第2話 世界を

 翌日。今日は朝から誰にも絡まられる事なく教室まで着き、静かに席に着く。


 僕は一晩中、種族変化の事について考えていた。


 メジャーである種族は『エルフ』『ドワーフ』『ビースト』『デビル』『ハイヒューマン』の5つ。


『エルフ』は学力が高い者がなりやすい種族で、国の重鎮達はエルフである事が多い。スキルによる魔法威力・範囲に長けて知力が上がる。

『ドワーフ』は物作りや細かい作業が好きな者がなりやすい種族。製作による全般の能力が長けて力が劇的に上がるが、瞬発力は下がる。

『ビースト』は先天的に運動神経に優れた者がなりやすい種族。身体能力全般の向上、ビーストの中にも色んな種類があり、比較的嗅覚が鋭くなりやすい。

『デビル』は犯罪に手を染めた事がある者がなりやすい種族。魔法威力・身体能力共に向上されるが短気になり、理性的な判断が出来なくなりやすい。


 そして『ハイヒューマン』は平凡で特徴のない人生を送って来た者がなりやすいと言われている種族。魔法・身体能力の向上など、他の種族とは上がり幅が少ない代わりにバランスが良い種族だ。


 この種族変化の判断をしているのが誰なのか知らないが、僕の希望的には『ハイヒューマン』になりたい。能力特化よりだったら、バランス重視で色々な事が出来る方が性に合ってるからだ。

