第6話 ここまできたらそうでしょう。

「いや、これは違くて!? その、朝の占いのラッキーアイテムがローファーで! それで!」

「……」

 秋が慌てて弁明するも、光里は視線を外して顔を俯かせる。

 

 ああ、終わった。俺はこれから女子用のローファーを鞄に入れてるやばい奴として2年間の高校生活を送らないといけないんだ……。

「……ふふっ」

 秋が絶望感に打ちひしがれていると、微かに笑い声が聞こえた。


 ゆっくり顔を上げると光里と目が合う。彼女は我慢できなくなったのか八重歯を見せながら思い切り笑っていた。

「朝の占いでラッキーアイテムがローファーって言われたからって普通持ってくる? 面白すぎでしょ」

 至極真っ当な正論がぐさりと秋の心をえぐった。


「ねぇ、先輩」

 ひとしきり笑い終えた光里が声をかける。

「……なに?」

「そのローファーくれるんですよね?」

「ああ、俺が持ってたらあらぬ誤解を受けそうだしね……」

 そう言うと光里がまた笑みをこぼす。

「だったら先輩、履かせてください」

「はっ?」

 

 履かせてください? 俺のきき間違いに違いない。

 だが、彼女はすっと足を秋の方に向けてきていた。スカートが短い分彼女の太ももがあらわになり、どぎまぎする。


「先輩、はやくしてくだい。こっちだって恥ずかしいんですけど」

「ご、ごめん」

 秋はローファーを優しく履かせた。


「うん、ピッタリだね」

 彼女はその場で感触を確かめるようにぐるぐると歩いた後、秋の目の前に立った。

「秋先輩、ありがとうございます。大事にしますね」

「ああ、うん、って秋先輩?」

「さっき電話の時名乗ってましたよね?」

「そうだけど……」

「だから、これから秋先輩って呼ばせてもらいます」

 彼女はそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「先輩本当にここから徒歩で行くんですか?」

 光里が心配そうに尋ねる。

「ああ、もうどっちにしろ遅刻だし、なんか電車はお腹いっぱいというか……」

「?」

 彼女はよくわからないといった風に首をかしげる。


「ほら、それより早く乗らないと」

 秋が促すと光里はしぶしぶ到着した電車に乗り込む。

「秋先輩、学校で会った時にちゃんとお礼させてくださいね」

「楽しみにしてるよ」

 ドアが閉まり電車がゆっくりと進んでいく。


 ホームから電車が見えなくなるのを確認して、秋は大きく深呼吸した。落ち着け。ここまできたら認めるしかない。


 あの占い師の言っていることは本当だ。こんなこと3回も起こったら信じるしかないだろう。


 ここまでで使っていないラッキーアイテムはエアバッグだけ。エアバッグと聞いて真っ先に連想されるのは事故だ。


 考えただけで身震いが起こる。でも逆に考えれば、最後のこれさえ乗り越えられればいいと捉えることも出来るはずだ。


 秋は気合を入れるように軽く頬を叩いた。


--------

「ほんとに徒歩で行くんだ……」

 窓から秋の姿が見えなくなるまで見つめていた光里はぽつりと呟いた。学校の最寄り駅が一つ隣だから徒歩で行けない距離でもないが、普通なら電車で最寄り駅まで行くだろう。まして、遅刻が既に確定しているのだ。少しでも早く着くためには電車で最寄り駅まで向かうのが最善手。


 学校嫌いなのかな? そんな風には見えなかったけど。不良っぽくもなかったし。

 理由を色々考えてみるが、ピンとくるものは浮かばない。


 あーあ、一緒に学校まで行きたかったな……。そうしたらもう少し話しできたのに。って、あたし何思ってんの!?

 無意識に浮かんできた考えにツッコむ。


 頬が熱くなったのを感じて手でパタパタと顔を仰ぐ。ふと足元のローファーが目に入った。見た目も可愛いし、サイズもピッタリ。作りも悪くないし、履き心地も良いから安いものじゃないだろう。


 それを初対面のあたしに当たり前のようにくれちゃうんだもんな。それに、なんでローファー持ってるか聞いた時のあの慌てよう。思い出すだけで笑みが零れてくる。


 同じ学校なんだしお礼する機会なんていくらでも作れるはず。

 それに秋先輩、女の子慣れしてなさそうだったし……。

 って、そう言うんじゃなくて。 

  

 ぶんぶんと頭を振っていると、思い出すつもりもなかったローファーを履かせてもらったことまで思い出してしまい、再び顔に熱がこもる。


 結局、駅に着いても光里の顔は赤いままだった。


--------

 エアバッグってことは事故。それもかなり衝撃を受ける可能性があるということ。電車から徒歩に変えたから気をつけなきゃいけないのは……。


 秋は横断歩道の前で止まった。その前を多くの車が行き交っていく。

 まぁ、車かバイクだよな。自転車の線もあるにはあるが、エアバッグが必要になるほどの危険運転ならそうなる前に見つけられるだろ。


 信号が青に変わる。秋は久しぶりにきちんと右左右と確認してから渡る。

 普通に考えたら交差点とかが一番危険なはずだけど、場合によっては暴走した車が歩道に乗り上げてくるみたいな可能性も考えられる。


 考え始めると、何処にでも危険が潜んでいるように思えて全く気が抜けない。

 秋は慎重に学校までの道のりを進んでいった。


 あとちょっとだ。周囲を警戒しながら進み続け、ようやくもう少しで学校に辿り着くところまでやってこれた。時間的に入学式はとっくに始まっている。妹の晴れ姿を見れなかったのは残念だけど、流石に自分の命と天秤にかけたら後者の方が重要だから仕方ない。


 後はこの信号さえ渡っちまえば車通りが少ない道だけで済む。


「きゃー!」

 悲鳴のような声が後ろから聞こえたのはその時だ。

 

 なんだ!? と思う反面、やっぱりな、と思っている自分がいた。

 ここまできたら、そりゃ避けられるわけないでしょうね。

 秋が振り返ると、女性もののバッグを持った男が一直線に向かってきていた。その後ろには女性が地面に倒れている。


「誰か、捕まえて、ひったくりよ!」

 女性が大声で叫ぶ。ちらほら人たちが女性の元に助けに向かっているが、誰も犯人を追っていない。そりゃそうだ、急に言われてそうそう動けるわけがない。

 あり得ると思って心構えしてない限りはねっ!

 秋は半ばやけくそになりながら男に向かって走り出した。

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