元魔王様とリュシエルに迫る魔の手 8

 フラムは想定外の強さを持つジルと戦いながら驚愕していた。

元Sランク冒険者と言う規格外の自分と戦える者が偶然居合わせた事にも驚きだが、自分の二つ名の所以とも言える力を悉く無効化されるのは初めての事だった。


「何度やっても同じだ。」


「くっ!」


「炎王と呼ばれている者の炎はこの程度か?」


 フラムが負けじと次々に黒炎を生み出すがジルの氷結魔法で強化された銀月によって相殺され掻き消される。

魔力だけがどんどん消費されていきフラムは内心焦る。


「何をしているフラム!遊んでいないでそんな者さっさと燃やしてしまえ!そしてわしをこの寒い場所から解放しろ!」


 ブリオルが身体を抱き抱えながら文句を言ってくる。

執事の上着を奪い取って自分が少しでも暖かくなる様にしているので、執事は寒さに震えて声も出ない。


「と言っているぞ?非戦闘員のおっさんには遊んでいる様に見えているらしい。必死に打開策を考え、生き延びる事に集中しているのにな。」


「あの現実の見えていないお気楽な雇い主が今は羨ましいくらいだ。俺はいつ凍え死んでもおかしくない極寒の中にいるのだからな。」


 氷結魔法で強化された銀月に触れるまでも無く、生み出す炎は周囲の冷気によって瞬時にその勢いを失っていくのでフラムにとっては最悪の状況だ。

それ程結界内は氷結魔法によって温度が下がっている。

フラムの息もはっきり見えるくらい白い。


「炎王が凍死とは笑えんな。」


「過去の自分に言っても信じないだろうな。俺の炎を凍らせる奴がいるなんて。」


 相手が人でも魔物でもこの黒炎で今まで無双状態だった。

まさかその黒炎を凍らせられるなんて想像も出来無い。


「世の中は広いと言う事だ。」


「その様だな。この国の警戒すべき者について調べる事を怠った俺の怠慢だ。だがただでやられてやる訳にはいかない。」


 フラムの目はまだ諦めていない。

この状況を打開する方法はまだある様だ。


「まだ何か隠し球でもあるのか?」


「残る魔力による全力を放ってお前を道連れにする。共に死んでもらうぞ。」


 全力の一撃によってジルを殺す。

その後フラムも魔力切れになってしまうので、騎士達に殺されるか捕らえられるだろう。

それでも目の前の敵を排除するのが最優先だ。


「面白い、国家戦力の全力を受けてやろうではないか。」


 ジルが攻撃する手を緩めてフラムと距離を開ける。

そして攻撃を撃ってこいとばかりにジルがフラムを見据える。


「…後悔するなよ?」


 フラムは黒炎を生み出して手に集約させる。


「ジル様、何故攻撃しないのです?皆慌てているのですよ。」


 フラムが攻撃の準備をしているのにジルはそれを見守っている。

リュシエルを始め公爵家の者達は今がチャンスなのではと焦っている。


「お嬢を安心させてやろうかと思ってな。」


「私を…安心させる?」


 何を言われているのか分からずリュシエルが首を傾げる。


「相手は元Sランク冒険者の国家戦力らしいが、お嬢は知っているか?」


「当然知っています。炎王フラム、隣国の冒険者崩れでどんな依頼も金を積まれれば遂行する最強の傭兵です。取り逃がせば更に犠牲者を生む事に…。」


「ここで始末するからそうはならん。」


 万が一の事を考えてリュシエルが青ざめているがフラムを逃すつもりは無い。

自分に敵対してきたのと放置するには危険過ぎると言う理由で確実に仕留めるつもりだ。


「お嬢、それだけ分かっているならよく見ておくがいい。この我の力を、この後の結末を。我がいる限り如何なる脅威も脅威足り得んと言う事をな。」


 それだけ言って銀月を鞘に仕舞う。

そしてフラムの様に手に冷気を集約される。

フラムも丁度準備が整った様だ。


「待たせて悪かったな。確か冒険者のジルと言ったか?」


「そうだ。」


「ジル、最後に炎王の名に恥じない俺の最高の一撃を見せてやる!極級火魔法、イグニクスハーティオ!」


 全てを蒸発させると思わせられる程の炎がフラムから放たれる。

極級火魔法の名に恥じない最高峰の火力だ。

それがスキルによって黒炎に変えられて威力が増している。

フラムの持てる最高火力の一撃なのだろう。


「これはさすがに熱そうだな。」


「受け止める気か?身体ごと蒸発するがいい!」


「ジル!?」


 リュシエルがその威力を見てジルの身を案じる様に結界に張り付く。

断絶結界があるので中には入れないが、フラムの一撃なら結界を破壊出来そうなので結界付近は危険だ。

と言っても結界に当たればの話しだ。


「慌てず見ていろ。お嬢を鍛えている冒険者はこの程度でやられる程柔では無い。我が近くにいる限り、そこは安全な場所なのだと言う事をな。」


 迫り来る膨大な黒炎にジルが冷気を帯びた手を向ける。


「フラムよ、我の適性の高さを恨むがいい。同じ極級とは言え、そこにも差は生まれるのだ。極級氷結魔法、コキュートス!」


 ジルが魔法を発動させた直後、フラムの放った黒炎がその手に触れた。

その瞬間、空中をジル目掛けて突き進んでいた黒炎が全て凍り付き、それを放っていたフラムの手も凍る。


「ぐわぁ!?」


 フラムの手を覆った氷はそのまま徐々に身体を凍らせていく。

周囲に黒炎を生み出して溶かそうとするも、ジルの氷を溶かす程の威力は無い。


「直接触れなければならず効果範囲が狭いのが弱点だが、それさえ達してしまえば相手に成す術は無い。」


「…こんな…とこ…俺…死…。」


 フラムの言葉にならない言葉を最後に、その全身がジルの魔法によって氷の彫像と化した。

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