元魔王様とお手軽金策事業 3
ドライフルーツを売りに向かったのはこの街で最も大きな商会、ビーク商会だ。
息子による乗っ取り騒ぎがあってジルも解決に一役買った商会であり、後継者がいなくなった今は領主のトゥーリが商会長となってセダンの街一番の商会として続いている。
セダンの街で暮らして長いのでそれなりに売る伝はあるが、選んだのはビーク商会だ。
ここと取り引きすれば、結果的にセダンの街全体に普及する事になるのでこの一箇所で事足りる。
「次のお客様どうぞ。」
店員に呼ばれてカウンターに向かう。
さすがに街一番の大手商会、時間帯に関係無く客が多くて常にピークタイムのギルドの様である。
「本日はどの様なご用件でしょうか?」
「物を売りたい。相場が分からないので交渉込みでな。」
なるべく高く売ってこいとシキから頼まれているので、交渉で少しでも高い値段にしたい。
「商品の売却ですね。それではそちらの控え室にどうぞ。中にいる職員と交渉をお願い致します。」
「分かった。」
店員に案内されて控え室に通される。
時間が掛かる、他の者に聞かれたくない、大口の取り引き等は控え室で行われる事が多い。
「どうぞお掛けになって下さい。」
中に入るといかにも交渉事に慣れていると言った感じのベテランの店員が座っていた。
勧められるままにソファーに腰を下ろす。
「本日のご用件を伺いましょう。」
「これの売却だ。交渉もさせてもらいたい。」
予め少しだけ取り分けておいたドライフルーツが乗った皿を取り出す。
「拝見します。」
店員はジルから皿を受け取って自分の近くに持っていく。
そしてよく観察して手で匂いを仰いでいる。
「ほほう、ドライフルーツですか。」
「数がそれなりにあってな。大口の取り引きをしたいからこの商会を選んだ。」
「懸命なご判断かと思います。」
ビーク商会に勤める者として商会の良い印象を聞けるのは嬉しいだろう。
あの一件で取り潰しの可能性もあったので、ここまで持ち直したトゥーリの手腕はさすがと言ったところだ。
「その皿は試食用だから味見してくれ。」
「では、お一つ。」
店員はドライフルーツを一つ摘んで口に運ぶ。
目を閉じてゆっくりと味わっている。
「口当たりも良くなんとも上品な甘さですね。」
店員の反応としては悪くない。
中々に好印象な様子だ。
「これ程のドライフルーツを作るのは苦労されたでしょうね。」
「まあ、そうだな。」
ジルは特に何もしていない。
だがシキが楽しみながらも頑張って作ってくれたのは事実だ。
「珍しい商品でもありますから是非買い取らせてほしいですね。」
「ん?ドライフルーツって珍しいのか?」
果物を乾燥させるだけなので商会でも普通に扱っているのではないかと思っていた。
「取り扱ってはいますが数は少ないですね。果物を切り分ける作業、乾燥させる広いスペース、害虫にも気を使ったりと手間が掛かるものですから。」
そう言われると確かに手間が掛かるなとジルも思った。
魔法道具のおかげで果物を切り分けるくらいの手間しかないが、実際に作るとなるとそれなりに大変である。
そこまでして作りたいと思う者は珍しいかもしれない。
「ちなみにどれ程ご持参して頂いたのでしょうか?」
「これで幾らになる?」
ジルはドライフルーツが沢山入った袋を取り出してテーブルに乗せる。
「これ全部がドライフルーツですか!?」
店員はその量に驚いている。
手間の掛かる物をこんなに用意しているとは思わなかったのだろう。
「それなりに手間の掛かる菓子だからな、色を付けてもらえると助かる。」
小金貨数枚は欲しいとシキは言っていた。
相手が提示する枚数を少しでも増やしてやるとジルは意気込む。
「それは承知しています。そうですね…、金貨1枚ではどうでしょう?」
「…ん?金貨1枚?」
予想外の店員の台詞に言葉に詰まる。
小金貨数枚と言う話しだった筈だがそもそも貨幣の位が一つ違う。
「納得されませんか。これ程のドライフルーツですからね。では金貨1枚と小金貨5枚ではどうでしょうか?」
「ん?」
最初の提示した金額で充分過ぎる額だったのだが店員が何を勘違いしたのか値段が更に上がった。
「や、やりますねお客様、ですが金貨2枚が限度です。これ以上ですと残念ながら当商会では買い取りは難しいです。」
店員が指を二本立てて苦しげな表情を浮かべている。
本当にこれが出せる限界と言ったところらしい。
「売らせてもらう。」
もう充分だったのだが更に値段が上がったところでジルは直ぐに返事をする。
最初に提示された金額の倍にもなってしまった。
特に交渉をしていないが大成功である。
「ふぅ、納得して頂けて何よりです。」
店員は2枚の金貨を準備して差し出し、袋を手元に寄せる。
良い取り引きが出来て満足と言った様子だ。
「これは定期的に売却されるのですか?もしその時も当商会を利用して頂けるのであれば金貨2枚で買い取りさせて頂きますよ。」
「それは有り難い、是非次回からも利用させてくれ。だが買い取りに関してはまだ終わっていないんだ。」
そう言ってジルがテーブルに同じ袋を追加で十四個出す。
「なっ!?まだこんなに持っておられたのですか!?」
「大口の取り引き目的だからな。これも同じ値段で買い取れるか?」
店員は一袋の状態で中の量が多かったので大口取り引きと思ったみたいだが、それは一先ず一袋の値段を決める為に出しただけであり、本当の大口取り引きはここからだった。
店員は驚きながらも全ての袋を喜んで購入してくれて、金貨30枚も手に入れる事が出来た。
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