第4話 3

 ――ステラが失踪した。


 その報告をわたくしが聞いたのは、サーノルド王国主星上空にある恒星間転送路トランスファーゲートに向かうシャトルの中だったわ。


「――なんでよっ!? ひょっとして誘拐されたのっ!?」


 ハイソーサロイドにして近衛の力を持つステラが誘拐されるなんて、考えにくいことだけれど、世間知らずなあの子ならありえない話じゃないわ。


 あんなに可愛らしい見た目なんだもの。


 わたくしの指示とか、そう言われたら、ほいほい着いていきそう。


 けれど。


『いいえ。それが……自分で病院を出ていかれたようで……』


 ホロウィンドウの中のセバスは、申し訳無さそうに首を振る。


 病院内の防犯カメラには、確かにひとりで抜け出すステラの姿が記録されていたそうで。


「街頭カメラは?」


『そちらも当たってはいるのですが、病院前でカメラの存在に気づかれたようで、そこからは対策がされておりまして……』


 あの子は<近衛騎士>を補助システムとしても、使っているものね。


 多分、あの子の意思に従って、なんらかの対処を施したんだわ。


 あの子のマルチロール型ハイソーサロイドとしての情報戦能力は、先日の海賊戦で嫌というほど理解してるわ。


 あの子が市街地で本気で隠れようとしたなら、セバス達には成す術はないでしょうね。


「いったい、なにを考えて……」


 思わず爪を噛むわたくしに。


『それが……どうやらステラ様は、エゴサーチを行っていた痕跡が……』


「――はぁっ!?」


 思わず声を荒げてしまう。


 だって、そうでしょう?


 あの子を<近衛騎士>にして、まだ二週間足らずよ?


 ネットワーク知識なんて皆無のはずなのに、どうやって……


 そこでわたくしは、ふと答えに思い至って、思わず自分の頬を叩いた。


「……<近衛騎士>ね……」


 現在、ステラの補助システムとして稼働している<近衛騎士>は、あの子に正確な情報を届ける為に、自動で情報取得を行っていたんだわ。


 わたしの推測を肯定して、セバスが頷く。


『――折り悪く、現在、何者かによって、先日の戦闘映像がユニバーサルスフィア内に流されておりまして……

 どうもステラ様は、ファンタジーランド上のユニバーサルスフィアの中でも、品のないトークツリーをご覧になったようで――そこでは映像についての議論から発展して、ステラ様ご自身が誹謗中傷の的にされておりました……』


 と、セバスは議論の記録ログをわたくしのローカルスフィアに転送してくる。


 ステラが閲覧した部分は、確かにあの子の心をえぐるようなもので。


「――死ねっ!」


 わたくしはシートに思い切り拳を振り下ろしたわ。


「悪いのは負けたステラじゃなく、襲撃してきたマッドサイエンティストでしょうっ!?

 何日徹夜してるか?

 パークの環境維持の為に働くのは、スタッフの仕事よ!

 それがイヤなら、転職でもすれば良いでしょう!?

 ――なんでステラが悪く言われなきゃいけないのっ!?」


 気に入らない気に入らない!


 本人がなにも知らない――ファンタジーランド出身の子供だと思って、見えないところで好き勝手に言い散らかして!


「――あの子はねぇっ! わたくしに関わらなければ、なにも知らずにファンタジーランドで冒険者として生きていく事だってできたのよ!

 でも、わたくしがあの子を近衛にしてしまった!

 そうよ! 責めるなら、わたくしを責めるべきでしょうっ!?」


 なのに、トークに参加している連中は、わたくしを責めたりはしない。


 ログに残るような形でわたくしを批判すれば、不敬罪になるのを彼らはよく知っているのよ!


 姑息だわ! 卑怯者! 赦せない!


 ……でも、誰より赦せないのは――あの子を守りきれなかった、わたくし自身。


 あの子のデビューが鮮烈過ぎて。


 あの子をわたくしのものにできた事が嬉しくて。


 あの子が負けた時の事なんて、まるで考えてなかった。


 いいえ、そもそもあの子が負けるなんて、思いもしてなかったんだわ。


 ハイソーサロイドを盲信していた。


 あの子はキャプテン・ノーツの孫だから、無敵だと思っていたのよ。


 ……ステラは――わたくしと同じ、まだ十歳の女の子だというのに。


 そうよ。


 わたくしは、洗礼の儀の場で見てたじゃない。


 ――クラウフィードに罵倒されて、涙ぐむステラの姿を。


 あの涙を止めたくて、わたくしはあの子を近衛にしたのに。


 近衛にした所為で、あの子を悲しませる事になってしまった……


 視界が涙で揺らぐ。


「――ふぐっ」


 わたくしは上を向いて、それを堪えた。


 泣くべきじゃない。


 わたくしは泣いたらいけない。


 泣きたいのはステラのはずよ。


 いいえ、きっと今も、どこかで泣いてしまってるはずだわ。


 ……わたくしがあの子を近衛騎士にしてしまったばっかりに……


 背負わなくても良い、スタッフ達の期待を背負わされて。


 そして勝手に失望され……耐えきれなくなって、逃げ出してしまった。


「――セバス。予定変更よ。

 増援艦隊と一緒に帰るつもりだったけど、わたくしだけ先にそっちに戻るわ」


 今すぐにでも、わたくしはファンタジーランドに帰らないと行けない。


 わたくしなら――あの子の主のわたくしにだけは、あの子の居場所を見つけられる。


『ですが姫様。どのようにして……すぐに動かせる船があるのですか?』


 戸惑うセバスに、わたくしは目元を拭ってうなずいて見せた。


「ええ、お父様に認めさせたわ。

 マッドサイエンディスト相手なら仕方ないと、ご納得頂いたわ」


『――ま、まさか……』


 セバスは珍しく驚いた表情を見せた。


 そうよね。


 サーノルド王国で、恒星間転送路トランスファーゲートより速く――いますぐにファンタジーランドに行ける船なんて限られてるもの。


「あの子の為に用意したのよ。

 なら、わたくしが使っても問題ないでしょう?」


 胸を反らすわたくしに、セバスは深々とお辞儀して。


『では、宇宙港に予定変更を伝達しておきます。

 姫様、お早いお戻りを』


「ええ、頼んだわ」


 そうしてセバスを映したホロウィンドウが消えて。


 わたくしは両手を握りあわせて、額に付ける。


「――待ってて、ステラ……

 いま、わたくしが行くから……」

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