悪役令嬢とセラフィード

「トレーフルブラン」

「……セラフィード樣」

 名前を呼び合ってお互い凍り付いたように動けなくなりました。何かを言おうと口を開けてそれから閉じるのを二、三度二人して繰り返してしまいました。私たちが今いるのはあのテラスです。私が先に居たところにセラフィード樣がやってきたのです。

 気不味い沈黙が落ちました。

 婚約破棄したあの日以来私たちが直接顔を合わせるのは初めての事です。廊下をすれ違うことなどはありましたが、お互い人も連れていて軽く会釈し会う程度。

 それがまさか二人だけで会ってしまうとは。

 セラフィード樣もここを使うことは分かっていましたが、そう来ることがないので油断していましたわ。

「今日は一人なんだな。いつもの連れはどうしたんだ」

 しばらくの無言の後、セラフィード様に問われました。

「考えたいことがありましたので、今日は一人で行動させてもらっているのです」

「そうなのか」

 また無言になってしまいます。私がいるのが分かったのだから帰ったらいいのにセラフィード様は帰らず立ち尽くしたまま。いえ、ここは帰るべきなのは私ですから悪くは言えないのですが。

 興が乗っていた所ですが気不味いまま居続けるのも息苦しいので帰ることに致しましょうか。

「あ、待って。別に帰らんでいい!」

 荷物を片付けようとするのに掛かる制止の声。はぁ、と思えば目を合わさないようにしながらセラフィード様が私の前の席に座ります。セラフィード様と云えばピクリと揺れる肩。

「異性とはいえ元婚約者、しかも幼馴染みなのだ。たまにはいいだろう。聞きたいこともある」

 言い訳をするように告げられるのにまあ、いいかと私も片付けていたものを広げていきます。何か聞きたいことがあると云うことなので待つことにしました。

 ただセラフィード様はこう言うとき話し出すのが遅いのでその間は自分の作業をすることに致します。下手に待たれていると早く話さなければと焦って余計話さなくなりますから。

 ええと、王道のケーキのレシピは一応できましたので、次はクッキーのレシピを考えるところでしたわよね。米70g・コーンスターチ20g・ベーキングパウダー3g・砂糖30g・卵1/2溶かしバター25gバニラオイルが前世のときに本で見たレシピ。ここからこの世界の材料に沿うように手を加えていきます。まず砂糖の方が前世より甘くないから少し多目に十グラムほど足して、米粉の方は5gほど少な目に。後はそれぞれ微調整して……。うん。出来ましたわ。一度これで作ってみましょう。

 次は何を考えましょうか。ケーキ、クッキーと来ましたからマヒィンとかかしら。でもパウンドケーキとかドーナツも良いですわね。んー、まずはドーナツに致しましょうか。あの丸い穴には幸せが詰め込まれているのですわ。ドーナツは油であげる時点でカロリーが高くなりますからね。焼きドーナツとかにするのはどうでしょう。それから…。

 ん、と完成いたしましたわ。何て美味しそう。早く作って食べたいですわ。次はパウンドケーキにしましょう。と、言いたいところなのですが……。

 いい加減遅いですわね。何をしていますの。セラフィード様を見ます。?どうしたのでしょうか。私の顔を見て妙な顔をしていますが。

 甘いもののことを考えているからと云って涎などは垂らしていないはずですが、まさかでていた。いえいえ、そんなことはありませんわ。ないです。出ていません。では、何で。

 んーー、私と云うよりは見ているのは私の手元ですかね。あー、なるほどですわね。

「……悪いですか」

 じとめでセラフィード様を見ます。

「いや、……悪くはないがお菓子を作るのか」

「ええ。まあ、新しい人生が始まりましたので今までしてこなかったことに挑戦してみようと思いましたの」

 云えばセラフィード様はそうかといいまた私をじぃと見てきます。ただ少し違っていて言い淀んでいる風ではありませんでした。その目は懐かしんでいるような気配がありました。

「そう言えば甘いもの好きだったな。それで城に遊びに来た時は何時もおやつの時間を楽しみにしていた」

「それは一体いつの話ですの」

「まだ九か十頃の話だな」

「そんな古い話を持ち出さないでくださいませ。恥ずかしいですわ」

「……すまん。だがいつのまにかお前が甘いものを食べる姿を見なくなっていたからもう好きではないのだと思っていた」

 まだ好きだったんだな。独り言のように呟かれた声には驚きの色が混じっていました。そう言われてみれば確かにそうだと思います。十才ぐらいから体型や周りにどう見られるかを気にし初めてどうしてもはずせないお茶会とかではない限り外では甘いものを食べなくなりましたから。家で考えこととかをするときにだけは食べるだけに。セラフィード樣がもう好きでないと思っていても当然。

