ボクだけの異世界探検

玄栖佳純

第1話 週末に行く田舎の話

 夜明け前の空を、ボクは駆けていた。

 空を飛べば、すぐにおじいちゃんとおばあちゃんの住む田舎。

 もう見えてきた。


「よっと」

 とすんっと地面に降り立つ。

 びゅうびゅうだった風が、ボクの頬を優しく撫でた。

 空には星が輝いている。星を遮る雲がない。

「今日もいい天気だね」

 ボクを連れて来てくれた風に話しかけるように言うと、それを肯定するように髪が揺れた。

「へへっ」ちょっとくすぐったい。


 ボクは山々を見上げる。

 自然が豊かなど田舎、ボクのママが生まれ育った村。

 ボクはここが好き。他の人にとって特別な場所ではない。でも、ボクにとっては特別な、大切な場所。

 ふうと深呼吸。

「いい感じっ」

 笑顔で言って、歩き出す。


 ちょっと歩いていると、東の空が明るくなってくる。西の空はまだ暗い青。でも、東の空は明るい。

「地球って、丸いんだねえ」

 東を見て、もう一回西を見る。太陽の動きがなんとなくわかる。地球が太陽の周りを回っているからそうなるって学校で習ったけど、地球の周りを太陽が回っていてもそう見える。

「そっちのほうが、しっくりくるけどなあ」

 宇宙から地球を見たことがない人は、どっちかはわからない。ボクも宇宙から地球を見ることはできないからどっちかわからない。

「大きくなったら行けるかなあ?」

 ボクはまだ10歳のお子ちゃまだからムリそう。それに、黒い羽がついているだけの人間だから。


「おじいちゃんとかなら行けるのかなあ?」

 おじいちゃんは大天狗な大僧正だから、なんかすごいらしい。何百年も生きているそうだ。でも、おじいちゃんの大ぼらかもしれない。

 だって、普段はふつうのおじいちゃんで、人間と変わらない。


 それに、おじいちゃんと宇宙、似合わない気がする。

「宇宙とかって野口さんとか若田さんとかって感じだし」

 天狗がぴょーんって行く感じ、しない。


 そんなことを思いながらおじいちゃんとおばあちゃんの家に向かう。家にぶつかっちゃうと痛いから、少し離れた場所に降りるようにしていた。だから歩いている。

 ちょっと歩くと、おじいちゃんとおばあちゃんのお家が遠くに見えてきた。

「今度はもうちょっと近くにしてみようかな」

 歩くの面倒くさい。でも、ぶつかりたくない。

 難しい選択だ。もう少し大きくなったら、ひょん、とすんっておじいちゃんたちの家の前に着けるのかな。


 玄関前で動きやすそうな服装のおばあちゃんが準備体操をしているのが見えてきた。おばあちゃんは健康のために朝の体操を欠かさない。少しでも長生きして、少しでもボクたちと一緒にいたいからだと言っていた。

 のんびりと体操しているおばあちゃん。ボクと同じで無理はしない。ボクはできないことはしない。だから走ったりはしない。ゆっくり歩く。大きくなったら、いつかできると思うから。それなら無理をしなくてもいい。


「おばあちゃん、おはよう」

 ようやくおばあちゃんの前まで来て声をかけた。

「あら、ショウちゃん。おはよう。元気だった?」

 体操をやめておばあちゃんが笑顔で言う。ボクを見るとおばあちゃんはとってもすてきな笑顔をしてくれた。

「うん」

 元気よくうなずくと、おばあちゃんはボクに笑いかけてくれる。

 ママにそっくりな周囲が明るくなる笑顔。ボクも嬉しい。

「朝ごはんはお家で食べる? それともお弁当がいい?」

 ボクはちょっと考える。

「こっちで食べる。おばあちゃんとごはん食べたい」

「あらあら。嬉しいことを言ってくれるわね」

 ひとりでお弁当より、みんなで食べたい。

 ママのごはんはもちろんおいしいけど、おばあちゃんのごはんもおいしい。洋食が好きなママのごはんの元祖という感じがする日本食。

 短時間でちゃっちゃと作るのに、ボクの口に合うのか美味しい。

「じゃあ、一緒に食べましょう。すぐに用意するわね」

 ニコニコして言って、おばあちゃんが家に入ろうとするから、

「おじちゃんとお話があるから、おばあちゃんは朝のお散歩に行ってきても大丈夫だよ」

 おばあちゃんの健康のためにも、お散歩は行って欲しい。ボクもおばあちゃんには長生きしてほしいから。それにおやつをつまんできたからお腹空いてない。

「そお?」

「うん。ごはんはその後でいいよ」

「ショウちゃんがそう言うなら、お散歩に行ってくるわね」

 おばあちゃんの朝のルーティンを崩すのも申し訳ないし、おじちゃんに用事があるのも本当だった。

「おばあちゃん、気を付けて行ってきてね」

 そう言って、家の裏に行こうとすると、

「今日は雅尚まさなお、離れに居るわよ」

 雅尚はおじちゃんの名前。ママの弟。

「そなの?」

 てっきり地下にいると思ってそっちに行こうとしていた。

「最近は七宝焼きにはまっているみたいよ。ほら、これも雅尚が作ってくれたの」

 薄い青のスウェットの上下に似合う緑色したゆるキャラっぽい丸いバッチを指さす。

 適当にゆるゆるした丸に、目がふたつついている。

 七宝焼き? うっすらとした緑が綺麗で七宝焼きに見えなくもないけど、おじちゃんのことだから、何か違うのかもしれない。

「すごく似合ってるね」

 笑顔で言う。

 おばあちゃんに会った時から気になっていた。スウェットとぴったりな色合い。はじめからセットだったと言われても納得してしまう。

「そうでしょ。私も気に入っているのよ」

 息子が作ってくれたからなのか、おばあちゃんも嬉しそう。おじちゃんはママの弟で、もういい年のおじちゃんだけど、おばあちゃんにはいくつになってもかわいい子供なんだね。

 ゆっくりと散歩に出かけるおばあちゃんを見送って、離れに向かう。いつの間にか日が昇っていて、辺りは明るくなっていた。


 おばあちゃんは元々都会に住んでいて、こんな田舎にお嫁に来るとは思っていなかった人。お嫁に来て四十年ちょっとになるけれど、いまだに普通の人っぽい。

 おじいちゃんの奥さんなんだから、もっと妖怪じみてしまってもおかしくないのに、おばあちゃんは明るくてお日様みたいなボクの自慢のおばあちゃんだった。


 そして、おばあちゃんはおじいちゃんが大天狗だとは知らない。知らないけど、不思議なことが起きた時のスルースキルは天下一品。都会に住んでるボクがこんな朝早くひとりでやってきても、ふつうに喜んでくれる。

「可愛いショウちゃんが遊びに来てくれておばあちゃん嬉しいわ」がおばあちゃんの立ち位置。

「夢だったとしても嬉しいもの」

 そう思っていても、夢ではない。うっすらわかってるのかもしれない。でも、おばあちゃんは気にしない。それはママも似ている。


 ボクはこっちの産婆さんのところで生まれたんだけど、その時、背中に黒い羽が生えていた。それを知ったおじいちゃんはボクをこっちで育てようとしたけれど、ママがそれを拒否した。

 ママは都会で暮らすパパと離れたくなかった。それと、ママも都会で暮らしたかったから。ママはお友達とランチしたり、カルチャースクールに通ったりして楽しそう。それにパパともとっても仲良し。

 そんなママの幸せはボクが守らなければならない。


 だからボクが田舎のおじいちゃんたちの家に通っている。

 それでなんとなくうまくいってる。


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