初めての団欒

   ◆◆◆



(はぁ……思いの外、時間が掛かったな)



 今回の任務は、汚職、闇金、奴隷に塗れた貴族一家の暗殺。内容自体は簡単なものだったけど、まさかデリ・クロウからの追加任務が、奴隷の解放だとは。

 全部で10人もいた奴隷を、一人一人家に帰すのに時間が掛かった……もう夜もいい時間だ。

 くそ、ゼロのやつ……今度アジトに行ったらぶん殴ってやる。

 今日越してきたばかりの我が家の門を潜り、玄関のノブを掴んで……止まった。

 ドゥーエ、怒ってるかなぁ……飯作って待ってるって言ってたけど、こんな遅くなるとは思ってないだろうし。

 世の父親って、こんな感じなのだろうか。飲みや仕事で遅くなり、お小言を言われる父親は……。


 なるほど、ちょっと入りづらい気持ちはわかる。

 ううう……ええい、ままよっ!



「た、ただいま」

「うー!」

「おっと」



 開けると同時に、まるで砲弾のように飛んできたディエを抱き留める。あ、危なかった。普通に受けてたらみぞおち抉られてた。

 腕と脚をいっぱいに拡げて抱きついてくるディエを抱っこすると、ドゥーエがリビングから出てきた。

 ポニーテールっぽくまとめた髪に、可愛らしい水色のエプロンを付けている。

 普段見慣れない姿に、思わず目を瞬かせた。



「ウノ……じゃなかった。あなた、お帰りなさい」

「……た、ただいま……?」

「……どうしたんですか、ボーッとして」

「あ……いや、なんでもない。……悪かったな、遅れて。料理、冷めちゃったか?」

「……そんなこと心配していたんですか? 可愛いところもあるのですね」

「……うっせ」



 心配していた何が悪い。俺だって、ドゥーエの料理は楽しみにしてたんだから。

 ドゥーエは口に手を当てておかしそうに笑うと、俺の頬をむにっと引っ張ってきた。



「大丈夫ですよ。あなたの気配が近付いてきたタイミングで完成するよう、調整しましたから」

「……さすがだな」

「気配探知だけは、あなたよりも上手ですから」

「知ってる」



 昔から、これだけはドゥーエに敵わないんだよな。



「それより、ディエちゃん。パパが帰ってきたら、言うことありますよね?」

「! ある! 言う!」



 言うこと?

 ディエは少し俺から離れると、ギザ歯を見せるように満面の笑みを浮かべ……。



「お! か! え! りぃ!」



 かわ……!?



