第273話 身代わり人形


 トルーランの屋敷に行って、彼女に牡鹿亭の部屋の鍵と牡鹿亭専用転移小屋の鍵を渡してきた。


 家に帰って居間で寛いでいたら、ミリアたちが大学から帰ってきたので、彼女たちにも鍵をそれぞれ渡しておいた。

「ものすごく便利になったのじゃ」

「わたしは王都の中心部にあまり出ないから、それほどでもないが、鍵はありがたくいただいておく。ありがとう」




 その日の夜から、アビシ魔法大学の図書館の蔵書のコピーを再開し、翌日の朝食時まで続けた。


 そして翌日の夜。コピーは終了し、俺はアビシ魔法大学の図書館の蔵書を手に入れた。ミリアのように借りっぱなしの人物もそれなりの数いるはずなので、取りこぼしは、けっこうあるだろう。シリーズものの中で抜けがあると残念だが、それは仕方ない。


 アルス魔法大学とかアルス図書館の建設は、初等学校とその先の職業専門学校が軌道に乗ってからの話になる。


 本のコピーが終わったところで、念のためアテナの偽書とアテナの真書というキーワードでアテナシステム内を検索してみたがヒットしなかった。

 そのあと、アテナの偽書のサーチマクロを実行に移した。気長に待っていれば、そのうち1つくらいは見つかるだろう。



 そして羅針盤が手に入る月末がやってきた。

 それまでに、アルス号の魔導加速器の重ね枚数を調節しておいた。

 つまり後端の魔導加速器は8枚に、2番目は16枚で従来通り、3番目、4番目は倍の32枚とした。

 その結果前進微速時の急激な加速が緩和され、最大速度が時速40キロくらいまで上がった。


 今日までアテナの偽書探しのマクロは動かしっぱなしだが、アテナの偽書は見つかっていない。この惑星の大きさ次第の大プロジェクトなので気長にいくしかない。


 一度、温泉でユウに会ったので、近況を聞いたところ、一度10階層まで潜ったそうだ。10階層のモンスターについては問題なく 斃せたそうだ。モンスターと体内石の単価は上がったけれど、往復の時間とモンスターとの遭遇率を考えると、5階層くらいでモンスターを狩るほうが効率がいいとのことだった。大したものだ。そこらの冒険者なら単純に見た目の儲けが大きくなる下層を目指すはずだ。そういったところは基礎教育の有無で差が出るのだろう。俺の初等学校計画は間違ってはいない。



 羅針盤が届いているはずなので、例の船舶用品屋に行って残金の金貨5枚を支払い、羅針盤を手に入れた。金貨10枚だったが結構精巧な作りで、傾けてもちゃんと水平を保って針は南北を指していた。

 

 その羅針盤を持ってアルス号の操舵室に転移して、舵輪を操作しながらでもよく見えるよう、舵輪の少し先に設置した。

 そこで思いついて、舵輪を取り付けた台に伝声管の朝顔型の口を取り付け、その先を居間の天井につなげておいた。俺が伝声管に向かって大きな声を出せば居間にいるはずの乗客に伝わるはずだ。


 これでアルス号は完成したので、午後からトルーランたちも交えて再度の試運転をすることにした。

 参加者は、カレン、フィリア、ミリア、ソフィア、トルーラン、アリシア、そして俺の7名。


 昼食を終えた後、少し休んでから転移板を使ってアルス号に移動した。


 アルス号の転移板の前で全員集合していたので、

「船から落ちたら危ないから、航行中は露天には出ないこと」と一言だけ注意事項をみんなの前で言っておいた。救命胴衣を用意できればよかったが、俺では作れなかった。アイデアを出してどこかに発注することはできたかもしれないが、思いついたのが昨日だったのでどうしようもない。


 

「それじゃあ、みんなは下に降りて居間で寛いでいてくれ。興味があれば上に上がって操舵室で見物してくれてもいい。望遠鏡を持っていない人は手を上げてくれ」

 トルーランをはじめ数名から手が上がったので渡しておいた。

「使い方は、細い方から覗くとその先が大きく見える、筒の長さをうまく調節しないとぼやけてしまってはっきり見えない。筒の長さの調節は片側の筒をしっかり持って、もう片方をねじると筒が伸び縮みするからそれで調節してくれ」


「何度かいじっていればすぐに慣れるだろう。壊したところでいくらでも作れるものだから、無茶する必要はないが、そこまで丁寧に扱う必要はないからな」



 そうみんなに言い残して、転移板が置かれた第4デッキから階段を上って操舵室に入った。

 俺についてきたのはフィリアとトルーランとアリシアの3人だった。


「それじゃあ、アルス号、前進微速びそーく!」

「ゲンタロウさん、錨はこの船にはついてないんですか?」

「アルス号停止。

 錨を上げることをすっかり忘れていた。トルーランありがとう」


 船首に転移して、居間の窓からの視線を意識しながら錨小屋を外し、腕力だけで錨を引き上げ、ロープをドラムに巻き取っていった。


 出航準備ができたところで、操舵室に戻り、舵輪の前に立ち、あらためて、

「アルス号、前進微速びそーく!」

 左右の4本ずつある魔導加速器起動レバーのうち、内側の2本のレバーに手をかけゆっくりいっぱいまで押す。

 アルス号がゆっくり、そして音もなく前進を開始した。

「アルス号、両弦半速!」

 今のレバーの隣の2本のレバーをゆっくりいっぱいまで押す。これでアルス号の2段目の魔導加速装置が起動した。

 アルス号は加速していき、そのうち加速しなくなった。

 そして残った左右2本ずつのレバーをゆっくり押した。

「アルス号、両弦全速!」

 アルス号が加速を続け、そして時速40キロほどで安定した。俺の立っているところからは見えないが、船首は白波を立てているはずだ。

 すぐ先の羅針盤も進行方向と南を指す針が一致している。


「すごい!」

「飛んでるみたいです」

「怖いぐらいです」


「せっかくだから、望遠鏡で周囲を見ていたらどうだ? トルーランには言い忘れていたけど、その望遠鏡を覗くと、上下さかさまに見えるから、あんまり熱心に見ていると頭が痛くなるかもしれないぞ」

