父や母、カイト様のご両親もいたわ。

 私達はすぐに帰ったけれど、その後、父達はカイト様のご両親と話をしたみたい。グレイス王女はこの後も何かするかもしれないから急いで対策を、と。


「ラナ、心配するな。では行ってくる」

「お父様、お気をつけて」


 私は書類にサインをすると父と執事はそのままローゼフ子爵家へと向かったわ。父の覚悟を決めた様子を見て私も覚悟を決めなければ、と思う。けれど、怖くて、不安で体が震えてしまう。


「ラナ、大丈夫よ。今日は母と一緒にお茶でもして夜を明かしましょう?」

「……はい。お母様」


私は母とサロンでミルクとはちみつがたっぷり入ったお茶を飲む。


「大丈夫よ。心配いらないわ」


 母はそっと私を抱えてさすってくれている。父は無事にローゼフ家に着いたのかしら。

捕まる事はない?震えが一向に止まらない。どれくらい経ったのか。朝方に父は一人で帰ってきた。執事は教会前で馬車を降りたみたい。


「ラナ、大丈夫だ。ロダが教会に婚姻届を出しに行った。ローゼフ子爵の所でも出しに行ったのだ。きっと上手くいく。疲れただろう?さぁ、少し休みなさい」


 父は私に優しくそう話した。父が捕まらずに帰ってきた事で少し安心した私は自室に戻り、そのまま眠りについた。


数時間後、王宮の使者が邸にやってきた。執事のロダを連れて。


 私は父の指示で部屋から出ないようにしている。父と使者はどのような話をしているのかしら。良くない考えばかりが頭を過る。


何故?どうして?


私はカイト様とずっと想い合っていたわ。学院の時も、舞踏会やお茶会の時もずっと一緒だった。

 何故グレイス王女はカイト様を私から取り上げようとするの?カイト様と離れる事を考えるだけで涙が止まらない。暫くすると侍女が私を呼びに来た。


私は不安に苛まれながら父の執務室へと入った。


「お父様、使者はどのような話をしたのでしょうか?」


 部屋には父と母、教会から戻ってきた執事が居たが、皆一様に暗い顔をしている。その表情の暗さから最悪の事態が訪れていた事を察知する。


「……ラナ。先ほど王宮の使者が邸に来たことは知っているな?カイト君は王宮に連れていかれ、ラナ、お前にはハンナル伯爵家へ嫁がせよと王命が下った」

「……えっ」


カイト様、が……?


「お父様、ほ、本当なのでしょう、か?」


 父は苦虫を嚙み潰したような表情で頷き、答える。王家は人の婚約を潰してでも王女を優先するというの?それにハンナル伯爵と言えばあまり良い噂を聞かない事くらい私でも知っている。


突然の話に足元が崩れ落ちるような感覚。


何故?


「お、お父様。私、ハンナル伯爵の所へ嫁ぎたくありません……。嫁ぐ前に、どうか、修道院に行きたい、です」


涙が溢れて上手く言葉にならない。私って駄目ね。


「ラナ……。きっと大丈夫だ。まだ望みはある。暫く様子を見るんだ。不安だろうが、少し休みなさい」

「ラナ、きっと大丈夫よ。神様は私達を見てくださっているわ」


 私は部屋にどう戻ったのかも覚えていない。嘘よ、嘘よ、と自分に言い聞かせて一人部屋で過ごす。

 数日間は本当に生きた心地がしなかった。食事も満足に喉を通ってくれないの。


カイト様の事を思うだけで心が張り裂けそうになる。


 父は私が病気となって静養しているためと理由付けし、ハンナル伯爵へ連絡する事を断っていた。ハンナル伯爵から連絡が来るのではないかと気が気ではなかった。

 ようやく、待ちに待っていたローゼフ子爵家から連絡が入った。どうやらローゼフ子爵家の執事が教会に持ち込んだ婚姻届が受理されたと。

本来ならすぐに我が家に連絡が来るはずだったのだけれど、王宮に連れていかれたカイト様が薬を飲まされて倒れたため連絡が遅くなったのだとか。

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