「……あ、ああ。うん。……ただいま、ディエ」

「う!」



 満足したのか、ディエはまた俺の体に頭を擦り付けてきた。

 可愛すぎか……可愛すぎてびっくりした。どんなに拷問されても冷静さを保つ訓練をしている俺が、屈しそうになったぞ。



「驚きました? 私が教えておきました」

「ナイスすぎる」

「もっと褒めていいんですよ」

「女神」

「……そ、それは褒めすぎです」



 珍しく頬を染めたドゥーエが、背を向けてリビングに戻っていく。

 ドゥーエも、ディエに負けず劣らず可愛いやつだ。

 ディエを床に下ろして、手を洗ってからリビングに入ると、鼻腔をくすぐる料理の匂いに、腹の虫が食わせろと喚き始めた。

 メインは1人1枚の巨大ステーキ。それとサラダ、スープ、パンも添えられている。確かに、めちゃくちゃ豪勢な食卓だった。



「食後のデザートも用意していますよ。まずはこちらをいただきましょう」

「あ、ああ。ディエ、椅子に座って」

「う!」



 ディエが真ん中の席に座り、俺とドゥーエが必然的に向かい合って座ることに。

 娘を囲む親みたいな構図に、俺とドゥーエはどちらともなく笑った。



「じゃあ、いただきますか」

「ええ、いただきます」

「いたーましゅっ!」



 これもドゥーエが教えたのだろうか。上手に手を合わせた。

 と、思いきや、ディエはステーキを鷲掴みにして思い切りかぶりついた。フォークもナイフも使わず。



「ディエ、さすがにそれは……」

「まあまあ、いいではありませんか。ディエちゃんは龍人族なんです。道具の使い方は、これから覚えていけばいいですよ」

「……それもそうか」



 相当気に入ったのか、目を輝かせてステーキを貪るディエを見る。

 肉を噛みちぎり、砕き、飲み込む。いい食べっぷりだ。つい先日まで、亜人狩りに捕まっていたとは思えない。

 ディエは俺の視線に気付くと、首を傾げた。



「う?」

「……美味いか?」

「う! うめ、うめ!」

「そっか。よかったな」

「う!」



 ディエが嬉しそうだと、俺まで嬉しくなってくる。

 まさか、これが父性というやつか?

 妙な感覚にくすぐったいものを感じつつ、俺もステーキを口に運んだ。



   ◆◆◆



「はぁ〜……疲れた……」



 ドゥーエの手料理を堪能した俺は、仕事の疲れを癒すために風呂場へとやって来ていた。

 暗部アジトよりは狭いけど、手足を伸ばすには十分な広さだ。

 体から疲れや強ばりが抜けていくのを感じる。風呂というのは、この瞬間が最高に気持ちいい。


 湯船に肩まで使って、窓の外に見える星空を見上げる。王都に泊まるのは初めてじゃないけど……宿とは違って、騒音や第三者を気にしなくていいというのは、気が休まるな。



「ふぅ〜……ん?」



 え、ん? 脱衣所からバタバタと足音が聞こえ──バンッ!!



「ぱぁぱ! ディー、はいる!」

「ということなので、お邪魔します」

「ぶーーーーッ!?!?」



 ちょ、入るって! 入るって!?

 いきなり入ってきた、ドゥーエとディエ。ここは風呂場。もちろん、服なんて着ているはずもなく……2人とも、すっぽんぽんだった。

 ディエに関しては幼女だから特になんとも思わない……が、問題はドゥーエだ。

 タオルで大事なところは隠しているが、かなりギリギリだ。油断したら見える。……ドゥーエに限って、油断することはないと思うけど。



「なっ、なんで入ってくるんだ! 2人とも、先に入ったんじゃ……!?」

「入りましたけど、ディエちゃんがパパと入りたいって聞かなくて。……あまり見ると、殺しますよ」

「わ、悪い……!」



 思わず2人に背を向けるように身を縮めてしまった。

 そのせいで、2人に入る余地を与えてしまい……。



「うー!」

「失礼します」



 背後に開いた隙間に、2人が入ってくるのがわかる。

 ドゥーエが俺の背中に身を預けてくる。今俺たちは、背中合わせだ。

 背中越しに伝わってくるドゥーエの熱に、心臓が異様に高鳴る。そりゃそうだ。ドゥーエは仲間だけど、それ以前に女だ。そして俺は男。緊張するなという方がどうかしている。



「あなた、ごめんなさいね。私がディエちゃんの面倒を見ているばっかりに、お仕事の負担を大きくしてしまって」

「気にするな。ディエが幸せに暮らせるなら、いくらでも敵を殺すさ」

「ということは……あなたも、気付いているんですね。ディエちゃんのこと」

「まあな」



 肩越しにディエを見ると、買ったのか風呂用のおもちゃを浮かべて笑っていた。



「龍人族は亜人の中でも希少で、狂暴な部類だ。貴族の中には、喉から手が出るほど欲しがる奴らもいる。それこそ、総資産の半分を出してもいいと言う奴がいるほどに。なのに奴らは奴隷として売らずに、自分たちの手元に置いていた……ディエには、なんらかの秘密があるに違いない」

「亜人狩りが手元に置きたがるほどの何か……こちらは、私の方で調べてみますね」

「助かる」



 鬼が出るか蛇が出るか……わからないが、情報は多くて正確なほどいい。

 ディエを守るためにも、な。

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