「ほんとに上下がさかさま。でも遠くまで見えます。すごい!」

 トルーランがことのほか喜んでいる。望遠鏡を作った甲斐があったというものだ。


 1時間ほどそうやってアルス号を南進させたところで、居間に向かって伝声管を通じて停船しすることを告げて速度を落としていき停船した。

 錨を湖に沈めたところ、錨はロープの長さが足らず、底に着かずに垂れたままだった。


 これでは錨の意味がないのでドラムにロープを巻き付けながら引き上げて、小屋をかぶせてしまっておいた。錨は浅瀬でしか意味はないようだ。通常の船も洋上で停止することはあっても、静止する必要ってないからこんなものだろう。

 念のために周辺のモンスターをサーチで探ってみたが、ヒットしなかった。

 ついでに魚がいないかサーチしたところ、多くはないがいないわけではなかった。

 湖を囲むのが白浜だし、湖に流れ込む川はものすごく澄んでいたから、栄養状態の良い魚ではないだろう。

 マークすれば容易に獲れるが、魚料理など俺にはできないので、そこまではしなかった。



 モンスターはいないし、海ではないから強い流れはないはずなので、アルス号はそのままにして、トルーランたちを引き連れて居間に下りていった。


「40キロほど沖に出たはずだが、見てのとおり湖には何もない。そろそろ引き返そうか?」

「せっかくじゃから、わらわはここの風呂に入ってくるのじゃ」

「わたしも」「それじゃあ、わたしも」


 女子たちはみんな風呂に入ることになった。入浴用意のない者は、転移板を使って取りに帰るという。転移板は間違いなく重宝する。俺の転移は座標指定なので、ここからアルスの家に転移で戻れるが、アルスの家からアルス号に転移しようとしても、アルス号は少しでも流されていたら、湖にドボンだ。


 そこで、少なくともアルス号とアルスの家は転移板の予備を置いていないと、湖上で転移板が魔力切れで動かなくなってしまえば、それっきりになってしまう可能性があることに気づいた。

 さっそく、もう一組の転移板をセットした。

 これでよーし。


 湖の直径を3500キロとすると、半径は1750キロ。時速40キロで割るとだいたい44時間。湖上に何も見えないからといって、放っておいて進めるわけにはいかないので、明るい間1日8時間進めば、5日半で湖の真ん中にたどり着ける。

 アルス号が完成するまでの時間と比べて、思っていた以上に時間はかからない。


 明るい間だけ進むということは、アルス号は夜間は漂流することになる。海じゃないから8時間から10時間程度で大きく流されることもないだろう。船の位置を正確に測る手段がない以上、仕方がないことだ。



 それから1時間ほどで女子たちが風呂から上がってきた。

「岸に泊っておった時一度風呂に入ったが、あの時とは違って気持ちよい風呂じゃった」

「景色もそれほど変わっていないのに確かに気持ちよかった」

「今も止まってはいるが、多少は揺れているからそのせいじゃないか?」

「それはあるかもしれぬな。

 わらわはまだ、アルス号の中で寝たことはないのじゃが、今日はここで寝てみるのじゃ」

「お嬢さまがそうならわたしも」

「わたしも!」

 ということで全員アルス号で寝ることになった。



 そのあと、トルーランとアリシアはそのまま屋敷に帰っていった。


 カレンたちも家に帰ったので、俺は宰相府にいるクレアを連れ帰るため、宰相府の俺の部屋に転移した。


「閣下、アルス号はいかがでしたか?」

「問題なかった。

 それで明日の朝から俺はアルス号を運転するつもりだ。

 クレア、俺に急用があるときは、面倒だが牡鹿亭の転移板を使ってアルスの家経由でアルス号までやってきてくれ。それほど急がなくていい案件なら、昼食の時は迎えに来るからその時でいいだろ」

「はい。ゲオルク宰相から何か閣下にあったときは、閣下は不在ですと言えばいいですか?」

「俺が宰相に呼ばれることは、国の軍事的危機の時くらいだから、まずないと思うが、朝から不在というのもまずそうだな。

 そういえば、以前、第三迷宮で見つけた人形を持っているんだが、俺そっくりに化けることができ、簡単な受け答えもできる。その人形を俺の席に座らせておくから、宰相に呼ばれたら一緒についていってくれ。あとで話の内容を聞かせてくれればいいから」

「人形ですか?」

「そう。実物を見ればわかる」

 アイテムボックスの中から、身代わり人形を取り出してクレアに見せた。

「俺の身代わりになってくれ、と言えば俺そっくりになると思うが、おそらく素っ裸なので、服を着せないといけない。さすがに裸では人前に出られないからな。

 俺も今まで一度も使ったことがないから、試しに使ってみよう」

 みんなで見つけた身代わり人形だが、俺が使うことに反対する人間はいないはず。今日の夕食時にでもみんなの了承を取っておこう。

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