第6話 カイトside3
「カイト・ローゼフ子爵子息、陛下がお待ちです。ご準備を」
侍女は俺を起こして髪を整えてくれた。
「今はお昼を過ぎたあたりだろうか?」
「いえ、午後のティータイムを行う時間です」
俺は数時間寝ていたらしい。おかげで頭がすっきりしている。侍女は俺の準備をした後、そのまま俺をどこかへと連れていくようだ。けれど、もちろん謁見の間ではない。
グレイス王女との婚姻を迫られる事を覚悟しながら俺は案内された部屋へと入っていった。
そこは質素なテーブルと椅子とソファが置いてある。飾り気のない部屋だった。部屋の四隅には護衛騎士が待機しており、陛下はソファに座って待っていた。俺は礼をする。
「カイト・ローゼフ、国王陛下の召喚により参上いたしました」
陛下のゆったりと腰を掛けているが、顔色はあまり良くなさそうだ。
「カイト・ローゼフ子爵子息、待っていた。さぁ、座り給え」
俺はテーブルを挟んで椅子に座る。震える手をギュッと力を入れて陛下の言葉を待った。
「昨日はグレイスが悪かったな。儂もグレイスが皆の前で起こした事を心配しておったのだ。……単刀直入に言おう。グレイスと結婚をしろ」
陛下は顔色を変える事なくそう俺に告げた。やはりか。
「……恐れながら、私は婚約者がおります。三ヶ月後に迎える結婚式を彼女と待ちわびているのです」
「グレイスはお前の事を望んでいる。お前が頷けばグレイスはナーゼル国へ行かなくても済む」
「グレイス王女が私と婚姻したとしても子爵。裕福な暮らしは望めないです。侍女一人も付ける事は難しいし、オーダーメイドのドレスや宝石を買う事も。例え望まれたとしても婚姻後は不満しかないかと」
「グレイスの好きな男に嫁がせるのであればそれくらい安いものだ」
チッ。考えろ、考えろ。どう躱すかを。
俺は脳をフル回転させていると、部屋をノックする音が聞こえる。
「入れ」
陛下の言葉で入ってきた一人の騎士。
「陛下にご報告致します。陛下の命により神殿で張り込みをしていた際、ホルン子爵家の執事が婚姻届を神官に提出しようとしていたため取り押さえ、婚姻届を持ち帰ってきました」
……失敗したか。俺の額に汗が滲む。
「ホルン子爵め、小癪な。だが、カイトとの婚姻は防がれたのだな、よし、下がっていい」
報告をした兵士は陛下に俺達がサインした婚姻届を置いて部屋を出て行った。
「残念だったな。それほどまでに婚約者が愛おしいのか?では、新たな婚約者をお前の婚約者にも宛がってやろう。儂は優しいであろう?」
陛下はニヤリと笑ってそう告げる。陛下の匙加減一つで後妻や老人に嫁がされてしまう。そんな事をすればラナはきっと命を断ってしまう。
「へ、陛下。どうか、ご再考を。彼女は、望まぬ婚姻を迫られればきっと、自らの命を断ちます」
俺は悔しさと悲しみと憤り、怒りに言葉を震わせながらも言葉を選び話す。
「ふむ、どうしようかのう。ではカイト。グレイスと結婚するのだな?」
「……わ、わかりました」
「よし、気が変わらぬうちに形にして残しておかねばなるまい」
陛下はすぐに手元にあったベルを鳴らし、従者を呼びつける。そして今すぐに婚姻届けを持ってこいと。俺はその間、俯き一言も口を開くことはなかった。
沈黙の時間が重苦しい。
暫くすると従者が婚姻届を持って部屋へとやってきた。もう逃げ切る事が出来ないのだろうか。ラナ、ラナ。愛おしい君と二度と会う事が出来ないかもしれない。涙が頬を伝った。
「ほらっ、早く書くがよい。ラナ・ホルンがどうなっても良いのか?あぁ、お前の家は麦の生産をしておったな。税率を八割まで上げるどうなるであろうな?クククッ」
この国の王はどれだけ腐っているんだっ。一縷の望みがあるのではないかと周りを見渡すけれど護衛騎士達は俺と目が合わないように視線を外している。
……俺は、震える手で羽根ペンを持ち、ゆっくりと時間を掛けて婚姻届にサインをする。
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