【2章】呼続左京の心霊調査録〜保健の先生は好奇心を抑えられません〜 2.立葵の憂惧
水飴くすり
2.立葵の憂惧
第1話 ガツガツとオドオド
「ふーしーみーさんっ! 今日こそはバレー部、見学していきなよ!」
窓を叩く大粒の雨を憂鬱そうに見ていた真は、その声を聞いてギクリと体を竦ませた。
真の前の席に腰を下ろして、歯を見せて笑っているその表情を見て、真は『またか』と言う代わりに溜め息を吐いて目を逸らす。
「大曽根さん、朝から元気だなぁ……」
「伏見さんは何か暗いじゃん。どーかした?」
声を立てて笑う大曽根に、真は引き攣った愛想笑いを浮かべた。
(毎朝バレー部の勧誘に来られて面倒だからだよ……)
内心でそう思いながら、今日もめげずに勧誘を続ける大曽根をどう躱すかか考える。
『バイトをしたいから』と何度も言っているのに全く退かないのだ。
けれど、他に良い言い訳も浮かばない。
「……何度も言ってるけど、バレーは好きだけど、バイトしたいから部活はしないよ」
「バイトなんて大学行ってからいくらでも出来るじゃん! 高校の部活は今だけだよ! 見学だけでもいいから!」
真の言い飽きた言葉に、大曽根は全く堪えた様子はない。何とも押しの強いクラスメイトだ。
真はもう一度溜め息を吐いて、「今度ね」と軽く答えた。
(もうさっさとバイト決めて、忙しいって言うしかないな……)
兎に角しつこいのだ。このバレー女子は。
大曽根は緩く巻いた長い髪をくるくると指に巻きつけて手慰みに遊びながら、今日の朝練の振り返りを一方的に真に語っている。
それに適当に相槌を打ちながら、真は内心でどう断れば諦めてくれるのだろうかと考えた。
ぼんやりと大曽根の話を聞き流していると、通学用のリュックを持った女子生徒が、教室の前の方からゆっくりとした足取りで歩いてきた。
「……大曽根さん、もうすぐ鐘鳴るから退いてもらっていいかな?」
黒髪をショートカットにして、縁無しの眼鏡をかけた少女が、苦笑いしながら控えめに大曽根に言った。
「あ、桜さんおはよ! ごめんね〜! すぐ退くわ!」
大曽根は桜に気付くと、慌てた素振りもなく緩慢な動きで桜の席から退いた。
そのまま、真の席の横に立って見込みのない勧誘を続ける。
真は軽く右手を挙げて、『ごめん』という仕草を桜に向けてして見せた。
それを見て、桜は変わらず苦笑を浮かべたままひらりと手を振って無言のまま返した。
ゆうりが学校を自主退学する原因となったあの出来事から、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。
当時、クラスでの真の扱いは面倒な物だった。
ゆうりと一番仲が良いのは誰が見た所で真だったので、クラスメイトの質問は全て真へと向かったのだ。
ただの噂好きの女子からが一番多く、次がゆうりを密かに狙っていた男子から、ゆうりは何故中退したのかと毎時間聞かれた。
それが兎に角面倒で、真は感傷に浸る暇さえ無い程だった。
ゆうりがいなくなり、空いた席はすぐに撤去された。
真は目の前の、誰も座らない席が無くなった。
真はその時やっと、ゆうりともう一緒に登校出来なくなった事実を実感したのだった。
薄れない思い出と、喪失感と共に。
「……大曽根さん、毎朝めげないね」
ホームルームの始まりの鐘が鳴り、席に戻っていく大曽根を見て、前の席の桜が言った。
ゆうりの席がなくなった空席の分、真が一つ前に詰める形になったので、真の今の前の席はゆうりではなく桜だ。
「本当に……もう二週間位毎日言ってない? 結構ハッキリ断ってると思うんだけど」
「伏見さんも大変だね」
桜は落ちてくる眼鏡のフレームを指で押し上げて、本当に気の毒そうに苦笑した。
真は机に行儀悪く片肘を付いて、ちらりと廊下側の席の大曽根を視線だけで見た。
何やらノートに一生懸命書いているようだが、教卓に立っている担任の栄は別に何も重要な事は言っていない。
落書きでもしているのだろう。
「コホン。……今日は午後に委員会があるので、それぞれきちんと集まるように。……連絡事項はそれくらいだな」
(……げぇ)
栄がどこか改まったようにそう言って、ちらりと真に視線を投げた。
恐らく、クラスメイトの誰もそのことには気付いていない。
その視線にどこか憐れみが込められている気がして、真は露骨に嫌な顔をしてしまった。
それを見たらしい栄の目が、更に同情的になったのは気のせいだろうか。
「伏見さん、一緒に行こ」
ホームルームが終わると、前の席の桜が遠慮がちにそう言った。
それに頷きながら、真は自分の荷物を小脇に抱える。
ゆうりと一緒にいる事が出来なくなっても、毎日は滞りなく進んだ。
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