悪役令嬢と恋模様

「あ、そうだトレーフルブランさん

 朝もらったクッキー美味しかったよ。手作りだなんて信じられない。セラフィード様も美味しかった。でもお前はもう少し甘めがいいんじゃないのかだって。あ、後ありがとうって礼も言っていたよ」

「……あら、そうですか。ありがとうございます」

 いつものお茶会の途中、さやかさんに声をかけられたのに私はちょっと動きを止めてしまいました。話の内容に少しだけ困ってしまいます。四人娘の目がぎょっと見開いているのにこれから来るであろうものを予測して、あぁと小さな声を胸の中で吐き出してしまいました。どういたしましょう。

「え、と、トレーフルブラン様」

「何ですか」

 戦慄く声で名前を呼ばれたのににこりと微笑めば四人娘の口許がさらに大きく震えました。目を白黒させて見詰めてくる四人娘。世話しなく四人の間で目を動かしては聞いていいの、これは聞いていいの、聞きたいですわと四人で語り合っていました。

 意を決したようにまとめ役のティーラ様が口を開きます。

「あのトレーフルブラン様ってお菓子作りをなさるんですか」

 聞いてきた目を見つめます。四人の目は真っ直ぐで純粋な興味に満ちているように思えます。これならと思いええと返しました。四人娘がきゃーーと声をあげました。

「そうなんですわね! 凄いです」

「えーー、さやかさんだけ狡いですわ! トレーフルブラン様のお菓子を食べられるなんて」

「……トレーフルブラン様。図々しいと思うのですが私達にも……」

 キラキラうるうるとした目が見つめてこられるのに勿論いいですよと返します。やったー! と嬉しそうにはしゃぐ四人娘。貴族がお菓子を作るだなんてあまりないことですから隠して起きたかったのですが、彼女たちの反応には引いている様子はなくあっさり受け入れてもらえたので嬉しいです。これはますます気合いをいれて作っていかなければなりませんね。下手くそだなんて思われたくありませんもの。

 四人娘に渡すならクッキーよりもドーナツやマフィンの方がいいかしら。四人娘はそちらの方が好きですよね。チョコやドライフルーツ何かをいれたら喜ぶかしら。

 明日早速作りましょう。

「あ! そうだ! トレーフルブランさん」

 会話を黙って聞いていたさやかさんがまた声をあげました。きゃきゃと話していた四人娘がさやかさんを見ます。さやかさんの声は大きくしかもとてもキラキラした声で注目を集める声だったのです。

 名を呼ばれた私は何か嫌な予感がしました。先程のクッキーの話のように何か不味い話をされるのではと警戒してしまいす。そんな私にさやかさんは綺麗な笑顔を見せました。

「グリシーヌ先生にあげたらいいんじゃないかな」

 カップの中の紅茶が跳ねました。落としかけたのを咄嗟に抑えましたが、小刻みに震えています。固まって頭の中はもはやブリザードです。妙な言葉がでないようにと口は閉ざしましたが、その中ではああ、だとかううだとか言葉にもならない声が踊っています。

 何か変なことを言うなとは思っていましたがこんなことを言い出すとは思っていませんでした。本当に何を言ってくれるのでしょう、この方は。

 こんなところで言うような話はないでしょうに。

 荒くなってしまう息をどうにか整えて私は四人娘を見ました。四人娘は石のように固まっています。

「? どうしたの? トレーフルブランさんも、四人も」

 のんきな声が聞こえてくるのにどうしたも何も貴方のせいでしょうと言いたいです。何を考えているんですのと問い詰めたいのですが、まだそこまで言えるほどは動揺が収まっていません。

「あ、あ……」

 四人娘の一人、ミルシェリーから乾いた声が落ちました。彼女の青い目が小刻みに震えながら私を見ます。

「トレーフルブラン様」

 名前を呼んだのはルイジェリア様でえ、本当にと言うような顔をしています。

「う、噂は本当でしたのね」

 二人よりは落ち着いてティーラ様が言います。

「……」

 ベロニカ様はまだ石のように固まっていました。私は四人娘から視線をはずしました。

 お菓子作り程度ならまだ受け入れてくれるのではないかと思っていましたし、実際受け入れてくれたのですが……。さすがにグリシーヌ先生にたいして恋をしているというのは……。

 私だって自分のことはだから受け入れましたが、そうでなければ趣味が悪いと受け入れられなかったと思います。自分でさえ見た目と言う点では趣味が悪いなと思っているのですから。

 どうしましょう。

 ひかれて嫌われたりしたら……。

「よ、良かったですわ!!」

「へっ」

 最初に声をあげたのはミルシェリー様でした。キラキラとした目でうれしいですと伝えてきました。それを呆然と見つめました。ええという間にも他の三人も声をあげていきます。

