死にたがりの悪役令嬢

わたちょ

悪役令嬢、思い出す

 あ、と気づいた時にはもう全てが手遅れだった。

 目の前では愛した人が別の女と手を繋ぎ抱きしめて口付ける。触れては離れる一瞬のキスなのにどちらも熱に潤み熱く蕩けた顔を。遠目から見ているのに好きだ。他の何を捨ててもお前だけは失いたくないんだと情熱的な愛の言葉を掛けるのが分かる。それに頬を染めた女が頷くのも。

 そんな衝撃的な場面を見ながらも私は何処か他人事だった。

 既視感のありまくる世界。

 何処かで見たことがあると思えばそれはゲームの画面の中でだった。前世で死ぬほどやり込んだ乙女ゲーム。愛と魔法の物語のスチル。それもヒロインとメイン攻略対象キャラ二人の思いが通じ合う一番の見せ場。

 それこそ何百回と見返したシーン。既視感があって当然むしろ既視感しかない。画面越しと生と云う違いはあっても何百回も見てきたのだから。

 まあ、とは言っても前世の記憶を思い出したのは今なのだけど。

 愛した人。ゲームのメイン攻略対象キャラだったセラフィードを探して学園内を歩いていた処、目障りな女の声が聞こえた。その声に嫌な予感を掻き立てられ急いで声のする場所まで向かってみたら、繰り広げられたのは先ほどの光景。

 茫然と固まった処で思い出したのが前世の記憶。しかもそこでやり込んだゲームの記憶だ。

 ああ、つんだなと現実味の沸かないぼんやりとした頭でも思った。

 ゲームの世界に転生してしまったんだと気付きそれと共に自分の最悪な状況にも気づいた。目の前で行われているのはヒロインとメイン攻略対象キャラのラブシーン。つまり乙女ゲームの世界に転生したというのに私はヒロインではなかったのだ。

 むしろ二人の恋仲を邪魔するキャラ、云ってしまえば悪役令嬢と云うキャラに転生していたのだった。

 まともに働かない頭がそれでも冷静に今後このゲームで起こる悪役令嬢に関する情報をまとめていく。

 この後婚約者であるメイン攻略対象キャラセラフィードがヒロインに口付ける場面を見てしまった悪役令嬢、つまりまあ私は元々きつかったヒロインへのあたりをさらに悪くし、執拗なまでに虐めていくのだ。その事にキレたセラフィードやヒロインの周りによってやらかしてきた悪事の証拠やら何やらを集められ、大衆の面前で公表されてしまう。学園での居場所を亡くしたうえ、実家がしていた悪事までもがばれて地位剥奪。一族路頭に迷う事に……。

 その後どうなったかまでは分からない。何せ悪役令嬢だから。言うなれば名前付きモブだから。ハッピーエンドの後のことなんて書かれたりしないから。

 まあでも悲壮な結果になったことは予想に固くない。

 ああ、なんてことだろう私の人生こんなにも簡単につんでしまった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る