第12話 私の過去
過去さんとの密会を取り付けた私は一人カフェの上階の部屋で正座待機している。丸机と椅子があるけれどソワソワして落ち着かないので床の上で。ああでもないこうでもないと髪型や服装を気にしていると、部屋の扉がノックされたので、はいっと答えると、優しい微笑みを浮かべた過去さんが入ってきた。
「ごめんなさい、今日は忙しくて。待ちくたびれたでしょう」
「い、いえっ、滅相もございません」
「なあに? 緊張してる? リラックスしてね」
後ろに軽やかに回り込まれて肩をポンポンされる。いい香り。好きになるう。今日はこのまま眠りにつきたい。
「本当に大丈夫? なんか辛そうだけど」
「だっ、大丈夫です。これは大丈夫な辛さなのでっ」
意味不明な釈明をしつつ、私は過去さんからバッと距離を取る。生命の危機を感じるぜ。
「大丈夫な辛さって何さ」
過去さんはふふふっと笑う。嬉しい。好きになるう。とまあ過去さんの魅力にいつまでも虜になっていないで本題に入らねば。過去さんはご多忙の中時間を作ってくれたのだから。
「あの、それでメールで話した件なんですが」
「うん、準備できてるよ。早速覗いてみる? それとももう少しリラックスしてからにする?」
言いながら持ってきてくれたお茶とお菓子のセットに視線を送る過去さんに頭を振りふりして頑張るぞいのポーズで答える。
「そう、じゃあ頑張ってね。お姉さんはここで見守ってるから」
「はい、ありがとうございます、よろしくお願いします」
うんと頷いてくれた過去さんにお辞儀をして、私は自分の過去を覗くための望遠鏡に近づく。いざ覗き込もうとした時、不意に過去さんが「理由を忘れないでね」と言った。それはどういう意味だろうと思った次の瞬間、私の意識は過去に飛んでいた。
私には克服したい過去がある。それは魔法を使った過去で、大切な家族と会えなくなった過去だった。
今日はその時の過去を覗かせてもらいにきた。久しぶりに家族の顔を見たかったのと、魔法を解くための手がかかりを探すために。
魔法は一般的に解けない。それは周知の事実だけれど、ノワと祈りさん曰く、解ける魔法もあるのだとか。それはとてもシンプルな理由で、魔法が解けるまでが魔法の場合、キーとなる行為をしたり、時間が経過したりすれば魔法は解けるのだそうだ。その話を聞いた私はいても立ってもいられず、過去さんに過去を覗きに行かせてもらえるよう連絡したのだった。
私が使った魔法は説明が難しい。シュレディンガーの猫のような、といっても私はそれを理解しているとは言えないけれど、例えるなら。私の家族は部屋の中で生きているかもしれないし、とっくに死んでいるかもしれない。あるいは私が生きているこの現実は走馬灯のようなもので、私はもうすぐ死ぬのかもしれない。上手くは言えないけれど、病院で魔法使いの専門家の人に聞かされた話。
その後は福祉のお世話になりながら一人行き場のない思いを抱えて街を徘徊しているか家に帰って寝ているか。そのどちらかしかなかったところに、ノワの日記を拾って変身さんと遭遇して。ここ最近は奇跡のように人と出会い、交流することができるようになった。だから今の私なら過去を克服できるのではないかと思ったのだ。
過去を覗いたのはほんの一瞬だったけれど、私は滝のように汗をかいて、胸をドッキンドッキンさせていた。あまりの私の様子に過去さんが私を席まで誘導してくれて額の汗をハンカチで拭ってくれた。それにお礼を言う余裕もなく、私は平静に戻ろうとするのでやっとだった。まだ早かった。それが事実なのかもしれない。けれど、それでも時間が経つにつれて限界が近づいてきていることを悟ってしまう。進むに進めず、戻るに戻れず。宙ぶらりんな今の状態をどうにか変えたい。それが私の今の願いだ。これは先が思いやられるな、とヘキヘキしつつ、私は過去さんの慰めを精一杯受けてなんとか持ち直すことができたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます