チートじみている悪役令嬢
「あの女と来たらまた」
「この間なんてゲール様のお屋敷にまで押しかけたそうですのよ」
「テラスにもいかれているというお話も」
「グリーシン様と手を繋いでいらして」
「セラフィード様やルーシュリック様ブランリッシュ様ともですよ」
「何を考えていますの」
「恥知らずじゃありませんの」
学園を歩けば彼方此方から聞こえてくる声に私は内心ため息を吐く。余裕の笑みを口元に浮かべながら歩いているがそれが剥がれていないかどうかちょっと自信がないかもしれない。
「トレーフルブラン様。矢張りさやか様をこのままと云う訳にはいかないのではないでしょうか?」
「そうですよ。幾らご兄弟のようなものだと云っても限度と云うものがございます」
「セラフィード様がお優しいからと云ってべったりして」
ともに歩いていた少女たちまで言い出すのに笑みが固まりそうだ。何とか堪えるけども頭所か胃が痛い。
何でこんな事になってしまうの?
私が予想していたよりも数倍早くさやかへの不満が貯まってしまっている。このままでは悪意がさやかだけでなくさやかを庇う五人にまで向けられることにだってなりうる。先生の対処をとか言っている暇もない。まずはこの悪意を如何にかしなければ。
今はそれとなく私が五人に近づいて外から見る分には仲良くしているように見せかけたり噂を制御したりして抑えているが何時まで持つか。もっと確実な方法を見つけなければ。一番いいのはあの五人がさやかに近づかないことなのだけど……。何せここまで早くさやかへの悪意が強まってしまったのは全てセラフィードを含めた攻略対象キャラ五人のせいなのだから。
セラフィード、ブランリッシュ、ゲール、グリーシン。ルーシュリック。
このゲームの攻略対象キャラクターたち五人。勿論全員イケメンの家柄もいい。両方とも学園トップレベルの男たち。当たり前のように女子人気は高い。そんな彼ら五人がここ最近はさやかにべったりと張り付いて彼女をお姫様のように扱っている。それは彼女に対する嫌な噂が出回っているからなのだろうけど……。
にしてもやりすぎと云うかむしろ火に油を注いでいるのかと聞いてしまいたくなる処だろう。
乙女の憧れの五人がたった一人を特別扱いする。
そんなの周りからしたら疎ましい以外の何物でもないじゃないか。彼女の立場はどんどん悪くなっていく。それに対抗して五人はもっとさやかに構うようになり悪循環と云うのは計画には確かにあったけども……それは噂が酷くなってさやかに実害が出るようになってから後一か月は先の話だった。
実害もまだなくただ噂が出てくる段階だけで出張ってくるとかお前ら過保護か。そして周りを見て自分たちのせいで悪くなっているのではとか思わないのか。実害が出てからだと気付いても傍を離れたら何があるか分からないからと離れられなくとも仕方ない状況になる。そうなる状況に持っていくつもりだった。それがなんでそうなってもないのに離れようと思わないの。
さやかを守りたいの? それとも本当は傷つけたいの? どっちなの?
五人の考えが分からない……。いや、本当は分かっている。何も考えていない。ただそれだけだ。セラフィードたちにはなぜさやかが悪く言われているのかさえ分かっていないのだろう。
さやかが悪く言われる理由。そりゃあそう云う風にこの私が持って行っているというのもあるがそれだけではない。元々彼女の評判は悪いのだ。
何せ彼女の振る舞いはここでは異常だ。彼女は異世界から、それも多分私が前世で暮らしていたような世界からやってきたのだと思う。そしてその世界でしてきた振る舞いをここでもしてしまっている。
郷に入れば郷に従えという言葉を彼女は知らないのだろう。
彼女の世界では気軽に異性に触れることができただろうがこの世界では違う。特にこの学園は貴族の学園。婚約者でもない異性の手を握るなどご法度だし、肩に触れるなどの行為もはしたない。異性が二人きりになったり二人で話したりと云うのもよろしくないことだ。
それをやすやすと破れば腫れもの扱いされても仕方ない。最初の頃こそ別の世界から来た方ですしで許せていても、何度か注意しても理解しないとなると嫌われて当然。この子本当は嫌われたいんじゃないかと思ったことすらある。そんな相手が声をかけることすらも烏滸がましいと見つめるだけだった五人と仲良くなっているなんて許せる訳がないだろう。
何故その辺を五人が理解しないのかが私の最大の謎だけど。それでも分かっていないのがセラフィードたち五人なのだ。ああ、頭が痛い。
如何にか五人の暴走を止めなければ。だが私が何を云った処で聞くことはないだろう。ここは裏から手を回して一度五人とさやかを離すべきか。
はぁ、こっちは先生の弱みをどう握るかという問題もあれば、もっと大きな問題も抱えているのだから変な問題は起こさないでほしい。さやかを守りたいならもっと考えろと云ってやりたい。
まあ、半分は私のせいなんでしょうけどね。
おかしいとは思っていたのだ。セラフィードやブランリッシュの私に対する態度がゲームより冷たすぎる気がしたり、反対にさやかに対する態度は甘すぎる気がしたり、それにゲームとそれぞれのキャラが少し違うような気もした。最初はゲームだと云い場面しか見せないからかなと思っていたがそれにしても目に余るようになってどうしてか考えてみた。
