第15話

 ただひたすら走り、探知魔法を広めに発動し、追っ手が来ていないことを確認した私は、数日ぶりにほっと一息つく間を得た。

 魔力が残りわずかのために、魔法で椅子を作ることすらけだるく感じる。落ち葉が腐り天然のふかふかクッションと化した地面に座り込み、手を後方について空を見上げると、そこには雲1つない快晴。

 思わず漏れる深いため息。あれほどまでに腐って感じたキャンプ地の空気とは違い、森の中の新鮮な空気は、体の隅々まですんなりと行き渡る。

 ざわざわとさざめく木々の音が耳に届くたびに、どことなく懐かしいような気持ちすら覚える。一瞬森から離れただけなのに。


「はぁ、これからどうしようかな……」


 おそらくこれで私は帝国と敵対関係を持っただろう。だからこの国には長居したくない。

 アイテムボックスから例の本を取り出し、しおりの“地理、情勢について”と書かれたページを開く。

 周辺の地理状況や起伏の記された地図という物は、以前はどの国でも国家機密として隠されてきたというのを聞いたことがある。

 私が持っている地図には、そのような起伏であったりが丁寧に示されている。起伏が記されているということは、もちろん国境線もしっかりと記されている。


 情勢のページには、今いるベルネリア帝国と友好関係、敵対関係を築いている国もしっかりと書かれていて、それを持っている地図と照らし合わせる。

 ベルネリア帝国帝都から北西方向に国1つまたいだ先に、ベルネリア帝国と昔から敵対関係を持っている国があるらしい。

 名はフェヨル王国。間にあるジェナ連邦はどちらかというとベルネリア帝国寄りの国だが、同時にフェヨル王国との関係もそこそこ良いらしい。

 ひとまずはそこに向かいたいと思う。


「……ただ、現在地がわからないんだよなぁ……」


 ひとまず村や町に行かないと今の位置がわからない。ただ、もしかしたら村や町に私を捕らえるための兵が置かれている可能性も否めない。

 非常に困った。


 ひとまず今持っている情報で大体の位置に当たりをつけるしかない。


 騎士たちが遠征に来るということは、王都からそこそこの距離がある場所のはずだ。

 私が数日全力疾走しても抜ける気配の見えないこの森は、小さい森ではないはずだ。

 私から見て右後ろの辺りには上の方に雪が積もっている高い山が見える。今の森の様子を見る感じ、季節は秋頃だと推測できる。

 この森は、私がぱっと見た感じでは夏緑樹林のように見える。ただ、針葉樹もよく見られるため、どちらかというと夏緑樹林の分布する中でも北。

 ……神様がくれたマップにはこの大陸のことしか書かれていないから推測でしかないのだが、ここは北半球だと思う。

 ていうか北半球と言い切って大丈夫なはずだ。北にある国では雪が多く降るという情報が記されてあったのだから。


「えっと、今は垂直分布は考えないとして……」


 わずかな情報ではあるが、ここから推測されるに、現在が地球上の10月だと仮定するとこの時期に山頂付近で雪が降るであろう山は、この国に5個存在している。


 その中から、比較的王都に近い2つを消し、森は存在するが、明らかに南寄りであっておそらくバイオームが違うであろうと予想される1つを消す。


 残った山はフェドルト山とメリ山だ。どちらにいたとしても、フェヨル王国に向かうのにこの国の帝都を跨ぐことはない。

 ただ、メリ山の場合は、この国で第2の都市である城塞都市フェドネアを通ることになる。

 フェドネアは谷の間に作られた大都市で、そこを避けるとなると非常に険しい山を登らなければならない。


 ……負担を考えて、現在地はフェドルト山であると仮定して動くことにする。

 フェドルト山からフェヨル王国へはここから西方向へ進めば良い。

 ここから西方向へ進むと、森を抜けた先に小さな村が存在しているらしい。そして、メリ山であった場合、西方向に進むと村ではなくそこそこの規模の町にでる。

 もし森を抜けた先に村があればフェドルト山だし、町が出ればメリ山だ。


 一種の賭けになると思う。

 国を跨ぐ際には税としていくらかのお金を取られると考えた方が良いだろうから、お金もどこかで稼いでおきたい。




 フェドルト山からフェヨル王国までは相当の距離がある。

 ジェナ連邦がでかい。歩いて横断するのは正直どのくらいかかるのかがわからない。

 追っ手も来ていると考えた方が良いだろうから、正直のんびりと進んでいられるような時間はない。

 少なくとも帝国にいる内は宿にも泊まれないだろう。

 野宿は良いのだ。慣れているから。

 しかし、町の近くで野宿というのも危険が伴う。寝ないで動くという可能性も考えた方が良いかもしれない。


 ……町に着いたらコーヒーのような物を購入したい。

 しかし、この国の気候はコーヒーの栽培に適していないようにも思える。何か別の方法で眠気を覚ます方法を探さないといけないな。


 やることが多すぎる。


 とりあえず今日はもう日も傾いてきそうだからここをキャンプ地としよう。

 明日の朝から西方向へと進む。


 土で汚れた服をパタパタとはたき、重い腰を持ち上げてアイテムボックスから燻製しておいたお肉を取り出す。


 3ヶ月間の食事が浮いたため、想像よりもお肉の減りは遅い。

 このペースだとあと1ヶ月は持つだろう。

 ただ……。


「……この肉飽きたなぁ」


 やることが山積みだ。

 ……まあ、お肉は後でも良いけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る