氷の執行官

お題:彼女の馬鹿 制限時間:30分


雪国は一年を通して寒いなどと、誰が決めたのだろう。冬は寒く、夏は暑い。盆地とはそういうものだ。夏季休暇を前に、半そでにネクタイといういで立ちは、あまりに酷なのではないか。

「朝倉君、おはよう」

「ん、ああ、おはよう。委員長」

彼女は石井。あだ名が委員長。ショートカットでコンタクトだが、性格のせいであだ名が委員長だ。

そもそも我がクラスに学級委員長の制度はない。

彼女の学級委員長たるゆえんは、単に保守的で、体制派で、ルールを守ること自体が目的の様な振る舞いの部分にある。

「ネクタイ、緩めない」

石井は彼女自身の首元を指差し、半ば睨みつけるようにして注意してくる。大人しく従い、ネクタイを締め、

「ありがとうな」

彼女の『正義の執行』について感謝を述べる。

彼女の場合、これが大人しい生徒だけでなく、いわゆるやんちゃな生徒に対しても同じなのだから、見ていられない。

聞いた話によると、先生に呼び出されて「トラブルに、巻き込まれる元だからむやみに絡まないように」と注意された挙句、その場では簡単な反論と心配に対する礼を述べたらしい。彼女の目的はルールを守らせることであり、それは教師も生徒も変わらないらしい。

自分たち自身の行いを、自分たちでルールに反するか、どちらがルールに即しているかを話し合い、行う。いわゆるセルフジャッジ制。彼女は幼いころからカーリングをして育ったらしく、ルールを熟知し、そのルールに自ら従うし、話し合い、落としどころを見つけることにかけての訓練を積んでいた。

だから彼女は自分自身にも厳しくしていたし、だからこそ、彼女は自分で自分の首を絞めた。


夏季休暇を終えた新学期から、彼女は学校に姿を見せなくなった。

朝からあの声が聴けなくなると思うと、それはそれでさみしいものだ。彼女は決して馬鹿ではなかった。一つ、気が付かなくてはならなかったのは、大抵のルールは厳密には守られず、それを守らせる役割には、大抵の場合労力に見合った報酬が支払われているということだった。それは、単に自分の労力を評価するだけでなく、権力のお墨付きでもあり、だからこそ皆を正せるのだと。

だから彼女は皆を正すことを諦めたのかもしれない。お疲れ様、委員長。元気にやってくれ、石井。


その後彼女の名前を聞いたのはテレビからだった。24歳になる年だった。

カーリング女子、日本代表。その若きキャプテン、またミックスの代表としても選ばれていた。

インタビューに答えた彼女の言葉で印象的だったのが「カーリングは、氷上のチェスとも言いますよね、それくらい頭脳戦でもありますが、勝敗は大抵互いの目視、必要に応じて計測となります。そのため、『必ず全員の納得』が、勝ちにも負けにも結び付いているところが私は好きですね」

全員の納得。それを得られるのは八人が限界だと、彼女は悟ったのだった。彼女は警察官にも、弁護士にも、裁判官にもならなかった。

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