初めてできた女子の後輩が苦手な男子高校生のお話

あしゃる

第1話

 「ハッ、ハッ、ハッ」


 薄暗い廊下を、必死に走る。


 「ハッ、ハッ、ハッ」


 速く、もっと速く走れ。このままじゃ、追いつかれる。


 「ハッ、ハッ、……、ッ!?クソッ…!」


 行き止まり。いつの間にか、誘い込まれていた。どこにも逃げ道はない。


 「――――」


 ゆら。

 ゆら。

 揺れながら、アイツが姿を見せる。形は不明瞭なのに、何故か人だとわかるアイツ。ずっと揺れながら、オレを追いかけていた。


 「――――」


 ドッドッドッ、と心臓が早いビートを刻む。


 「……やめろ、来る、な」


 アイツは距離を詰め、手を伸ばす。オレの首へ、手を。


 「――――」

 「ァ、が、…め!」


 そして、その不明瞭な手で、首を絞める。

 息ができない。苦しい。

 更に血が昇って、心臓が早くなる。異常なまでのスピードで、血が巡っていく。

 ああ、苦しい。苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしい―――。


 「――本当に?」


 誰だ、オマエ。



 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ……………

 「……ゆ、め?」

 目の前には、見飽きるほどに見ている、寝室の天井。手を伸ばすと、未だに音を鳴らし続けているスマホにぶつかった。

 のそり、とベッドから身を起こして周囲を確認する。

 アイツは居なくて、あったのは日常。

 「何だ、夢、か」

 ホッとして、ゆっくり息を吐いた。

 そして、ほぼ無意識に言っていた。


 「残念だなぁ」





 最近、よく視界の端が光っている。しかも、特定の人物を見たときに限って。

 ちかちか、ちかちか。鬱陶しいぐらいに、瞬きやがる。


 ほら、今も。


 「あっ、センパイ!こんちゃっす!」

 「やっほー、いと


 一つにくくった髪を揺らしながら、彼女は近づいてくる。その姿を見るたびに、目が眩んだ。

 彼女の名前は藍染あいぞめ いと。オレの部活の後輩で、マネージャー兼プレイヤーと言う特殊な人物。一週間前の新入部員紹介で、部員たちが盛り上がったのは記憶に新しい。だって、テニス部ウチに女子が入るのは、初めてのことだったから。

 彼女はすぐに部員の名前を覚えて、学校内で出会ったら必ず挨拶、もしくは近づいてくる。

 正直、彼女のその姿勢が苦手だった。


 「あきらセンパイ、お昼一人なんすか?」

 「ん。今日はつるんでる奴等が諸用で、一緒は無理だと」

 「じゃ、私も一緒にいーですか?」


 にこにこ、人当たりのいい笑顔で彼女は尋ねる。視界の端が光っているのを感じながら、オレは頷いた。



 「今日ばり暑いっすよねー。4月の気温じゃ無い」

 「しょーがねーよ、人間の自業自得だ自業自得。…あ、鳥」


 中庭にあるベンチに座って、糸と昼飯を食べる。くだらない話をポツポツ話しながら、空を見上げていた。

 からあげうまー。と、彼女は幸せそうに呟く。


 「学校、どーよ?」


 そんな彼女を見ながら、気になったことを尋ねた。未だ糸は入学したばかりで、本来ならクラスメイトと共にいる筈なので。去年のオレは、そうしていた。


 「へ?」


 ぱちくり。という擬音語が聞こえるぐらい、糸は大きく瞬きをする。そして、すぐに笑った。


 「楽しいです!」


 ちかちか。


 あー、くそ。


 「……そっか」


 眩しい。

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