何がゲームと違うのかと。
そして答えはすぐ傍にあった。
あったというか私そのものだった。
考えてみれば一番ゲームと違うのは私、トレーフルブランだ。ゲームよりもすべての部分で優れすぎている。
ピアノやお茶、手芸などと云った貴族の令嬢が身につけるべき教養はすべて身に着け、それ以外も極めている。勉学は学園で習う所どころかこの国にあるすべての学問を余すことなく学び倒して、剣と武術も習い免許皆伝を貰いそこらの下級騎士ならば十人ぐらい一気に襲われても倒せる。魔法は言うまでもない。性格こそ多少きついものの表向きには文句なしのいい子ちゃん。
しかもそのきついのだって次期王妃でありそれにふさわしいという自負があってのものだ。現に学園の教師に生徒、それどころか他の貴族や果ては王族の中にも彼女を尊敬したり一目置いていたりするものがいるぐらい。
……正直こんなのヒロインがどうあがいても勝てないだろう。こんな高スペックではゲームではなかった。
じゃあ、何がこんなに彼女と云うか私を変えたのか。それは私だ。
そもそも私が違うのだ。
前世の記憶を思い出したのこそ二か月前のあの二人がキスした日だったが、別にその日に転生したわけじゃない。産れた頃からすでに私は転生してトレーフルブランだった。記憶を思い出したのがあの時だっただけ。そして記憶はなくとも魂にこびりついた一人ぼっちの寂しくつらい気持ち、恋人だと思っていた人に裏切られた痛みを幼いトレーフルブランは感じていたのだ。
だからセラフィードに捨てられないよう、もう二度と一人にならないようにゲームの彼女よりも努力した。王になるセラフィードを支え必要とされ続ける為に誰より完璧な淑女になろうとした。
そして彼女は大げさでなくこの国一の才女となった。
自分の事を褒めるのは些か自意識過剰だと思われそうで恥ずかしいが、私より素晴らしい女性はこの国にいない。この世界にもいないかもしれない。そんな女性になったのだけど……なんだけどどうもそれは周りの男たちに劣等感を与えてしまったようで……。
だからゲームよりもキャラがひねくれ、ゲームよりも私にきつく当たる。ゲームよりもさやかを大切にする。
そしてそれは大きな問題も運んでしまった。
この世界すら破滅させるかもしれない問題だ。
このままいけばレベルが足らずに魔王が倒せなくなる!
この二か月何もなく過ぎているけど忘れてはいけない。この元となったゲームのタイトルは「愛と魔法の物語」。ヒロインも異世界からやってきたのだ。
それがただ恋をして攻略キャラと結ばれてはい終わり。なんてなるわけがない。それなら魔法とか異世界トリップとかの要素が必要なくなるだろう。だからこの要素を必要とさせるためのイベント、封印が解かれ世界を滅ぼそうとする魔王を再び封印するというステージが控えているのだ。
ちなみにそれは後六か月後。つまりトレーフルブランが成敗されヒロインたちが無事進級した二か月後ぐらいにやってくる。
その魔王を封印するために強い魔道具が必要となるが、それはこの国にある五つのダンジョンにある。そこから持ってこなくてはいけないのだが、最初それはトレーフルブランが行くこととなる。と云うのもその魔道具を扱えるのが乙女だけでしかも強い魔法の力がないといけないのだ。それに一番当てはまるのがトレーフルブランだった。
周りが本当に彼女で大丈夫なのかと懐疑的な視線を向ける中、トレーフルブランは名誉回復のチャンスだと意気込んで向かう。が、あまりの厳しさに途中で尻尾を巻いて逃げてくる。
やはり駄目だったか、だが彼女がだめなら次は誰にすればいいんだとなった時にヒロインが自分が行くと志願するのだ。
そして行くことになるヒロイン。一人で行こうとする彼女の前に攻略対象キャラの五人が現れる。何もできないかもしれないけど守ることならできるからと彼らはヒロインについていく。そして彼らの力も借りたヒロインは五つのダンジョンすべてを攻略し魔道具を手に入れる。
その魔道具で魔王を封印したことでヒロインは聖女と崇めたてられみんなに祝福されて結婚するのだ。
そんなストーリーになっている。
と、ここで問題が発生する。
私は思うことがあって一度そのダンジョンに行ってみた。そして中に入ってみた。楽勝だった。
子供と遊ぶよりも楽勝にクリアできた。それも五つ全部だ。そして私は気付いた。気付いてしまった。
これ、今のさやかのレベルでも他の五人のレベルでもクリアできないと
さやかは五人が甘やかすから勉強はでき成績はよくなっても魔法の力はいまいちだし。他の五人は何でか分からないけどゲームと比べてすべてのステータスが低い。残り六か月のうちにどうにかしなければ世界がやばい。
私が魔王を封印するというのは悪役令嬢と云う立場上遠慮したいし、そんな事をしたら処刑とかなくなりそうじゃん。ヒロインみたいに聖女とかなって崇めたてられる存在になるのは嫌。私は死にたいのだ。でもだからと云って世界を滅ぼしていいのかと云えばそんな筈はない。如何にか守らなくてはいけない。
問題ばかりが山積みで休む間もなければ対セラフィード用復讐方法を立てることもできない。私はどうしたらいいのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます