第13話

 まさか3ヶ月も経ってしまったとは思ってもいなかったが、そろそろ移動を始めることにする。

 このクレーターを見ればわかるとおりもうここに住むことは出来ないだろう。ある程度の戦闘なら出来るようになったからこの森の中を移動しても大丈夫だと思う。

 感覚はつかめた。身体強化魔法のおかげで少ない筋力でもなんとかなる。先ほどの件があったが、いくら戦闘が出来るようになったと言っても数を掛けられれば厳しい。

 敵の強さにもよるが、まあ1対2とかだろう。

 できるだけその状況を作らないよう、探知魔法を掛けながら森を行こう。






 相変わらず靴がないために歩くとチクチクして痛い。

 だが、もうしばらく靴なしでの生活をしているために足の裏が硬くなってきたのか、以前に比べれば感じる痛みは弱くなったと思う。

 時々動物の糞を踏んでしまうのはいやだ。あの生暖かいヌチャッとした感覚を足に抱くたびに叫びたくなるのを必死にこらえているのだ。


 この森にはいい戦闘相手があふれている。

 出来ることなら戦闘の訓練をしながら町に向かいたい。大きな町ではなくても、小さな村でかまわない。とりあえず人がいるところにいってある程度の必需品を揃えたい。

 攻撃魔法は出来なくても、ある程度の生活魔法なら出来る。ただ、魔法で出来ることにも限りがあるというのはしばらくの森の生活でわかっている。

 特に調味料。必需品ではないけれどそろそろしっかりとした味付きの食事をとりたい。




 昼間なのにもかかわらず、薄暗いこの森の中を歩き続けて1時間ほどが経過した。

 私の足では1時間でもそこまでの距離は歩けていない。これでも以前に比べれば歩けるようにはなっているが、靴がないというのがやはり枷になっている。

 一度立ち止まり探知魔法を発動してみると、近くにクマっぽい動物を発見した。探知のギリギリの所には先ほど別れた隊長さんの姿もある。

 確か遠征で来ていると言っていたし、こちらの方に向かっているようだ。

 私が狩らなければこのクマと戦闘になる可能性が高い。遠征が単純に戦闘訓練を積むためだった場合は残しておいた方がいいのだろうけれど、まあここは狩ってしまうことにする。

