第14話 デート

 ノワのことをもう少し詳しく知りたいと思った。思えば私たちはほとんどノリで毎日接しているけれど、お互いのことをあまり知らない。魔法のことは日記を読んだことで知っているけれど、というかそれを知っているから毎日のように彼女に会いに行っているような節はあるけれど、彼女の周りの人間もそれが分かっているのだろうか。ノワのことを知りたい。それは純粋に彼女の生き方を知りたいという意味で、決して邪な思いはない。ないけれど知れるなら知りたい。この前の秘密とか。

「ノワ、私とデートしませんか」

「え」

「デートですよ、おデート」

「いや、だから、その、なんでっ」

「そんなのお互いのことをもっとよく知りたいからに決まってるじゃないですか」

「決まってるんですかっ」

「はい、決まってます。だめでしょうか」

「いえ、そう言うわけじゃないですけど、色々と準備があるので、急にはちょっと」

「じゃあ日取りはノワに任せますので、デートコースは私が考えておきますね」

「ほ、本当に?」

「はい、行きましょう」

「しょ、しょうがないですね……」

 そんなわけで私たちはおデートすることになった。多分結構無理やり付き合ってもらう形になったけれど、はっきり断られたりしなくてよかった。ノワは優しい。頼まれると断れない性格らしい。悪用厳禁だ。


 デート当日、駅前のロータリーで待ち合わせをした私たち。時間よりちょっと遅れてきたノワのおめかしが大変可愛らしいものだった。いつもの学生服にローブ姿ではなく、白いブラウスにチェックのスカート、そしていつものローブを羽織っている。なんだかちょっと借りもの感が漂っているが言わないでおこう。髪もなんだか横髪を綺麗に三つ編みにしてあって大変キュートだ。お化粧も少ししてるだろうか、ほとんど気がつかないくらいの感じで品がいい、可愛い。日本語と英語で交互に可愛いしか言っていないけれど、いつもと雰囲気も違っていて少し緊張してしまう。

「な、なんか今日か、可愛いですね」

「あ、ありがとう、ございます」

 とりあえずノワにも照れてもらっていざ出発。まずは過去さんのいるカフェから。そう言うとノワが途端にテンションが下がった感じがしたけれど多分気のせいだろう。過去さんに会えるのにテンション下がる人はいない気がするし。

「いらっしゃい。話は聞いてるから、自由に使って」

「はい、ありがとうございます過去さん」

「いいの、でも無理はしないでね」

「そうします、今日はデートですし」

「そうね、ノワのことよろしくね」

「もちろんです。じゃあ行きましょう、ノワ」

「なんだかよくわかりませんけど、はい」

 そうしていつもの上階の部屋に私とノワは入った。望遠鏡がセットされているあの部屋に。つまり今日は私の過去をノワに知ってもらいたくてここにきたわけだ。それを話すとノワはハッとした感じで頷いてくれた。

 魔法のこと、家族のこと、そして私の今までのこと。それは取り留めて話すようなことでもなく、けれど自分がどういう人生を送ってきたのか、なるべく嘘偽りなく話したつもりだった。ノワは魔法の話のところでは少しうつむき加減で話を聞いていて、私の今までの話のところでは身を乗り出していた。それが何を意味するかはよく分からないけれど、ノワが退屈そうにはしていなくて嬉しかった。ノワは優しい。頼まれたら断れない性格だし、このまま膝枕でもしてもらおうかな、などと自分のことを話してしんどくなった私は誘惑に駆られたけれど自重した。

 とまあ、私の話は終わったわけだけれど、お次はノワの番、なんて無理強いはできないので、少しお茶とお菓子をいただいて世間話をしていると、ノワが意を決したように一冊のノートを取り出した。