 ……でも少し寂しくなりました。こんなことすら私たちは知らなかったのだなと

「私、今でも甘いものは好きなんですよ」

「作るぐらいか」

「ええ、でもあまり食べすぎると体によくないので、体によいヘルシーなお菓子を作ろうとしていますの」

「そんなの作れるのか」

「ええ、できますわ。多分」

「……多分なのか」

「作ってみないことには分かりませんわ。美味しくできないことには意味もありませんし」

「そうか。……出来たら食べさせてくれ」

「いいですわよ。折角ですから感想をくださいね。できれば商売も初めて見ようかと思っているますから、意見が聞きたいんです」

「は」

 もうもとに戻ることはありませんが、それでもやり直せるならやり直したい。また別のよい関係を築いていきたいと自分のことも話してみました。こんな風に会話をするのさえも久しぶりのことで、懐かしさと寂しさとそれから暖かなものを感じていましたのに、それはセラフィード様の一言で消し飛んでしまいました。

 強い呆れの籠ったは、と云う声に私はセラフィード様を見ます。何を言い出すんだこいつはと云う顔をしていらっしゃるのにムッとしました。

「何なんですか、その顔は」

「いや、だって、お前、商売って。何になろうとしているんだお前は。ケーキ屋にでもなるつもりか」

「いいでしょう。私が何になろうと。それに私がケーキを作るわけではありませんわ。人を雇い作らせるつもりです。私は経営などを担当しようかなと」

「そう言うことか……、それなら、まあまだ……。いや、それもどうなんだ」

「いいでしょう。前と違って今は何でもやれる時間があるのですからやってみたいのです」

「……そうか。ちなみに他にはどんなことをしようと思っているのだ。」

「そうですわね。……剣の腕を磨こうかと思っていますの。もっと強くなりたいんですわ」

「まだ強くなるつもりか!」

「ええ、何かあったときに大切な人を守れるぐらいには強くなりたいですわ。それから子供の施設を作ろうかと思いますの」

「いや……、お前は女なのだからそう言うのは……、男の立つ瀬がなくなる……。ん? 子供の施設それはなんだ」

「男に守られるのだけが女ではないのですよ。親のいない子供たちと云うのもこの国にはいますから、そんな子供たちを集めて暮らしを支えてあげる施設ですわ。その場所で勉強等も教えることができたら我が国もますます発展するのではないかと考えています」

「また、難しそうなことを……。

 何かあれば俺にいえ。協力できることなら協力する」

「あら、ありがとうございます」

「……」

 また沈黙が落ちましたわ。そちらはどうなのですとも聞いてみたのですが、特に変わりはないと帰ってくるだけで。二人して黙り混むのになにか話題をと考え、ふっと思い出しました

「ああ、そう言えば何かお話があったのではないのですか」

 びくりとセラフィード様の肩が震えました。

「ああ、そう言えばそうだったな……」

「なんなんですの。話とは」

「そ、それは」

 目があちらこちらを泳いでいく。私はため息をつきました。また長くなりそうだと。紙に目を落としてまた暇を潰すことにします。ペンを手に取りました

「…………のか?」

「え?」

 文字を書こうとしたとしたときに何かを言われたのですがあまりにも小さな声で聞こえませんでした。見上げれば真っ赤な顔をしてよそを見ているセラフィード様が。

「お前は好きな人はいるのか」

「はあ?」

 思わず変な声がでてしまいました。顔を赤らめて何を言い出すつもりだと思えばこの方は。賢くなってきたなんて思っていましたが、撤回いたしますわ。撤回。馬鹿ですわ。この方は。馬鹿!

「私三ヶ月前まで貴方の婚約者だったのですが、たった三ヶ月で別の人を好きになるような尻軽だとでも思っているのですか」

「あ、いや、そうではなく」

「ては、なんだと云うのですか」

 睨み付ければ慌てる姿。いや、そのさを繰り返す。なんですともう一度問いかけました。

「その男子の間でお前に告白をしてみたいという話が出回っているから」

「はい? 何ですか。その話は」

「いや、俺との婚約が破棄になったから、だから玉砕覚悟でな、告白しようというやつらが」

「そうなのですか……。それで気になったと云うのですか」

「ああ、告白されたらどうするのかと。好きな人がいれば振るだろうが、いなかったら……」

「受けるかもですか? ないですわね。今はそういったことに興味ないんですの。どうせいつかは通る道ですがだからこそ、今はやりたいことやってみたいことを心行くまで楽しんでみたいのです」

「……そうか」

「はい。そうなんですよ」


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