殿下、人違いです。殿下の婚約者はその人ではありません

真理亜

第1話

 セントラル王国の王都、セントールにある王立学園セントレアンでは卒業パーティーが華やかに開催されていた。


 学園長の祝辞が終わり楽隊が演奏を奏で、これからファーストダンスが始まろうとした時だった。


「リリアナ辺境伯令嬢!  貴様のサンドラ男爵令嬢に対する悪逆無道は到底看過出来ぬ! よってこの場にて婚約破棄を申し渡す!  申し開きがあれば申してみよ!」


 突然、壇上に上がった第二王子マリウスの朗々とした声が響き渡り、それまでの弛緩した雰囲気が一気に緊張感を孕んだものとなり、会場は一気にシーンと静まり返ってしまった。


 会場中が何事かと壇上のマリウスとその取り巻き三人、更にその後ろに控えた女子生徒に注目する。


 ピンクゴールドの髪、翡翠のような瞳、全体的に小振りで、まるで小動物のような庇護欲をそそらせる印象を与える少女、サンドラ男爵令嬢である。


ここ最近、身分も弁えずマリウスに纏わり付いていて、他の貴族子女から白い目で見られている。


「私ですか!?」


 そんな中、なんとも間の抜けた声が響く。コテンと首をかしげたのは、燃えるような赤い髪、猫のようにつり上がった碧眼、スラリとした長身の、少女から大人の女へと成長しつつある美少女、リリアナ辺境伯令嬢その人である。


 セントラル王国の南の端にある、通称『南の砦』と呼ばれる隣国との境界線上にある砦を代々守護してきた一族の一人娘だ。


「惚ける気か!」


「惚けるもなにも何の事だか」


 マリウスが詰問するも、リリアナは本当に心当りがないというようにまた首を傾げる


「いいだろう、今から貴様の悪行を全て晒してやる! まず一つ、サンドラが身分の低い男爵令嬢だからと差別して皆の前で貶めたそうだな! 可哀想に...サンドラは泣いておったのだぞ! 次にサンドラの教科書をビリビリに引き裂いて使い物にならなくしたこと! 更に廊下ですれ違う際、わざとぶつかって転ばせたこと! 更に更に噴水前に呼び出し突き飛ばして噴水に落としたこと! まだあるぞ、階段の踊り場で待ち伏せし突き落としたこと! 挙げ句の果てに破落戸をけしかけて害そうとまでしたな! これらは悪質な犯罪行為だ! 牢屋行きは免れないと思え!」


「ハァッ!? 全く身に覚えがありませんけど!? 証拠はお有りで!?」


 リリアナは呆れたような顔をしてそう言った。


「ウソを申すな! 全て貴様がやったとサンドラが泣きながら証言しておるのだぞ!」


「ハァッ...」


 リリアナは大きなため息を一つ吐いた。


「殿下、そんなこと私には出来ません。不可能です」


「な、なんだと!? 貴様ぁ! この可愛いサンドラがウソを吐いているとでも言うつもりかぁ!?」


 マリウスは今にも殴り掛からんばかりに激昂した。三人の側近共も一緒になって前のめりになる。


「だって私、この学園に通ってませんもん」


「ハァッ!?」


 マリウスが間の抜けた声を漏らす。


「一つお聞きしますが、マリウス殿下は私の姿を学園内で見掛けたことありますか?」


「そう言われてみれば...無かったような...」


「それにですね、そもそも私はマリウス殿下の婚約者じゃありませんよ?」


「ハァァァッ!?」


 マリウスはもう一度間の抜けた声を漏らした。

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