 初日に私をめちゃくちゃにした恨みを晴らそう。


「おいクマ!」


 がるる……とうめき声を上げながらこちらを睨むクマ。目が赤くないということはおそらく魔物化はしていないと思う。

 サイズも以前より大分小ぶりで、前に私の腕をもぎ取ったやつとは別の個体らしい。

 まあ今となってはそんなことは気にしない。個体は違えど同じクマという種類であると言うことが大事なのだ。


「さて、早速ちょっと使ってみようかな」


 そうつぶやいて腰辺りにつけておいた例の短剣を引き抜く。


 その瞬間、短剣に力を吸い取られるような感覚を覚えた。そして、そのまま体から力が抜け、バタリと地面に倒れ込んでしまった。


 その瞬間、私の思考が加速する。走馬灯のように湧き出る今までの記憶と、今目の前に広がる光景が重なる。

 クマがいる。剣を引き抜いた途端に力が抜けていった。

 意識はある。ということは魔力切れではない。

 もうこの時点で察しはつく。


 倒れた私を見て、チャンスだと言わんばかりに襲いかかるクマを、横から飛んできた大きな岩が吹き飛ばした。


「おいおいおい、俺らの大切なおもちゃを壊してもらったら困るぜ?」


 思うように動かない首をなんとか動かしてその声の出所を探ると、そこには不敵な笑みを浮かべる隊長、ウェリアルが立っていた。

 コイツは私の敵だ。脳がそう危険信号を発するが、私の体は動かない。

 頭の中によぎるクマの存在。もしかしたらクマがコイツをどこかへと追いやってくれるかもしれない。

 そう思ったが、近くにいるクマは魔物化していない。それにサイズもまだ小さい。

 パキパキと枝の折れる音を鳴らしながら遠くへと逃げていくのが視界の端に映った。


 はめられた。

 そう思ったところでもう遅い。

 ゆっくりとこちらに近づいてくる隊長の姿。


 ――そこで私の記憶は途切れている。






「やっとお目覚めですか? お嬢ちゃん」


 気がついたとき、私は両手足を拘束された状態で椅子に座らされていた。

 目の前にいるのは先ほどの5人のメンバー。どうやら全員が埃をかぶった汚い騎士だったようだ。


「なに? なにがしたいのあんたらは」

「ああ? なんだその口の利き方は? お前置かれた状況がわかってんのか?」

「まあわかってないわけないよね」


 なんとか平然を装いながら話を続ける。

 とりあえず考える時間を稼がなければいけない。

 暗い木で作られた小さな部屋には、1つの机。その周りを取り囲むように椅子が置いてあり、その上には地図と果物の山。

 壁には武器と鎧が立てかけられていて、入り口付近には国旗のような物が置いてある。

 探知魔法を発動すると、付近には多くの人の姿が確認できた。おそらくここは騎士団のキャンプ地なのだろう。

 となると、こいつらが帝国の騎士であるということは間違いなさそうだ。

 今私がいる建物のように、簡易的な木製の建築と、大きめのテントが半々くらいで設置されているこのキャンプ地。

 全部がテントではない理由は、おそらく長くここに滞在するためだろう。

 それかよく来るキャンプ地だから作られているのか。


 いくつかの建物があるとはいえどその距離はそこまで離れていない。

 ここでなにか大きな物音を立てるとおそらくグルである騎士団の仲間たちが飛んでくる可能性がある。

 まずほかの騎士たちは私がここにいることを知っているのだろうか。探知魔法で見る限りではこちらの小屋に目を向けずに作業を続けているため、もしかしたら知っていないのかもしれない。

 周りに知らせて助けを求めるか?

 しかしもしかしたらこいつらと同じような思想を持っている者たちが集まっている可能性が考えられる。

 もしそうならば人を呼ぶのはかえって身を危険にさらす行為だろう。


「嬢ちゃん、どうだったかい? 俺のお手製短剣は?」


 そうニヤニヤと笑いながら問いかけるウェリアル。先ほどまでダンディーに見えていたそのひげも、今となっては悪役のソレだ。

 隊長という立場からわかるように、この中で一番偉いのはウェリアルらしい。ほかの4人は後ろの方でニヤニヤとしながらこちらを眺めている。

 私に拷問を加える、最初に手を出すのはどうやら隊長であるウェリアルに優先権があるのだろう。

 こちらを見ながら鼻の下を伸ばし、野次を飛ばしながら酒を飲む残りの4人を見ていると、はらわたが煮えくり返りそうなほどの苛立ちを覚える。


 ……正直どのような目的で私がこの場で拘束されているのかというのはすぐにわかる。これでわからないほど鈍感なわけではない。

 明らかな強姦目的の誘拐、拘束。

 もしかしたらこの世界ではこのような行為は頻繁に行われているのかもしれない。そう思うだけでもぞっとする。

 そして、その行為に私が巻き込まれているということ。それだけでパニックになりそうだ。


 とにかく今は脱出のすべを考えなければいけない。私の今までの知識をフル動員するんだ。

 話をつなげ。違和感のないように。

 時間を稼げ。


「ふっ、何を仕掛けてたの? いきなり力が抜けるもの。結構びっくりしたわ」

「まあ麻酔のような物だよ。詳しくは秘密だ」


 やはり話さないか。

 話してくれたらうまく応用で魔法をかけられるかと思ったが。

 

「たいちょー、まだっすか?」


 またもや残りの4人から野次が飛んできた。

 チッ、複数でしか動けない臆病者は黙っておけばいい物を……。


「まだ昼間だしなぁ……」

「えー? いいんじゃないっすか?」

「まあどうせやることもないからな。でもどうせならもっと痛めつけたくないか?」

「……下衆が」

「ああッ? なんか言ったか?」

「言ったさ。所詮人数を掛け、それでいて力の無い女性にしか手を振るえないような下賤な盗賊風情に何が出来るんだか」


 今にも意識が飛びそうだ。声も絶対震えている。

 けれど、一瞬でも弱みを見せればだめだ。


「盗賊だ? 紋章は見せただろう」

「ああ、見たさ。ただ騎士の誇りを捨て、誘拐という悪事に手を染めるお前らは盗賊にしか見えないがな」

「……お前、随分と生意気だなぁ!」


 そう大声を上げながら机に置かれていた果物ナイフで私の肩を切りつける。

 切りつけられた部分はじわりと血がにじみ、深くえぐれた傷口から、血液が腕を伝って垂れていくのを感じる。思わず出そうになる声を必死にこらえる。

 腕が切り落とされたわけではない。我慢できる。


「悲鳴は上げないか。案外しぶといな」

「たいちょー、もういっそコイツ殺しちゃいましょうよ。生きていたら何しでかすかわかんないっすよ?」

「別に俺らは死んでてもかまわないんで」

「……まあ、それもそうだな」


 そう言って立てかけてあった大剣へとゆっくりと手を伸ばす。


 ああ、もうだめだ。

 どうにか力で突破するしかない。考えている時間なんてもう無いんだ。


 もしここで殺されても私はすぐに復活する。私は死なない。死なないからこそ負わされた傷を永年背負い続けなければならない。

 それは絶対に嫌だ。

 いざとなればあの爆発をもう一度起こす。

 でもそれは最終手段。今はありったけの力を使って藻掻くんだ。

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