桃色剣士風来録

峰村尋

前略、森の中より

「あー、あー。本日は晴天なり。本日は晴天なり。今日も私こと白地桃はくちももは元気です」

 木の枝に松ぼっくりをぶっ刺した自作玩具を手にそんな戯れ言を吐きながら、私は森の中を歩いている。ちなみに言葉の意味はよく分かっていない。

「………………」

 隣を歩くニケちゃんが「なにやってんだこいつ」という目で見上げてきた。

 仕方ないじゃない。こんな暇潰しでもしていないと頭が狂うんじゃないかってくらい、ずうっと同じ景色が続いているんだから。

 かれこれ五時間は歩いてます。

 だいたい二時間経った辺りから「おやおやー?」とそんな気はしていたのだけれど、もはや疑いようもない。

 私たちは遭難しています。そうなんです。はい。

 だって、森に立ち入る前に町で聞いた話だと、森を抜けるのに一時間も掛からないはずなんだもの。教えてくれたおじさんも、迷うやつなんていないって笑ってたし。

「よーそろーよーそろー」

「ようそろは操船で使う『直進』の意味だそうですよ。森の中で海の言葉を使わないでください」

 玩具に向かって聞き覚えのある単語を口ずさんでいると、ニケちゃんが説明してくれた。流石は森の番人。豊富な知識の中には海の事も含まれているらしい。

 それでは、そのニケちゃんからもお言葉を頂戴しましょう。

「へい!」

 松ぼっくりをニケちゃんに向けると、ことんと首を傾げた。なにいまのかわいい。

「へいへい!へい!」

「……え、もしかして私にもやれって言ってますか?」

「へい」

 その通りです。

「………………。どうも、ニケです。旅の共が馬鹿な上に方向音痴でした。森を歩くのに飽きたらこいつ見捨てて一人で脱出します」

「ニケちゃん酷い!」

 いやまあ、冗談だろうけど。森の中が一番落ち着くと公言して憚らないニケちゃんが、森に飽きるなんて有り得ないし。……ないよね?

「さあ、見捨てられたくなければさっさと出口を探すのです」

 笑顔で急かすニケちゃんに戦々恐々としつつ、目やら耳やらを総動員して探索にあたる。

「~~~♪」

 なんとか日が暮れる前に森を出られたのだけど、その間ずっと、ニケちゃんは私から奪った玩具を片手に民謡っぽい歌を口ずさんでいた。

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