第4話

「どうぞ、そうかしこまらずに。楽にしてお座りください」

「は、はい」


 そう言われて解れるような緊張は、そもそも存在しまい。


 しかし心遣いはありがたかった。コーデリアが示された椅子に座ると、セドリックも対面に腰を下ろす。ラースディアンは一席分間隔を空けて、コーデリア側だ。


「さて、どこから話したものか……。コーデリア殿は禍刻による災いの歴史を、どれぐらいご存じでしょう」

「百年に一度、強力な魔物が現れて世界を脅かす、というぐらいしか……」

「概ね、その通りでありますな。禍刻の英雄についてはいかがでしょうか」

「主の討伐を行ってきた、代々の勇者たちのことですよね」


 百年に一度起こる災いなので、話は数多く伝わっている。近代のものなら詳細に語られている文献も多い。


 こうして世界が続いていることが証明しているように、伝わる話は全て英雄たちの勝利で終わる。


「そうです。しかし多くの書の中で、伝えられていない事実があります。――彼らの多くは、自発的に禍刻の主に挑んだわけではありません。そうせざるを得なかったのです」

「そうせざるを、得なかった……」


 神官長の言葉を繰り返したコーデリアの頭に過ったのは、昨日立ち聞きしてしまった神官たちの会話だ。


「彼らは禍刻の主により生贄に選ばれ、己を生かすために、討伐に挑むしかなかったのです」

(やっぱり……)


 だが言われれば腑に落ちる部分もある。そんなに都合よく、災いと英雄が揃うなどできすぎた話だ。作為があったと言われた方が納得できる。


「そして、コーデリア殿。どうか気を強く持って聞いてもらいたい。今回禍刻の主に生贄として選ばれたのは、貴女なのだ」

「……はい」


 改めて宣告された事実に、コーデリアはただ返事を返す。


「あまり驚かれていない様子ですな?」

「いえ、勿論驚いています。でもそれよりも、どうすればいいのか分からなくて」

「ご懸念はごもっとも。しかし禍刻の主はこれまで必ず、何らかの武才を持った者を生贄に選んできました。木こりの息子も、貴族の娘も、旅の呪紋士も皆、例外なくです。おそらくコーデリア殿にも才が秘められているはず」

「だと、いいですけど……」


 彼らとコーデリアでは、決定的な違いがあろう。

 本来選ばれようとしていたのはコーデリアではない、という一点だ。


(そういう例も、過去にはあるのかしら?)


 あると期待したいところだが、セドリックの表情を見るに――前例はなさそうだ。


「コーデリア殿。禍刻の主の討伐に、微力ながら私も力添えしたく思います」


 やや重い沈黙が流れたあと、次に言葉を発したのは本来選ばれていたのだろうラースディアンだった。


「コーデリア殿には救っていただいた恩があります。ならば今度は私が恩を返すのが人の道というものでしょう」

「い、いいんですか」


 本当ならその役割を負っただろうラースディアンが同行してくれるのは、とても心強い。むしろ彼が討伐を成すのではとさえ期待できる。


 けれど咄嗟に口を突いて出たのは、驚きと確認だった。


(だって、せっかく逃れられたのに)


 今度は自ら、危険に踏み込もうと言うのか。


「ご迷惑でなければ、是非」

「わ、わたしはとてもありがたいです」

「良かった。では、よろしくお願いします」


 コーデリアが快諾すると、ラースディアンはほっとした様子で笑みを浮かべた。


(――ああ)


 それで気が付く。

 ラースディアンは他人に自分の苦を背負わせることを、己の楽と考えるような人物ではないのだと。


(そうよね。人のためにも懸命になれる人でなければ、あのとき、広場で立ち上がったりしない)


 事実ラースディアンはその勇敢さによって、巨鳥の目に留まってしまったのだから。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 コーデリアが頭を下げてそう言うと、ラースディアンは手を差し出してきた。握手を交わし、手を離す。


「ラースディアンは当神殿きっての呪紋士です。きっとお力になるでしょう。……とはいえ貴女自身も討伐に赴くことを考えれば、戦いの心得はあった方がよろしいかと」

「そう思います。けど……」

「とりあえず、武器を手に取ってみてはいかがでしょうか。当神殿にも、神官兵たちのための修練場があります。そちらで試してみてください」

「は、はい」


 セドリックに言われて、コーデリアはうなずく。


(そうよね。やってみなきゃ分からない。これまでの人生で必要なくて触れなかったから気付かなかっただけで、何かの才能があるかもしれないもの)


 コーデリアは前向きに、やる気を奮い立たせる。そうせざるを得ないと言うのが本当のところだが。

 おそらく、歴代の禍刻紋を刻まれた被害者たちと同じように。


「ラースディアン。コーデリア殿を案内して差し上げてくれ」

「承知しました。どうぞ、こちらへ」

「ありがとうございます」


 説明は終えた。この辺りで話も切り上げられる気配だ。


「では神官長。失礼いたします」

「うむ」


 コーデリアとラースディアンは揃って頭を下げ、部屋を辞す。

 扉を閉めて廊下を歩く傍ら、ラースディアンはコーデリアへと話しかけてきた。


「そうです。これから共に旅をするのに、余所余所しいままではやり難いこともあるかと思います。どうぞ、私のことはラスと呼び捨ててください」

「えっ。いえ、でも」


 出会ってすぐの相手を呼び捨てにできるほど、コーデリアの肝は太くなかった。


 ラースディアンはしばしコーデリアが否定以外の言葉を口にするのを待っていたが、ややあって諦める。


「分かりました。無理強いするのでは意味がない。呼びやすいようにお願いします」

「すみません……」


 相手にするのも勿論だが、自分自身もいきなり呼び捨てにされるのに抵抗があった。自分ことは気軽に呼んでほしいとも言い出せない。


「いえ、性急に過ぎたのは私の方ですから。どうか、今の話はお忘れください」

「はい。じゃあその、しばらく」

「しばらく、ですか。成程」


 もしかしたら、思い出すようにコーデリアから口に出すこともあるかもしれない。

 その際の予防を含めた言い様に、ラースディアンは楽しそうに笑った。


「分かりました。ではしばらく、忘れていてください」

「すみません。……ありがとうございます」


 無理強いはしてこないが、歩み寄ろう、寄り添おうと言う気配は感じる。ラースディアンの気遣いに、コーデリアは本心からの感謝を述べる。

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