「本当に良かったですわ!!」

「そうですわね! 良かったですわ!!」

「安心しました」

 聞こえてくる声はどれも好意的な声でした。目を白黒させる私に次々と聞こえてきます。

「えーーえ、と……変には思わないんですか」

「「えっ」」

 問いかければ四人娘はキョトンとした顔をしました。首をかしげるのに私も首を傾げてしまいます。

「えっと、ほら、先生ってあの通りで…」

「ああ。確かに見た目は……。でも、でもですよ!! トレーフルブラン様を守ってくださいました。それに何よりあの方魔法の力とかとても素晴らしいんですの!」

「ええ、それはもう素晴らしいですわ」

 ミルシェリー様の言葉にティーラ様が続き、他の三人もうんうんと頷きます。え、いえ、まあ、確かに先生の魔法の力は凄いのですが……。

「私たちずっと思っていたのですが、トレーフルブラン様は最高の女性ですから、そんな方の隣にたつ方は最高の男性か、もしくはトレーフルブラン様に何かしら勝つ方ではないと駄目だって。でもそんな方中々いないでしょう。私たちも色々考えましたけど先生ぐらいしか全然思い浮かばなくて……。それに先生ならトレーフルブラン様を守ってくれそうな感じがしますわ」

 長々とティーラ様が話したのにそうなのですかと私は何とか返しました。

 それに先生なら乙女心もわかっていますし、何だかんだと頼りになりますし良い話をあげていく彼女たち。見た目と部屋はマイナスポイントですか。トレーフルブラン様が傍にいればそれぐらいどうにかしてしまいますわよねとまで言われて口元を歪めて笑いました。

「まあ、でも私の片想いなんですけどね」

「まあ、そうなんですわね。ならさやかさんの言う通りお菓子を渡されてはどうですか。男は胃袋で掴めですわよ」

「そうですわ。トレーフルブラン様」

「何か必要なものがあれば何でも言ってくださいませ。私が手配しますわ」

 きゃきゃと四人娘が話します。その中にさやかさんも混じってとても騒がしい空間になりました。女子って恐い。なんて思いながら私はそれをとても嬉しい笑顔で見つめました。

「あ、そうですわ。トレーフルブラン様」

「なんですか」

「お願いがあるんですが、先生に魔法を教えてもらえるよう頼んでくださいませんか。前に先生の部屋にお邪魔してから空間魔法についてもう少し勉強したいと思うようになったのですが、他の先生に聞いても全くで……。今は前のような嫌悪などはないのですが、私たちだけじゃどうにも言いにいけなくて。かといってルーシュリック様に頼むととんでもないことになりそうでできませんでしたの。

 なのでもしよろしければ……」

「ああ、それならわかりました。先生にたのんでみますわね」

「お願いします」



「なあなあ先生。先生! ここどうやんのっておしえてくれよ!」

「考えもせんバカに教えることはない」

「考えたじゃん! 俺超考えたじゃん!」

「たかだか十分考えただけを考えたとか言うな。本当に理解したいなら丸一日中でも考えてみろ」

「えー!!」

「後お前の場合は考えた方が下手くそ過ぎでもある。一部分にとらわれすぎだ。全体を見ろ、全体を。そしたら自ずと答えはわかる。

 ほら」

「何だ、これ」

「ヒントの入った箱だ。一時間おきにでていくからそれを見て考えろ。魔法は人に教えてもらっても上達せん。自分で考え悩み会得して初めてそれをものにできるんだ」

「はーーい。んーー、全体か。ぜんたいねぇ……」

 ぶつぶつとルーシュリック様の声が響きます。

 出来れば先生と二人きりになりたいのに、なぜこの人は今日に限って全ての休み時間に現れるのでしょう。暇人かとは、盛大なブーメランになるので口にしませんけども、もっと他にすることあるのではなくて。いつまでいるつもりですか。

「ヒントをやったんだから、もう今日は帰れ。放課後も来るな」

「ええ!! 何でそんな酷いこと言うんだよ!良いじゃん来ても!!」

「お前は考え事をするのにも一々煩いんだ。独り言聞かされるこっちの身にもなれ」

「ひでぇ! そんなこと言うなよな!」

「うるさい。早く帰れ。じゃないと強制的に追い出すぞ」

「ゲッ。それは勘弁。先生高いところから落とすじゃん。あれ痛いんだからな!」

「魔法の特訓だ。風魔法さえうまく使えれば綺麗に着地できる」

「咄嗟にできるわ「できるようになれ」

 早く終われと思いながら二人の様子を見ていた私はえっと目を瞬かせました。ぱちんと先生が指を鳴らすと同時にルーシュリック様の姿が消えたのです。何でと言う私を先生が見ました。

 それでと問いかけてきます。

「お前は何のようなんだ。トレーフルブラン」

「え」

「何か用があるから今日はずっと来ているんだろう」

 ドキッとしました。ばれていたと言うことより、そのためにルーシュリック様を追い出してくれたのかと思って胸が高鳴ります。私の方を大切にしてくれたように思ってしまい幸せな気分です。

 いざ、となると少し恥ずかしいですが、折角先生が機会をくださったのです。それを不意にするわけにはいきませんわ。

 手が震えそうになるのを押さえて鞄の中から今日渡そうと思っていたものを取り出します。先生用に作ってきたお菓子です。別にみんなに言われたから作ったわけではないのですよ。ちゃんと初めから作ろうとは決めていたのですから。でも他の人の感想をきいてちゃんと美味しいか確かめてからと思ったので最初にセラフィード様やさやかさんに渡したのです。

 今日のは昨日のよりも自信作ですわ。

「あの、これ、私が作ったんですけど良かったら食べてもらえませんか」

 おずおずと差し出せば先生は少し驚いた顔をしました。

「良いのか」

「はい。先生に食べて欲しくて作りましたの」

「そうか……。ありがとう。また食べて礼をする」

「……はい」


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