元魔王様とリュシエルに迫る魔の手 11

 あまりにも突然の壮絶な出来事にその場にいた殆どの者達が言葉を失っていた。


「さて、問題も解決した事だし午後の訓練といくか。」


 結界を解除したジルが何事も無かったかの様に唖然としていたリュシエルに言う。


「え?あの、はい?」


 怒涛の展開にまだ整理が追いついていない様子だ。


「いやいやいやジル殿!今のは何だったのだ!それにブリオル達は何処へ消えた?」


 皆が思っているであろう事を公爵が尋ねてくる。

近くにいるリュシエルもコクコクと小さく頷いている。


「スケルトンが持っていったのを見ていなかったのか?」


「見てはいたがあの扉は何なのだ?冥府だとか王だとか聞こえていたのだが!」


「その言葉通りの意味だ。まあ、あまり詮索してくれるな。」


 冥府の王との関係性を深掘りされるのは面倒だ。

多少無理があるかもしれないが召喚魔法によって偶然召喚出来たと言う事にしておきたい。


「公爵様、ここは一旦。」


「…うむ。」


 アンレローゼが少し興奮している公爵を落ち着かせてくれる。

基本的にその身一つで稼ぐ冒険者の能力を聞き出す様な行為は推奨されていない。

それは公爵も分かっているので従ってくれた。


「ジル、今起こった事は現実なのですか?」


「どうだ?」


「いひゃいです。」


 確認したがっているので頰を軽く摘んで引っ張ってやるとリュシエルが涙目で抗議してくる。


「まあ、お嬢が自由に判断すればいい。」


「…。他国の貴族を害したと知れ渡ればシャルルメルトは…。」


 ジルには感謝している。

自分を付け狙うブリオルを排除してくれたので嫁ぎにいかなくてもよくなった。

しかしやらかしてしまった事の大きさは国家間の問題にも発展しかねない。


「その心配はいらないぞ。ブリオルの存在を知っているのはこの場にいた者のみなんだからな。」


「どう言う事ですか?」


 皆ジルの言っている意味が分からず困惑している。


「ブリオルはこの街に少なからず滞在していた筈だ。目撃者は多いと思うが。」


 公爵の言う通り昨日も宿屋に泊まっていた。

街中でも偉そうにしていたのを見ているのでブリオルの目撃者は多い。


「スケルトンが鳴らした鈴は魔法道具だ。想起と忘却の響鈴と言う名前のな。」


「初めて聞きます。ジルは知っているのですか?」


「前に同じ魔法道具を見た事があるからな。」


 製作者なので知らない訳が無い。

同じのを見た事があると言う言い訳で誤魔化しておく。


「ジル様、効果は何なのです?」


 シキも当然知っているのだが初めて見て驚いたと言う反応をしてくれていた。


「鈴の音を聞いた全ての者に効果を及ぼす魔法道具であり、冥府へと誘われる光景を見た者はその人物を忘れる事が無く、その光景を見なかった者はその人物の事を忘れると言う効果だ。」


「つまりブリオル達の事を私達は覚えているが街の者達は覚えていないと?」


「ああ、魔法道具の効果で出会った事すら記憶には無いだろう。」


 わざわざ冥府の王に鈴を鳴らさせたのはこれ以上ブリオル関連を余計な事態に発展させない為だ。

誰も覚えていないのなら復讐や戦争なんて事にもならない。


「ですが街の全ての者に聞こえていたかは分かりません。それにジャミール王国に入国してからシャルルメルトに到着するまで、他の街でも目撃者はいる筈です。」


 例えシャルルメルトの街の者達に効果を及ぼしても、それ以外の場所にブリオルの今回の目的を知っている人物がいたら怪しまれる可能性がある。


「鈴の音の効果範囲はこの国を余裕で超えるらしいぞ。なので誰一人覚えている者はいないだろう。」


「そ、そんな魔法道具があるなんて…。」


 魔王時代に作ったので破格の性能になってしまったのだ。

隣国くらいなら完全に効果範囲内だろう。

今頃当主が存在しない不思議な貴族が出来上がっている筈だ。


「ではもう会う事も無いのですね?」


「私利私欲の為にお嬢を奪い去り、目撃者を始末しようとした奴だからな。出て来る事は無いだろう。」


 冥府の王がそれを許す事も無い。

冥府へと連行された者がそこから出られた事なんて一度も無いのだ。


「そうですか、ふぅ…。」


「お嬢様!」


「大丈夫ですか?」


 リュシエルがその場に座り込んでしまうと騎士達が慌てて近付いてくる。


「すみません、安心したら身体の力が抜けてしまって。」


「色々会って疲れたのだろう。リュシエル、後の事は任せて休みなさい。」


「貴方達、リュシエルを部屋に連れていってあげて。」


「「お任せ下さい。」」


 騎士達に肩を貸してもらってリュシエルが立ち上がる。

皆無事に切り抜けられて一安心と言った様子だ。


「ジル、訓練はまた明日でもいいでしょうか?」


「構わないぞ。ゆっくり休むといい。」


「すみません、失礼します。」


 小さく頭を下げてからリュシエルは屋敷へと連れられていった。


「ジル殿、公爵家の問題なのに迷惑を掛けた。」


「本当に有り難う御座いました。」


 公爵達や使用人達がジルに向かって頭を下げてくる。

自分達だけなら確実にフラムに殺されてリュシエルを奪われていた。


「気にするなと言いたいところだが、恩義を感じてくれているのであれば、我の事はあまり他者に話さない様にしてくれ。」


「分かった、屋敷の者達に緘口令かんこうれいを出そう。」


 これでジルの規格外の強さや魔法適性関連が広まる事は無いだろう。


「助かるぞ。」


「感謝するのはこちらの方だ。ジル殿がいなければシャルルメルトは崩壊していたかもしれない。」


「貴方、早速皆に伝えなければ。」


「そうだな。ではジル殿、失礼する。」


「失礼します。」


 緘口令を敷く為に使用人達を集め始める。

早速実行してくれるらしい。


「アンレローゼ、我は腹が減った。」


「シキもなのです!」


「それは大変ですね。直ぐに美味しい食事を用意しますので屋敷に戻りましょうか。」


 公爵家の窮地を救ってくれたジル達に満面の笑顔を見せてアンレローゼがそう言った。

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