第3話 占いは正しい?

 朝の満員電車はいつになっても慣れない。ここ2、3年でリモートワークが大分浸透してきたこともあって大分ましになっているが、それでもパーソナルスペースはほとんどとれないし、カーブなどで電車が揺れれば肩や背中がぶつかり体温を押し付けられる。


 栞奈は大丈夫だろうか? 電車通学は今日が初めてだから入学式前から疲れてしまうんじゃないかと心配になる。


 にしてもあんなこと本当にあるんだな。

 秋は吊革につかまりながらさっき起こった出来事を思い返していた。まるでドラマやアニメの世界のような出来事だと思う。たまたま、今日が暑い日で。たまたま、おじさんが打ち水をしようとして。そしてたまたま、そこに同じ高校の女子生徒がいた。


 偶然にしては出来過ぎだろう。


『2007年9月15日生まれB型、イニシャルA・Mの男性は今日が人生の岐路になります。今日1日、多くの善行をすればあなたの人生はこれから著しく上向きます。特に恋愛運は大きく上向きます。ですが、反対に迷惑をかけるようなことをすればあなたの人生は最悪のものとなるでしょう』


 思い起こされるのは朝の占い師の言葉。

 いやいやいや、ないないない。


 確かにさっきのは普通じゃ中々ありえないような出来事だったけど、偶然そうなっただけに過ぎない。夢見がちな子供じゃあるまいし。


 電車がカーブに差し掛かり隣の男性がぶつかってきた。紙同士がすれるような音が自分のみぞおちあたりから鳴る。


 ああー、マンガ雑誌腹に入れてたんだよな。意識するようになると、違和感が凄い。


 我ながらあほなことをしていると思う。マンガ雑誌を腹に入れたのは、ヤンキー漫画とかでたまに相手のパンチから守るために入れているのを知っていたのもあるが、それ以上に鞄の中が一杯一杯で入る余地がなかったからに他ならない。


 しっかし、さっきの傘はともかくマンガ雑誌なんてどうラッキーに繋がるんだよ。心の中で悪態をつきながら、窓の方に顔を向ける。流れていく景色をぼーっと見ているとドア横に同じ制服を着た女子生徒が立っていることに気づいた。


 顔を俯かせているからよく見えないがこれまた可愛らしい顔立ちをしている。

 この高校かわいい子多いな。そんな風に考えていると、電車がまた揺れる。


 その時だ。彼女の髪が揺れで動き、一瞬だけ表情が見えたのだ。凄く辛そうな顔が。


 体調でも悪いのか? そう思ってよく見てみると彼女のお尻のあたりに向かって男性の手が伸びているように見えた。その先を辿ると、彼女のすぐ後ろに立っている30代から40代あたりのスーツ姿の男性の姿があった。


 もしかして痴漢?


 どくんと心臓が跳ねる。どうする? ここからだと本当に痴漢なのかよくわからない。もしかしたらたまたま当たってしまっただけかもしれないし……。

 だが、さっき一瞬だけ見えた彼女の辛そうな表情が頭から離れていかない。


 ああ! くそっ!

 心の中で悪態をつく。ビビって動けない自分に腹が立ったのだ。


「すいません、ちょっと通してください。すいません」

 声をかけながら人混みの中を彼女の方へ分け入っていく。何度か白い目で見られたが仕方ない。理由を知らない人からしたらただの迷惑な客に間違いないのだから。


 何とか彼女の近くまでたどり着く。彼女はドアと座席の間のところにすっぽりいるような感じだ。その後ろにはぴったりとさっきの男性がいて、彼の手は明らかに彼女のお尻を触っている。


 こいつマジでくそ野郎だな。

「ちょっとすいませんね」

 秋はズボンからスマホを取り出してその場面を写真に収めると、無理やり男性と彼女の間に体を割り込ませる。

「……ちっ」

 男性が舌打ちをする。やっぱりこいつは黒だ。秋は表面上、低姿勢を装いながらメモ帳を開いて文字を入力すると、彼女の肩をちょんと突っつく。


「……っ!」

 彼女は明らかに怯えた反応を見せた。それだけ怖い思いをしていたのだろう。助けを求められず、オッサンから体を触られる。二度々電車に乗れなくなるようなトラウマものの行為だ。


 さらに怖がらせてしまうかも知れないことに申し訳なさを感じながらも、秋はスマホ画面を彼女が見えるようにする。もちろん、さっきの男性には見えないようにだ。


『大丈夫ですか? 痴漢されてましたよね? 犯人があの男性で間違いないなら首を縦に1回だけ振ってください』

 

 メモ帳に書かれていた文字を見て、彼女が振り返る。小動物然とした雰囲気のたれ目な瞳が印象的な子だった。

 彼女はまだ恐怖があるようでしっかりと視線を合わせてくれない。当然だろう。


 秋はまた文字を入力してみせる。


『もう大丈夫だから安心して、ゆっくりでいいから』


 それを見た後、彼女は少しして顔を上げて小さくだが、しっかりと1回頷いて見せた。


 次の駅に到着すると男性はそのまま降りていこうとする。

「すいません、降ります!」

「あっ……」

 秋はその後を追うように降りてホーム上で男性の手を掴む。

「待って下さい」

「なんだよお前!」


 男性は苛立った声を上げる。正直、めっちゃ怖い。大声を出したせいで周りの視線も集中している。気合を入れてないと足が震えてしまいそうだ。

「あなた痴漢してましたよね」

 痴漢というワードにいわかに周りの客がざわつく。

「はぁ、てめぇの見間違いだろ。さっさとその手を離せよ!」

「証拠の写真もありますから、言い逃れなんてできませんよ!」

「このっ!」

 声を張り上げると、男性は観念するどころか反対の手で思いっきり腹に向かって殴り掛かってきた。


 乾いた音が鳴るが思ったよりというか、そこまで痛くない。

 マンガ雑誌のお陰だ。秋がそう思った隙に男性が腕を思い切り振り回して、秋は振りほどかれその場に倒れこむ。


 男性は人にぶつかるのもお構いなしに改札の方へ逃げようとする。逃がしてたまるかよ。

「誰かその男捕まえてください! 痴漢です!」

 声を上げながら追いかけようとするも、膝を強打したせいで上手く走れず、ホームに倒れこむ。


 くそっ、逃げられる。


 秋が何とか立ち上がったとき、ホームの向こうで歓声のようなものが聞こえてくる。


「あの、大丈夫、ですか?」

「えっ?」

 後ろから声をかけられ振り返ると、そこにはさっき痴漢されていた彼女が泣きそうな表情で立っていた。



 


 



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