陽射しと闇が交互する出窓で

けろけろ

第1話 狂ったお茶会

 私は産まれた時から二十年間『ハートの女王』だった。仕事としては公務を少し。気に入らない者の首を刎ねるのは、癖か習性みたいなもので、特に何とも思わない。ただ、首を刎ねたら生き物として成立しない事だけは理解している。

 こんな私に周囲は恐怖し、気づけばイエスマンしか居なくなった。これは私が作り出した孤独だけれど、何となく寂しくなったりもする。


 少し気が向いた私は、庭園に向かって歩みを進めた。赤い薔薇しか咲かない素晴らしい場所なので、私の気分も慰められる。

 そこに珍しい客を見つけた。以前、開かれた音楽会で『きらきらコウモリ』なんていう下らない曲を歌い、私が『時間殺し』と非難してやった帽子屋だ。風の噂では、現在イカれ帽子屋なんて呼ばれているとか。その者が独りでお茶会を開いていた。壊れたティーセットと具が判らないサンドウィッチ、生のままのスコーン、灰色のケーキを用意し、誰も居ない空間に向かって談笑しているのだ。

(……『イカれる』とは、こういう事なのね)

 私は思わず狂ったお茶会を凝視してしまった。帽子屋は私を見つけると、ここぞとばかりに話し掛けてくる。

「おっ、女王じゃねーか! よく来たな、座ってくれよ!」

 こんな言葉遣いの上に脚が折れそうな椅子を勧められ、無礼だとは思ったが、帽子屋が無邪気な笑顔を浮かべているので座ってあげた。

「で? 誘ったという事は、私をもてなす用意が出来ているのね?」

「もちろんだ」

 帽子屋が壊れている中でも一番マシなティーカップとソーサーを寄越す。中の液体は紅茶と思えない色をしており、でも帽子屋が普通に飲んでいるから口を付けた。

「何よこれ! 飲み物じゃないわ!」

 私は女王らしくもなく庭園に唾を吐き、口直しとして薔薇の花弁を摘んだ。もう二度と帽子屋が出す飲食物は口にすまい。お茶がコレでは、並んでいる料理も知れたものだ。

 幾つも薔薇の花を食ベる私に対し、帽子屋は大げさな身振りで応えた。

「ははっ、さすが女王様! 赤い薔薇が似合ってんなー」

「好きで食べているわけではないの! あなたのお茶が酷いからよ!」

「おかしいな、こんなに美味いんだが……眠りネズミもすげー気に入ってるし」

 帽子屋がくいっとカップを傾け、一口飲んでから首を捻る。この男には味が判っていないのだ。これ以上、狂ったお茶会に付き合う義理も無い私は、すっと立ち上がろうとした。そこに帽子屋が声を掛けてくる。内容は『女王様の私生活について』だった。

「食事を摂るか寝るか……かしら。あとはこうして庭園を散策したり。気に入らない者の首を刎ねるのも珍しくないわ」

「それはいいな! 三月ウサギも四月になって喜ぶ!」

「はぁ?」

 こんな感じで帽子屋との会話は成立しない。ただ、帽子屋が私に大きな興味を持っており、狂ったなりにも『喋りたい』と思っているのは伝わってきた。純粋なる好意とでも言おうか。

 そこで私は帽子屋を観察する。スタイルのいい身体に緑の服装が似合っているし、帽子屋だけに全体のセンスも悪くない。顔だってパーツの位置が整っており、重たげだけれどクッキリとした二重、明るい金髪と揃いの眉毛と睫毛。

(そうね、悪くないわ)

 狂ったお茶会は未だ続いていたが、私は帽子屋の手を取る。思ったよりも軽い身体を連れ、向かうは私の城。

「気に入ったわ帽子屋、あなたはもう私の物よ」

「そりゃあ良かった」

 この状況で微笑んだ帽子屋は、本当に狂っている。


 城に戻った私は、帽子屋を客間でなく私室へと連れ込んだ。夜伽のようなものをさせようという腹積もりで、普段使っているベッドに座らせた。そのベッドで帽子屋はきょろきょろしたあと、ぴょんと跳ね起き部屋から出ようとする。これは服を脱ぎ掛けた私にとって非常に失礼な行為であり、すぐ『首を刎ねる』という思考に陥ってしまう。でもまぁせっかく気に入った男なので、もう少し穏やかに生かしておきたい。私は無駄かと思いつつも帽子屋に問う。

