第10話 入院生活②
「椎名さん、だよね?」
「覚えててくれたんですね」
秋が声をかけると彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
これだけかわいい子の名前忘れるわけないでしょ。秋は心の中で呟く。
「怪我は大丈夫なんですか?」
「もう大体治って、後は右足の骨折だけ」
「そうですか」
冬子は視線を秋の右足に移す。そこはまだがっちりと固定されているまま。
「早く良くなるといいですね」
「ありがとう」
あれ、普通に話してるけど、どうして椎名さんが俺の病室に?
秋はようやくそのことに気がついた。
「あの、椎名さん、どうして俺の病室に? 誰か友達が入院してたりするのかな?」
「ああ、いえ、三杉君と私同じクラスなんです」
「そうなの!?」
「はい、それで今日は担任の先生に頼まれてプリントを持ってきたんです」
冬子はそう言って茶封筒を秋に手渡す。
「ありがとう、凄い助かる」
最低限クラスに顔見知りが1人いることにほっと胸を撫で下ろす。と言っても、通えるようになった頃にはもう彼女と話すことなんてないと思うけど。
「あっ、そうです」
思い出したように彼女は手をパンと叩くと、鞄の中からコンビニの袋を取り出した。
「すいません、急だったのできちんとしたお見舞いの品を用意できてなくてコンビニのプリンなんですけど……」
彼女は申し訳なさそうに袋からプリンを二つ取り出す。
「ううん、むしろ来てもらったのにお見舞いの品まで買わせちゃってごめん。いくらだった?」
「いえ、気にしないでください。それよりどうぞ」
冬子はそう言って1つを差し出す。
「ありがとう、今度お礼するから」
このまま押し問答になるのは良くないと思い、秋は冬子から差し出されたプリンを受け取る。その時、僅かに彼女の指に当たる。
「……っ!」
「ご、ごめん!」
「い、いえ」
「……」
「……」
彼女は顔を俯かせてしまい、病室内に何とも言えない空気が広がっていく。何か話題を……。そう考えるもののそもそも顔と名前ぐらいしか知らないからいい案が思いつかない。
「そういえば、学校ってどんな感じかな? 授業とか」
結局、ひねり出せたのはそんなしょうもない話題だった。いや、だって仕方なくね!? いきなり趣味とか聞いたらお見合いかよって感じだし。
「そうですね、授業は……」
冬子はそう言って各科目の授業内容を事細かく教えてくれた。
「そっか、もうそこら辺まで進んでるんだ……」
元々転入で学んでいる範囲が若干ずれてるから面倒そうだと思っていたが、彼女から聞いた話通りなら、このままだと間違いなく赤点のピンチを迎えることになるだろう。
短くても1ヶ月ぐらいは学校に行けないだろうし、そうなったら当然授業は進んでいる。自分で勉強するしかないか……。
「授業追いつけそうですか?」
表情に出ていたのか冬子が心配そうに聞いてきた。
「正直、厳しいかも……」
かっこつけたところでどうせバレるので正直に白状する。
「そうなんですね……」
「元々そこまで勉強は得意じゃないからね……」
秋が苦笑いを浮かべると、彼女は少し考え込むような仕草を見せる。
「その、よかったらなんですけど」
そこから少しして、冬子が口を開いた。何故だか、スカートをぎゅっと握っている。
「これから私のノートのコピー持ってきましょうか?」
「えっ!?」
予想外の提案に声が漏れた。
「こう見えて私、勉強は結構得意なんです。字も綺麗な方だと思うので読めないなんてことはないと思います」
彼女はノートを取り出すとページを開いて秋に見せてきた。ノートに並んだ文字は綺麗だし、ポイントなどは色を変えて書いてあるから見やすいしわかりやすい。普通に勉強できそうだもんな。
「そ、それでどうでしょうか?」
おずおずと冬子が尋ねる。
「えっと、コピー貰えるなら、凄い助かるけど……」
そう答えると、不安そうだった表情がぱぁっと華やぐ。
「でも大変じゃない? コピー取るのだってお金かかるし……」
「大丈夫です! コピーなら学校のを使わせてもらえると思いますし」
「そ、そっか」
食い気味の回答につい気圧されてしまう。なんでこんなに前のめりに来てくれるんだろう?
「じゃあ、これから毎日コピーしたノート持ってきますね」
「うん、ありが……って、ちょっと待って!? 今毎日って言わなかった?」
いや、どう考えても聞き間違いだろう。毎日なんてありえない。
「そうでした、正しくは学校で授業がある日だけですね」
聞き間違えじゃなかった!?
「毎日なんて大変だから、2週間に1回でも十分すぎるぐらいありがたいから」
というか、毎日なんて申し訳なさすぎる。彼女にも友達と遊んだりとか予定があるはずだし。
「私は大丈夫ですよ」
何故だかすぐに引いてくれない冬子を説得して、毎週金曜日にその週のノートをまとめて持ってきて貰うということで落ち着いた。
「すいません、長居をしてしまって」
それから30分ぐらい話をしてから冬子はゆっくりと立ち上がる。
「ううん、この時間いつも暇だから話し相手になってくれて楽しかったよ。今日は本当にありがとう」
「そ、そうですか♪」
冬子が嬉しそうに微笑む。
「あ、あの……ノートを持ってくる日じゃなくてもまたお見舞いに来ても良いですか?」
こちらを伺うような視線に胸がどくんと強く脈打つ。
「う、うん、勿論」
勘違いするなよ。彼女はきっと俺が1人で寂しそうだから言ってきてくれてるに違いない。それ以外の理由なんてない。
「ありがとうございます。それじゃあ、三杉君、またね」
「うん、ありがとう。気を付けて帰ってね」
彼女が病室を出て行ったのを確認して秋はぼすんとベッドに体を預けた。
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いつもよりだいぶ遅くなっちゃったな。
栞奈は速足で秋の病室に向かっていた。1人じゃ行けないと泣きつかれて、友達が入りたい部活の体験入部に付き合ったところ中々帰して貰えず、気づいたらこんな時間になってしまっていたのだ。
まぁ、でも、毎日同じ時間に行くよりたまに時間をずらした方が私のこと考えてくれるかも。そんなことを考えながら廊下を歩いていると、うちの学校の制服を着た女子生徒とすれ違った。
綺麗な人。髪もさらさらだし。横を抜ける際、会釈してくれたのでこちらも返す。
あれ? 秋は足を止めた。
この階ってお兄ちゃんしかいないんじゃなかったっけ?
前にお見舞いに来た時に看護師さんがそんなことを言っていた気がする。振り返るもさっきの女子生徒の姿は見えなくなっていた。
あの人、お兄ちゃんのお見舞いにきてた?
いや、お兄ちゃんに限ってそれはないでしょ。きっと新しい入院患者さんが入ってそのお見舞いの帰りだったに違いない。
栞奈はそう結論付けて、秋のいる病室のドアを開けた。
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