第17話
西方向にひたすら進むと、起伏のある岩場に出た。
マップを見ると、岩場はメリ山の方には存在せず、フェドルト山の方にのみ存在する物らしい。
ということは私の見立て通り、ここはメリ山ではなくフェドルト山の方だったようだ。
今まで私が生活していたのは、ふかふかとした腐葉土に覆われる大きな森の中だった。
枝は痛いが、基本はふかふかした土のため、歩いてもそこまで痛くはない。転んだって天然のクッションがその衝撃を和らげてくれていた。そのためかろうじて裸足でもやってこられていた。
だが、岩場となると裸足だと厳しい。
常に足つぼマッサージ状態なのだ。
確かに体が正常な状態であれば気にせずに、「ああ、気持ちいいなぁ……」という風に超えることが出来たのかもしれないが、栄養バランスの偏った生活をしている私の体が正常なわけはない。
加えて、シカを解体した際、足に合った傷口からシカの血の中に含まれていた雑菌が体内に侵入してしまったようで、両足が赤く腫れている。
おかげで歩きにくい。
そんな状態の今、岩場を歩くというのはなかなかに厳しいのだ。
けがだけならば魔法でなんとか直せる。ただ、腫れているというのをどうやって直せば良いのかわからない。試しにヒールを掛けてみたが、外傷は塞がり一瞬痛みは引くものの、腫れの原因が体内の雑菌の影響のためか、腫れ自体が収まることはなかった。
痛みと熱を伴いながら膨れ上がっている両足。ただ、幸いなことに症状としてはあまり重くないみたいだ。歩けないことはないといった感じ。
学校の保健の授業で、血液は菌がたくさん含まれているから危険だ。ということを聞いたことがある。それをしっかりと頭にたたき込み、脳の引き出しの取り出しやすいところにしまえていたら、こうはならなかったかもしれない。
私のミスだ。
腫れが収まるまで待つか。それとも迂回して進むか。……ごり押しで行くか。
村や町に私の情報が伝わる前に、この帝国を抜け出したい。だからこんなところでいつ直るかもわからない腫れの直るのを待つわけにも行かない。
マップと現在位置をすりあわせた感じだと、迂回するとなると最低でも5日は到着が遅れる。
……帝国が早馬を使うと考えると、この5日という日数も、出来れば無駄にしたくない大切な時間だ。
この岩場を超えるとすぐに村がある。
「……進もう」
まだ太陽は後ろから私を照りつけている。ということは今はまだ午前。
足に身体強化魔法を強めに掛ければなんとかなるはずだ。朝食はしっかり食べた。燻し干し肉。
硬くて食べにくいけど、すごくエネルギーはみなぎるのだ。踏ん張れ、私。
頬をペチンと叩いて岩場と向き合う。
大きめの岩がゴロゴロと転がっており、大きな木は少なく、草や低木のある荒れ地のような状態。
ゴロゴロと転がっている角張った岩は、ものにはよるものの、大抵の物が触ると動く。土が少なく、それぞれの岩どうしで上手にかみ合ってもいないらしい。
起伏の激しいこの場所で、万が一にも足場とした岩が転がっていってしまうと、転倒し、場合によっては滑落してしまう。
また、標高の高い位置から岩が転がってきて、私の体に当たってしまうと危険だ。
当たり所によっては生命活動に支障を来す可能性がある。
骨折くらいなら直せるはずだが、内臓が破裂とかしたらどうなるかわからない。
体が全部吹き飛んでいるわけじゃないから、数週間もしないうちに復活できると思うけど、脳が傷ついていなければ、その間悶絶するほどの痛みに襲われるはずだ。
避けたい。
軍手はない。
今着ている服は半袖で、はいているズボンも半ズボン。
ろくな防寒対策の出来るような服ではないし、それでいて落下物から身を守れるような帽子なんて物も持っていない。
……この状態で岩場に挑むというのは避けたいが、ないものはしょうがない。これでいくしかない。
私にあるのは自分で集めたわずかな資源と、神様からもらった必要最低限の装備だけ。
だからといって超えられない壁ではない。注意して一歩一歩進む。
ぐらぐらしそうな岩、実際にぐらぐらしている岩を避けながら、少しでもしっかりとしている岩を選んで進んでいく。
草が生えているところは比較的安全だ。
草が根を張ってくれているおかげで地面が固くなっている。そういう所を選べば比較的崩れにくい。
こういう起伏の激しいところを進むとき、足を取られやすい所を進むときは、できるだけペースを一定に保つことが大事だ。
コロコロペースを変えていくと、その分体力が取られていく。
森の中で生活していくにつれ、体力はついてきたし、身体強化を掛けているおかげでさらに体も軽くなっている。それでも、少しでも体力を温存しながら進んでいきたい。
疲れで余裕がなくなると、焦りが生まれてしまう。
焦りが生まれると、いつもならちゃんと出来ることでも、注意不足で失敗してしまうことがある。焦りは禁物だ。
体感で数時間ほど進んだ頃、斜めだった太陽がいつの間にか頭の上に来ていた。
そろそろお昼の時間だ。
ちょうど、比較的なだらかな所に来ていて、ここなら休めそうだという所にいる。
一度お昼休憩を取ろう。
とはいっても、ゴロゴロと岩が転がっていて、いつその岩が崩れるかもわからない場所でご飯を食べるなんて言う勇気は私にはないので、一度魔法でしっかりと辺りを平らにする。
魔法はやはり便利だ。
本当ならば地面をすべて平らにして安全な状態で進みたいのだが、私の魔力がそうはさせてくれない。
せめて休憩の時だけでも平らにね。
「よし。こんなもんかな」
ある程度の作業が終わり、ギラギラと照りつける太陽の暑さによって額に浮かび上がった汗を、右腕で軽く拭き取る。
落下物を警戒するため、基本は標高の高い方を見ながら作業していたのだが、ここでふと標高の低い方に振り返ってみた。
「うわぁ……、すごい……」
小さな山のように盛り上がっているこの場所からは、辺りの森の風景を見ることが出来る。
高い雲、緑の針葉樹のなかに生える秋特有の紅葉の色。そんな森の上を優雅に羽ばたく無数の鳥たち。
雲の白に空の青。針葉樹の緑に紅葉の赤、オレンジ。そして岩場に広がる灰色の岩。
針葉樹の占める割合が多いために、森が紅葉で染まっているわけでもない。灰色の岩は正直言ってあまり見応えのあるような物でもない。空が夕日で染まっているわけでもない。
そんな1つ1つではそこまで映えることもない者たちが、身を寄せ合って1つの美しい景色を作り出している。
森という閉鎖的な空間に閉じこもって生活していた私。家に閉じこもっていたよりは広い世界に出たと思っていたけれど、今この景色を見れば世界はもっと広いということがわかる。
「決めた。私はこの世界で旅をしよう。広い世界。美しい景色を求めて旅をしよう」
景色を見て何が楽しいんだと思っていたかつての自分を跳び蹴りでボコボコにしたい。
……異世界、案外悪くないかもしれない。
「ご飯はまずいけど……」
景色を見ながらむさぼり食う燻し干し肉は、多少あぶったところで硬いままだ。
ゴムみたい。
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