天をあおぐ

天をあおぐ

作者 常夏真冬

https://kakuyomu.jp/works/16817330661373930250


 ピアノの音に魅せられた私は才能を欲すも手にできず、やがて■■■■に変質し、恋をして彼女を手に入れても■■■■は手にできず、ペルセウス座流星群が流れる天を仰ぎ、世界が暗闇に染まった話。


 誤字脱字は気にしない。

 比喩表現を用いて、主人公の心情を描いている。

 詩的で素敵である。 


 主人公は■■■■を手に入れたい人。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 ピアノの旋律に魅せられた主人公は、ピアノを習い練習してきたが、一度も賞を取ることができなかったため、才能に執着し、いつしか■■■■に変質していった。

 主人公は恋をし、自分を磨き、勉学に励みコミュニケーション教室に励んで彼女と付き合うようになる。自分だけの天国があったが、そこには何もなく、地獄へと落ちていく。

 何のために生きているのかわからず、未だ■■■■は手にできず、何が足らないの考えてもゴミ溜めみたいの自分ではわからない。

 ペルセウス座流星群のが来る夜、彼女をソファーに座らせマンションの階段を登る。流星が無数に流れる空を見上げ、這って、追い縋って、嘲笑って作り上げた虚無に胡座をかく。妄想が虚無へと雁字搦めにし、天を仰ぐと世界が暗闇に染まった。


 詩的な比喩で書き出されている。

 幼い主人公にはピアノの音や曲が、雨のように思えたのあろう。

 たくさんの音、静かでときに激しく、表情をコロコロ変えては嵐のように過ぎ去っていく。

 実に素敵な表現である。


 才能を求めて手にできず、別の何かを求めても手にできていない主人公が最後、ペルセウス座流星群を見上げる展開から、村上龍の『音楽の海岸』が、ふと思い出される。

 星が降るように音楽が奏でられる、そんな海岸がある、と書かれていた気がする。


 大人になるまで賞が取れなかったとは、よほど上手に弾けなかったのかもしれない。子供のときなら、「頑張ったで賞」や「努力賞」「あともう少しでしたで賞」など、小さな賞をもらったりするはず。

 それすらも貰えなかったのかしらん。


 ピアノを練習しても賞を取れなかったことで、「何のために演奏しているのかわからなくなった」とある。

 賞を取りたかったのではなく、コンサートで聞いた「空から音の雨が降ってきた」感覚を欲したのだ。

 なのに、賞を求め、賞を取るために才能を求め、才能を求めるあまり、また違う別のなにか■■■■を求めるように変質していった。

 その一つが「恋」だったのだろう。

 主人公は励み、彼女への恋を手にいれ、付き合うことになる。

「そこに何も無いことが分かっていても」ついに手に入れたと思って喜んでは地獄に落ちていく。

 つまり、手に入らないから別なものに目標を変えて求め、ようやく彼女を手に入れたけど、目標を達して終わったのだ。

 だから、なにもない。

 彼女に恋をし、付き合うことになった。

 付き合うことがゴールだったので、その先はない。

 しかも、主人公の私が本当に求めていたものでもなかった。

 だから、「私は何のために生きているのかわからなくなった」と陥ってしまう。


「サラサラと指から水のようにこぼれ落ちる彼女の髪を梳く。静かに私の腕で眠る彼女は警戒感のないだらしない顔をしていた。陶磁器の如く蒼白な肌は私の脈を感じるだけの停滞した世界。最近アカイロに染まった絨毯の上に立つ」

 主人公の私は、彼女を刺殺してしまったのだろう。

 だから彼女は「警戒感のないだらしない顔」をしているし、「蒼白な肌」をして、絨毯は最近「アカイロ」の血に染まったのだ。


 彼女の遺体をソファーにの押してマンションの階段を上がり、ペルセウス座流星群を見に行く。なので、季節は夏。

 

「私が這って、追い縋って、嘲笑って作り上げた虚無に胡座をかく」

 主人公が彼女を手に入れるために「這って、追い縋って、嘲笑って作り上げた虚無」の産物が、住んでいるマンションなのだと想像する。

 つまり主人公は、マンションの屋上であぐらをかいては、流星が流れる空を見ている。

 

「脳髄までに染み付いてしまった妄想」とは、■■■■を手に入れるために彼女と付き合うも手にできず、彼女を殺せば手にできると思ったけど、やはり手にできなかったという、欲するものを追い求める執着に囚われていたことを指すのかしらん。

 その結果、主人公は殺人を犯してしまった。

 そんな主人公が仰ぐ天には、流星が音もなく降り注いでいるけれども、その様子すら見えず、「世界が暗闇に染まった」ように見えているのだろう。

 つまり、絶望している様子を表している。

 あるいは、天を仰いでから身を投げて、主人公の人生は暗闇に染まり、死んだのかもしれない。


 そういえば、タイトルの「天をあおぐ」という言葉は、嘆いて空を見上げる意味があったことを思い出す。

 主人公は最後、天を仰ぎ見ては求めているものは手に入らないと絶望したのかもしれない。

 でもその光景こそ、求めていたものだった。

 主人公が本当に欲したのは、流星群のように空から降る旋律。

 なんと皮肉であろう。

 ピアノでは再現できず、恋愛でも叶わず、実際の流星群を前にしても、世界が暗闇に染まるほどの絶望をしていては感じることもできなかった。

 そんなものは誰にも手にはできない。

 だけど、主人公のように見つけることはできる。

 空から降る旋律を見つけるには、自身の感受性が必要である。

 主人公が本当に欲していたものは、心の中にあったのではないか。

 サブタイトルの「■■■■≠■■■■」から、■■■■は全く同じではないけれど近しいものを意味している。

 つまり、「空から降る旋律≠自身の感受性」だったのかしらん。


 何のために生きているのか。

 結論を求めるのではなく、過程を楽しむことが大事であり、死ぬときに「意味ある人生だった」と思えたら、それが幸せな人生である。

 ルカによる福音書第六章の言葉にもあるように、大事なのは「与えよ、さらば与えられん」である。

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