第14話

「コーデリア殿。すみませんが、私は怪我人の治療に行ってきます」

「はい。わたしは大丈夫ですから、ぜひそうしてあげてください」


 神官の勤めとして正しいだろう。


「では」


 コーデリアに軽く頭を下げ、ラースディアンは入り口付近で腰を下ろして休んでいる人々の元へと戻っていく。

 彼が怪我人の傍らに膝を突き治療を始めた頃合いで、入れ替わるように櫓から降りたロジュスが近付いてきた。

 おそらくは意図的にラースディアンを避けて。


「や。大活躍だったじゃん」

「貴方ほどじゃないと思うけど」


 今回の防衛線で勲功を付けようと言うのなら、ロジュスかラースディアンが一位になるだろう。次点で入り口を護った剣士と槍士。コーデリアはその次あたりか。


「俺は元々、超強いから」

「ふーん」

「うわ。信じてない返事」

「だってわたしには貴方がどれぐらい強いのかなんて分からないもの」


 強いのは分かる。だがどれぐらいかと言われれば首を傾げる。本人申告の『超』が相応しいかどうかなど、ますます計りようがなかった。


「ま、そのうち分かるようになるさ」

「どうして?」

「実力が身に付けば、彼我の差も自ずと感じ取れるようになってくから」

「実力……」


 今のコーデリアには遠い言葉だ。

 自分の手の平へと視線を落として――はたと奇妙なことに気が付いた。


「待って。どうしてわたしが力を付けようとしているって思ったの」

「そりゃ、俺が君の事情を知ってるから」

「貴方、何者?」


 コーデリアが禍刻紋を付けられたことは、まだマジュの町の人間、それも一部だけしか知らないはずだ。

 そしてロジュスは町の人間ではないだろう。

 神官以外で魔物と戦い慣れている――要は町の外に頻繁に出かけるような者がいたら目立つし、話にぐらいは上ったはずだからだ。


「んー。まあ偉い人に命じられて、禍刻の英雄の手伝いをしに来た人材ってとこ」

「国の命令なの? 早すぎない? まさか、禍刻の主がどこに現れるかが分かっていたわけじゃないでしょう?」


 予測で来ていたのなら、なぜ教えてくれなかったのかと問い詰めたい。


「百年に一度、必ず起こるってのは史書が教えてくれる。俺みたいなのは各地にいるの。んで、たまたま俺だったっていうそれだけさ」

「……」


 コーデリアの疑問に、ロジュスは淀みなく言い分を述べる。


(丸きり筋が通ってないとは思わないけど……)


 信じられるかと言えば、そうでもない。


「証拠はあるの?」

「ないね。ついでに、俺のことを誰に聞いても――それこそ国王だって認めないさ。理由は分かるよな?」

「……見込みがなかったら、わたしを殺すから?」


 国の命令で、被害者でしかない禍刻の英雄を殺しましたなどというのは、やはり外聞が悪い。


「そういうこと」


 顔色一つ変えず、何なら唇に浮かべた笑みさえ崩さずに、ロジュスは平然と肯定した。


「でもまあ、俺としてもそんな寝覚めの悪いことはしたくない。君にはぜひとも禍刻の主討伐を成し遂げてもらいたいわけだ。そのための協力は惜しまないぞ」

「それは、同行させろって言ってるの?」

「話が早くて助かるね」


 ロジュスが言っていることが本当なら、コーデリアにとっても悪い話ではない。

 ロジュスに戦う力があるのは確かだ。現状、満足に戦えないコーデリアにとって頼もしい人材だと言える。


(でも、いつ寝首を掻かれるか分からない人と旅するとか、どうなの)


 見限った瞬間に、ロジュスはコーデリアを殺すと宣言している。そんな相手が近くにいたら、落ち着かないどころでは済まない。


「俺は『可能性あり』って報告するつもりだけど、次の奴もそうするとは限らないぞー? 見る目のない奴なら、今の君を見ただけで『見込みなし』って判断するかもしれないし」

「見込み……。あると思うの?」

「ない人間は、禍刻の主に選ばれない」


 もともと選ばれていたのは自分ではない――という言葉は、飲み込んだ。


(経緯は詳しく知らないのかもしれないわね)


 ならばと意見を翻されても困る。


「君自身だって、丸きり無理だとは思っていないだろう? 自分の体が持つ可能性を自覚したはずだ」

「わたしの、体……」


 コーデリアに武器を使う才はなかった。あったのは、己の体を使いこなす才。


「まあ、断られても付いていくんだけど」

「変態的な響きね」

「俺も言っててそう思った。俺が変質者にならなくて済むよう、うなずいてくれると助かるんだが?」

「……保留させて。貴方も知ってるでしょ? わたしに協力して同行してくれてるラースディアン様に黙っては決められないわ」

「了解。じゃ、明日にでも答えを聞かせてくれ」


 さすがに今日これから宿場を立とうとは思えなかったし、ラースディアンも同じだろう。話す時間は取れそうだ。


「分かったわ」

(ついでに、洗濯する時間も)


 疲れてはいるが、今日はサボれない。サボりたくない。


「じゃあ、わたしはもう行くわ」

「宿に帰るのか?」

「そうよ。きっとラースディアン様も疲れてると思うから、甘い物でも作ろうかと思って」


 昨日作ったジャムタルトはあるが、もう少し食べやすい物の方がいい気がしたのだ。


「へー、そりゃいい考えだ。俺も手伝うからさ、いっそ町にいる人全員に振舞えるぐらい作ろう。きっと皆元気が出るぞ」

「受け取ってもらえるかしら」


 作ること自体に否はない。しかし見ず知らずの人間が作った物となると、口に入れるのに抵抗感があるのではと考えてしまう。

 自治体から許可を得て、店を構えて販売しているときとは訳が違うのだ。


「要らないって奴は放っておけばいいさ。多分、明日になったら後悔してるけどな」

「そんな凝ったものは作らないわよ?」


 コーデリアとて疲れは感じているし、金銭に余裕があるわけでもない。食べなかったことを悔やむほどのものになるとは思えなかった。

 しかしロジュスはにぃ、と楽しそうに笑って見せる。自分の意見を変えるつもりはないようだ。


「いいからいいから。さ、行こうか」

「ええ」


 笑みの理由は分からなかったが、聞いても答えない気がしたので追及はしない。

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