託される想い(二)

 マサオミが補足した。


「ちなみに地獄に落ちたばかりの時、エナミは敵であるはずの真木マキさんに保護されてたそうだぜ。管理人にられる寸前のところを、真木マキさんに救われたんだとさ」


 イオリは口を開けてポカンとした。


「……イサハヤ、おまえを討ったエナミを守ってくれたのか?」

「あたりまえだろうが。おまえの息子を死なせるものか」

「イサハヤ……すまない」

「おまえの息子は私の息子も同然だ」

「それは違うと思う。イオリさん気を付けてな、このオッサン、エナミと養子縁組する気満々だから」

「えっ……」

「安心しろイオリ。私の持てる権力と財力を最大限に活用し、現世でもエナミを守ってみせるから」

「えっ、イサハヤ、本当にエナミを養子にする気か……?」

「もちろん本気だ。だからと言って、エナミを真木マキ家に課された責務に縛り付けるつもりはない。家は弟の子に継いでもらい、エナミは私の傍で穏やかに暮らせるようにする」

「そりゃ駄目だ」


 呆れた口調でマサオミがイサハヤの目論見を否定した。


「あんたの保護下に入れると、いちいちエナミの交友関係に口出ししそうだからな。ミズキを完全に締め出すつもりだろ? エナミは俺の親衛隊に入れて面倒見るから」

上月コウヅキ殿? 親衛隊とは……」

「エナミは姉ちゃん助ける為に現世でも戦い続けることになる。それなら俺の元へ来た方がいい。情報が入り易いし、同僚は精鋭揃いだ。下級兵士に比べて戦死の確率をだいぶ減らせる」

「それは……とてもありがたい申し出だが、いいのか? 息子はまだまだ未熟だ。とても親衛隊に入られる実力とは……」

「潜在能力はピカイチだよ。足りない部分は俺が鍛えてやる」

「駄目だ駄目だ駄目だ!!」


 今度はイサハヤがマサオミの提案を大批判した。


「そんな計画私が許さん。親衛隊にはあのミズキも入る予定じゃないか! あいつとエナミを同じ場所に置くな! いつの間にか結婚して家造って子沢山だ!!」

「ハムスターみたいに言うな!」


 イサハヤとマサオミが大人げなくギャーギャーやり合っている光景を、イオリは目を細めて嬉しそうに眺めていた。


(息子は……果報者かほうものだな)


 自分の命はあと一日で尽きる。しかし息子には多くの者が寄り添ってくれている。イオリは安堵すると共に、目の前の友人達の幸せも願った。



☆☆☆



「お、これで酒も終わりか。俺達もそろそろ寝ないとな」


 マサオミは空となった酒瓶を置いて、最後の一杯をぐいっと一気飲みした。


「うお、最後の最後にキタ。回っちまったよ」


 そう言って彼は地面に大の字で寝転んだ。


「おまえもいい歳なんだから、もう無茶な飲み方はするなよ。イオリ、怪我の具合はどうだ?」

「もう完治した。服のほつれも直ったよ」

「それは何よりだ。私はトモハル達の様子をちょっと見てくる」


 イサハヤは立ち上がって、しっかりとした足取りで歩き去った。マサオミがすねたように言った。


「俺以上に飲んだはずなのに。酒もつえーのか、あの人は」

「あいつは底無しだ。比較対象にしない方がいい」

「武術に優れて、容姿が良くて、家柄も良くて、女にモテる。おまけに酒も強いか。弱点ねーじゃねーか。腹立つな」

「キミだって相当だろうに」

「いーや、俺は真木マキさんには何一つ勝てないんだよ」


 おや、とイオリは思った。仲間の中で誰よりも高官であるというのに、マサオミが卑屈になる理由が解らなかった。


「そういや真木マキさん、いつから女遊びしなくなったんだろ。久し振りに会ったらさ、青眼せいがんの貴公子が硬派キャラになってんだぜ? 大笑いだよ」

「…………そうか」


 イオリの表情が陰ったことをマサオミは見逃さなかった。


「どした?」

「……イサハヤが変わったのは、おそらく俺の失踪が原因だ」

「え? 親友が居なくなって寂しくなったとか?」

「違う。自分の周囲を守る為だ。京坂キョウサカは俺が居なくなった後、俺と仲が良かったイサハヤを監視したはずだ。俺と接触していないか、俺が持っている情報を渡されていないかと」

「……そうだったな」


 マサオミは軽く茶化した自分を恥じた。


「何処に京坂キョウサカの間者が潜んでいるか判らない状況で、イサハヤは自分の傍に人を置けなかったんだ。恋人も、友達も。実家の両親とも距離を置いたかもしれない。巻き込まない為に」

「そうか……。あの人が未だに独身なのはそれが理由か」

「あいつは実力も有るし性格もいいから、周りには自然に人が集まって来る。だがあいつは心を許せなかっただろう」

「寄って来る人間が敵か味方か判らない……。たとえ味方だとしても、京坂キョウサカとの戦いに巻き込んじまう恐れが有るから、素直に親しくはなれないのか。……キツイな」

「ああ。イサハヤはずっと孤独だったと思う」


 いつもどっしり構えているイサハヤからはそんな気配を感じ取れなかった。やっぱり自分は彼より劣っている。マサオミは唇を噛んだ。


「でも、今のあいつには上月コウヅキ殿が居る」

「はっ!? 俺!?」


 まさか自分の名前を出されるとは思っていなかったマサオミは、何度かまばたきを繰り返した。


「ああ。あいつがあんなに本音を語るとは珍しい。京坂キョウサカの件が無くても警戒心が強い男だからな。イサハヤが腹を割って接することができる相手は、後にも先にも俺だけだと自惚うぬぼれていたんだが」

「俺に? それならエナミの方が……」


 イオリは頭を振った。


「イサハヤはエナミを気に入ってくれているようだが、エナミの前では格好良いオジさんを演じているよ。あれは素じゃない」

「ああ……そうかも」

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