「これ、覚えてますか」

「はい、ノワの、というかノワの両親が付けた日記ですよね」

「はい。今日は久しぶりにこれを読みながら話ができたらと思って持ってきました」

「いいんですか、大事な日記って言ってましたよね」

「いいんです、Sさんは私の弟子なので、知っておいてもらいたいことがあります」

「その設定まだあったんですね」

「私、前から弟子を取るの憧れていたんです」

 ふふふん、と得意げに笑うノワ。

「だって、魔法使いなんですから」

 そう言った時のノワは少し寂しそうだった。


 四歳の頃にパンプを蘇生、と言っても死んだままの姿なのでいわゆるゾンビにしてから、ノワは魔法使いとして一躍時の人となった。それがもう二十年以上前の話なので、つまり魔法使い黎明期のこと。まだ魔法によって世界が混乱の渦に包まれてはいない時のこと。ノワの魔法に希望を見出した余命間近の人々や、さまざまな研究機関、宗教団体、各国政府が、ノワに次々に死んだ人々や動物に魔法をかけさせた。これで人類は死の恐怖から免れた。そう思った人々はノワを神様のように崇め始めたけれど、次第にその魔法が死を克服するものではなく、生を冒涜するものだという考え方が広まり始めた。それは世代間や階級間での闘争の表面化でもあった。ノワの魔法は力のあるものが独占し始めたのだった。ノワは家族を人質に取られてそれらに逆らえず、自身も人体実験を受けさせられたりと散々な目に遭ったという。そんな日々を過ごしていたノワはとうとう耐えきれずに自ら毒を飲んで命を絶ってしまった。しかし、自身にも魔法がかかっていたことを知ったノワは埋葬された墓地からパンプと一緒に穴を掘って脱出し、変装をして今まで生きてきた。人質に取られた家族とはいまだに連絡が取れず、移り行く世間の魔法に対する扱いにも慣れず、流れ流れて、あの公園の主になったらしい。


「いや、すごいですね、というかノワってゾンビだったんですね」

 見た目やにおいでは気がつかなかった。

「だからあまり魔法の話はしたくなかったんです。怖いでしょう?」

「いや、今さら怖いとかはないですよ。握手しますか?」

「します」

 ぎゅっと手を握る私たち。確かに彼女は生きている人の温もりを感じさせない冷たい手をしていた。

「暖かいんですよね、きっと」

「そう、ですね」

 言葉をかけられない私。そのまま二人、しばらくの間手を取り合っていた。


 過去さんのカフェからお暇して、お次に向かったのは前に変身さんと三人で行った遊園地だった。

「過去を打ち明けあった今なら、お化けに興奮するノワの姿が見れますね!」

「絶対に見せませんっ」

 そんなこんなで前回に乗ったアトラクションや乗らなかったアトラクションに乗って、最後は観覧車に乗ることにした。ノワがどうしてもと言うので。

「私、憧れてたんです。デートで観覧車に乗るの」

「私なんかでいいんですか、その相手」

「しょうがないからいいんです」

「しょうがない、とほほ」

「なんですかその表現」

 くすくす笑うノワと一緒に観覧車に乗り込む。ずんずん高度を上げていく観覧車。私に対するノワの好感度も比例して上がっていき、頂上に着いた時に二人はとうとう結ばれる。ラブイズフォーエバー。なんてことはなく、ウキウキして可愛いノワを見守っただけだった。と言うかそれしかできなかった。私は高いところが苦手なので。ちょっと揺れただけで大騒ぎしてノワに笑われてしまった。まあ本気で怖がっていたら最後にはお手手繋いで怖くないですよと励まされてしまったけれど。だからちょっと得した。


 観覧車から降りた後は夜の7時を回っていたので、ここいらで腹ごしらえをするために夜景の綺麗なお店を予約していたかったけれど、そんな甲斐性もお金もない私なので二人で一緒に家に帰ることにした。

 そんな帰り道のこと。そろそろノワの公園に着く頃、私はノワに言った。

「解けるまでが魔法、だったら、私はこのまま何もしなくてもいいのでしょうか」

 それは私の家族に対する言葉でもあったかもしれない。このまま魔法が過ぎ去るのを待つだけで、何かしなくてもいいのだろうか。そして、あるいはノワに対する言葉でもあったかもしれない。ゾンビになった彼女は、いつまでその姿を保っていられるのだろうか。

「……一緒に探してみませんか?」

 ノワは言った。

「その答えも含めて、一人より、二人なら、いい考えが思い浮かぶかもしれません」

 私はその言葉に心底安堵して、笑っていた。

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