「……ねぇ帽子屋、なぜ私から逃げようとするの?」

「赤のイメージをな、しっかり焼き付けねーと……」

「あらあら、最高の赤が目の前に居るのに……?」

 私は酷く不愉快になったので、我慢しきれず帽子屋の首を刎ねた。ただし両の足首だけを。これで帽子屋は懲りたのか、私の前では部屋から出ようとしなくなった。謁見などの公務をしている間は、城中を這いずっているらしいが。張り巡らされた毛足の長い絨毯が乱れるのですぐ判る。

 でもまぁ私が戻る頃には帽子屋も私室で気を狂わせていたし、会話にも快く応じるし、逃げようという気は失せてくれたようだ。やはり足首を刎ねて正解だった。人を支配するのは恐怖なのだ。例え相手が『イカれて』いても。





 その数日後、まだ傷も癒えない帽子屋が、ベッドの中から願い事を伝えてくる。

「俺は帽子屋だ、仕事をさせて欲しい」

 『イカれて』いる割には至極真っ当だし、私は帽子屋の仕事振りにも興味があった。なので当日中に作業台、道具や布切れの類も用意する。帽子屋は大層喜んで、寝食も惜しみ帽子作りに没頭した。ただ、出来上がった作品は、どれもこれもが私に似合わない物ばかり。一体、誰を思いながら作っているのか。ちりちりとする気分を感じ、作業に没頭する帽子屋の手元を押さえてしまった。

「こんな趣味の悪い帽子ばかり作って、どうするつもり?」

「手慣らし」

「何の?」

「俺が心血を注いでる。楽しみだろ?」

 微妙に会話がズレている気もするが、取り敢えず心血を注いで私に似合わない帽子を作っているのは判明した。そこで私の『ちりちりした気分』もハッキリする。これが嫉妬という物か。つまり私は、この帽子屋に好意を持っている。だったら大事にすればいいのに、私から出る言葉は――。

「首を刎ねろ! ……ただし手首よ」

 刎ねる場所を手首に決めたのは、これ以上帽子を作れないようにしたかったのもあるが、この男を殺したくない気持ちの方が強い感じもする。

 帽子屋が手当てを受けている間、私は忌まわしき作業台をトランプ兵に処分するよう命じた。




 それから帽子屋はめっきり大人しくなった。絨毯に徘徊している跡も無い。私が話し掛ければ頓珍漢な返答や、『カラスと書き物机が似ているのはなぜだ』という謎々を寄越すけれど、それっきりだ。

 私はそんな様子に満足していたのだけれど、ある日いきなり帽子屋がおろおろし始めたので驚いてしまう。

「……どうしたの?」

「出窓を見たらさ、もう花が咲いてんだ! 間に合わねー!」

「花?」

 私は出窓からの景色を眺めた。刈り込まれた緑に咲く赤い薔薇が、いつも通りに美しい。頷いている私に対し、帽子屋は必死の形相になった。

「お、俺、庭に行きたいんだよ!」

「あら、またお茶会? 言っておくれけれど、私はあなたの紅茶も軽食も御免だわ」

「ひ、独りでいいからさ……お茶会をさせてくれ!」

 帽子屋と私は出会いも独りのお茶会だったしで、特に断る理由も無い。たぶんお茶会は帽子屋の趣味なのだ。しかし酷い飲食物を摂るのは感心しないし、手足が無ければ苦労すると思い、コック一名と警護のトランプ兵二名も付ける事にした。帽子屋は私の決断を大変喜び、不自由な手足で子犬のように纏わりついてくる。その様子がとても愛しい。

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