 だが、今まで人生を振り返れば勉強をして知識を取り入れて来たから『エルフ』になる可能性が高い。


「……残された時間は16時間だな」


 誕生日である今日のいつかに容姿が変化しなければ………いや、まぁ変化すると言ってもダンジョンの中での容姿が変わるというだけ。

 つまりは、ダンジョンへと足を踏み入れなければならない。明日の朝イチで学校のダンジョンに足を踏み入れてみよう。


 そう考え込もうとして、僕は朝のホームルームが始まるチャイムを聞き、頭を横に振り、いつも通り、静かに先生の授業を静聴する。


 ただ、今日に限って絡まれる事がない事。佐藤と七瀬が居ない事が少し気になった。



「………初めてだ。こんな事」


 再び今日何回目かのチャイムが鳴り、入学してから初めて全ての授業を受け、保健室連続入室記録が止まる。


 まさか、こんな日が来るとは。もしかして神様が俺に味方をしているかも……いや、それはないな。

 神は今のこの世界を作った元凶。そんな優しい事をする訳がない。


「今日は授業の復習がない。沢山勉強出来るな」


 僕は少し心を弾ませながら、図書館へと移動する。すると、偶々通り掛かったのは昼過ぎから授業に参加し始めた佐藤・七瀬達だった。


 何故かそれからニヤニヤと纏わりつく様な視線で俺を見て来て、どうも気持ち悪い。


「おー、無能者。今日は平和な一日を過ごせたかよ?」


 佐藤がニヤけながら話しかけて来る。


「……まぁ、はい」


「おかげさまで」と言い返したかった所を抑えつつ、丁寧に答える。


「それは何よりだ」

「ま、それも今のうちだろうけどね」

「どういう事、ですか?」

「貴方はまだ知らなくて、いや知らない方が良いんじゃないか?」

「はははっ! 神威かむいは冷てぇな!! 俺は早く知った方が良いと思うがな!!」


 佐藤は七瀬に笑いながら答え、僕の横を通り過ぎって行った。


 どうせまた、この前の様な偽物のプリントを渡して僕を人気のない所へ誘導するとか作戦を考えている……いや、もう決行はしていると見て良い、か。


 そう判断し、僕はこれから起きる事に辟易としながら大きく溜息を吐くと、図書館へと向かった。そして2時間程みっちりと勉強をし知識を深めた後、昇降口から出る。


「……」


 何も無く肩すかしをくらうが、何かあるよりか無い方がマシだと開き直り、僕は病院へと向かった。


 すると、凛の病室のある3階の西棟が何故かいつもより騒がしい。

 僕はその騒がしさに少しの疑問を感じながら、凛の病室に向かった。


「! い、いや、まさかな……」


 段々と聞こえて来る声が大きくなる。そんな訳ないと自分に言い聞かせながら、自然と歩く速さが上がっていた。

 曲がり角を曲がった所で僕は走り出していた。


「呼吸してません!!」

「くっ!! ふっ! ふっ! ふぅーっ!」


「早く! AED!!」

「はい!!」

「3 2 1」


 ォオン


「……呼吸、安定してきました」

「……心拍数、正常に戻りつつあります」

「ふーっ……山は越えたな」


 その光景に、僕は動けなかった。頭が働かず、終わってようやく何をしているのか気付いた。


「君は確か神無月さんの……!」


 先程まで心臓マッサージしていた凛の担当医と目が合う。


「すみません……今の現状を詳しく教えて貰いませんか?」

「……そうか、まだ彼女から聞いてなかったのか。分かった。少し場所を移動しよう」


 僕は先生と一緒に別室へと行くと、近くにあった椅子に座り向かい合う。


「あの子は、優しい子だからね。多分君には言えなかったんだろうね」


 先生は緩やかに、慈しむ様な顔つきで話し出す。


「先に話しておくと、神無月さんの病状は年々悪くなってきている」

「……そう、ですか」


 知りたくなかった現実、当たって欲しくない予想が当たり、膝に置いていた手から力が抜ける。


「最近では君が来る時間と……朝、それ以外は基本寝ていて意識が無い状態でね……」


 中学生一年生時は、朝から夕方まで遊んでいた記憶がある。そうか、そこまで酷く……

 と思った所で、僕は口を開いた。


「それって……僕が暫く来れなかった時もですか?」

「あぁ。最近の事だね? 寝てた方が良いと言うのに、頑なに起きてたいってお願いされてね…………今日は私達にとっても予想外だった。今日の朝私が見た限り普通だった、って言っても言い訳にしかならないか。急にこんな事になって、本当にすまない」


 それを聞いて、僕は言葉が出なかった。

 僕が来れなかった時も、凛は僕の事を待っていた。自分の身体を顧みても、僕と話す事を選んでくれていた。


 頭の中に想像されたのは、寂しげに窓の外を見る凛の姿。


 それなのに、僕はーー……。

 僕は俯きがちに問い掛ける。


「先生…………凛は、凛は助かりますか?」

「……今のままでは難しいだろう」

「!!」


 ジワジワと僕の首を締め付けて来る感覚が突然強くなり、息すら止まる。次の言葉が出ない。


「ただ、ある手術をやれば……神無月さんの"脱魔病"は治るかもしれません」

「っ! そんなのがあるんですか!?」


 何とか一息に問う。

 脱魔病は、覚醒者が現れると同時に発現した"魔力"が抜けて行く病気だ。何もせずに魔力が抜けて行く事で、自然回復する魔力と抜けて行く魔力が拮抗し、ジワジワと体中の魔力が無くなっていく、身体の倦怠感・筋力低下等を及ぼす病気。


 未だに治療法は回復魔法による力技で延命するだけ。

 普通の脱魔病なら、それでも良いがーー


 凛は僕と同じ無能者だ。覚醒者よりも圧倒的に魔力保有量が少なく、その容量も少ない為、段々と衰弱して行っているのだと思う……。


 そんな凛をどうやってーー


「近年、魔力を保有する器官を人工的に作り出す研究が進んでいます……つまり、

「つまり、凛の身体にその器官を移植するって事ですか」


 先生の言葉を遮り問い掛けると、先生は頷く。


「まだ研究段階ではあります………しかも手術も成功するか分からない。手術費は想定5億円」


 人生で聞いたこともない金額だ。


「でも、『無能者保険手当』で手術代はなんとかなる

「それについても話さなければならないね……」


 今度は先生が僕の言葉を遮る。先生は顔に影を作り、どうも言いにくそうだ。


 何だ? 何故そんな顔をする?

 一抹の不安を抱きながら先生からの言葉を待つ。


「それが、何とかならないんだ」


「………は?」


 偶々だが今日、図書館で確認した。これ以上お金を貰えないかと考えていて、『無能者保険手当』も確認したのだ。何とかなる筈。


「『無能者保険手当』の条件が変わったんだ」


 条件が、変わった?


「『生活に難がある無能者は、日本政府から月に給付金20万円までを受給する事が出来る。命に関わる病気に関わり、上限なく受給出来る。』これが前までの文言……」


 そうだ……だ、だからこれまてま凛の治療費や入院費も……


「しかし、今日の朝。最後に、ある一文が足されました。『ただし、給付を望む場合は、騎士団入団試験でCランク以上の成績を残す者が保証人に居る者とする。』と」


 先生が言い切ったと同時に、膝の上に置いてあった手が滑り落ちる。力が、入らない。


 てことは、凛はもう治療する事も出来ない。何の設備もない状態で見捨てられる、そういう事だ。


 騎士団入団試験は高校を卒業した覚醒者なら頑張ればその成績を残す事が出来るような物。

 だが、無能者にはそれを受ける資格すらない。増してCランクの成績を残す者と親しい無能者なんて存在しない。



 これは実質"無能者には月20万しか払わない、無駄な出費をしない"という宣言なのだろう。



 何で僕の誕生日に限って……何でここまで!!




「だ、大丈夫かい?」


 先生に手を伸ばされるが、僕はその手を払いながら立ち上がる。


「すみません、大丈夫です………凛は後どれぐらい此処に居られますか?」

「今月一杯……あと1週間だ」

「…………そうですか」


 噛み締める様に間を置いた後、大きく息を吐いた。そして、僕は部屋から出た。此処に居ても何も解決しない。



 だが、僕の頭には解決策は浮かんでいる。



 成功するかは分からない。

 ただ、これまでの自分がマシだった様な生活が始まる。



 それは確かだった。

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