44章

元魔王様と待望のスキル購入 1

 ジルが目を覚ますと見慣れた天井が目に入る。

セダンの街で滞在する時に常に利用しているいつもの宿屋のベットに寝かされていた。

身体を起こそうとすると重力魔法でも受けているかの様に怠くて動かしにくい。


「爆裂魔法を防いだところまでは記憶にあるから、その後に魔力切れで倒れたと言ったところか。」


「クォン。」


 ジルの声に反応して近くにいたホッコが嬉しそうに鳴いて飛び乗ってくる。


「看病してくれてたのか?ありがとな。」


「クォン!」


 ホッコの頭を撫でているとお腹が鳴る。


「腹が減った。」


 かなりの空腹状態であり早く何か口に入れたい。

重い身体に鞭を打って部屋から出る。


「ジルさん!目が覚めたのね!」


「リュカか。」


 階段を降りていくとテーブルを掃除している宿屋の看板娘であるリュカがこちらに気付いて駆け寄ってくる。


「意識が無い状態で運ばれてきた時は驚いちゃった。ジルさんが負傷しているところなんて見た事無かったから。」


 冒険者と言う生傷の絶えない仕事をしていても、その圧倒的な実力から怪我を負っている姿は見た事が無かった。

だからこそナキナ達に意識が無い状態で担がれながら運び込まれた時は女将もリュカも驚いた。


「多少は怪我もしていたが治っているな。ホッコが治してくれたのか?」


「クォン!」


「優秀な相棒を持って我は幸せ者だな。」


「ホッコちゃんはジルさんを心配してずっと側にいたんだよ。」


 神聖魔法を使えるホッコの存在は有り難い。

ポーションと言う不味い飲み物を服用しなくても怪我を治してもらえる。


「他の者達はどうしたんだ?」


「素材とかの売却に行くって言ってたよ。この後お金が沢山必要になるんだってさ。」


「成る程な。」


 ホッコの人化のスキルについてだろう。

どうやらライエルとの戦いが継続している様な感じでは無さそうだ。


「まあ、今はとにかく腹が減った。料理の注文をしてもいいか?」


 腹が減ってフラフラである。

このままではまた倒れてしまう。


「夕食には早いけど大丈夫だよ。」


「一先ず適当にオススメを三十人前くらい頼む。」


「さ、三十人前?」


 リュカは注文された料理の多さに思わず聞き返す。


「ああ、腹が減って死にそうなんだ。」


「ジルさんが沢山食べるのは知ってるけど、そんなに食べれるの?」


 普段から大食いではあるがそんなに食べているところは見た事が無い。


「そんなにと言うか更に追加で注文するつもりだぞ?今のは一先ずの注文だ。」


「その身体に何でそんなに入るのか理解出来無い。」


 ジルは冒険者にしては細い。

あまり大食いのイメージは想像出来無い。


「取り敢えず、夕食のメニューだった具沢山シチューとオーク肉のステーキが直ぐ出せるから置いていくね。」


「美味そうだ。さて、魔力回復の為に食いまくるぞ。」


 厨房に戻ったリュカが直ぐに戻ってきて食欲のそそられる料理をテーブルに乗せる。

早速料理を口に運ぶと一口更に一口と手が止まらなくなる。

リュカが厨房を行き来して料理の追加を持ってくるが、持ってきたそばからジルの胃の中に料理が消えていく。


「供給が追い付かないから、もう少し落ち着いて食べてよ。」


 女将は出掛けているのか一人で作っては運んでと忙しそうに走り回っている。


「そんな事を言われても手が止まらん。魔力切れ後は激しい空腹状態に襲われるのだから仕方無いのだ。」


「魔力を回復するポーションを飲むのは?」


「あんな不味い物は口にしたく無い。」


「ですよね~。」


 リュカの提案が通る訳も無く、暫く忙しく動いているとジルの食べる速度も落ち着いてきて、なんとか供給が追い付いてくる。


「と言うか客が少ないな。それに外が騒がしい様だが?」


 まだ夕食前ではあるがジル以外に一人も客がいないとは珍しい。

フライドポテト発祥の食堂なので最近はどんな時間でも人は一定数はいたりするのだ。


「気絶してたから知らないのかな?さっきセダンの街にまで聞こえる大爆発が魔の森であったんだよ。」


「…。」


 身に覚えがあり過ぎる言葉に思わず無言になる。


「何か厄介な魔物でも現れたのかって、領主様が騎士団や高ランク冒険者を召集して調査に向かわせてるの。」


「…そうだったか。お代わり。」


「だから早いってば~!」


 この話題はあまり深く触れない方がいいと判断して料理を食べる事に集中する事にした。

空腹は徐々に収まってきたがまだまだ料理は食べられる。


「ジル殿、目覚めておったか。」


「心配しました。無事で何よりです。」


「ただの魔力切れだって言ったのに心配性なんだから。」


 料理を食べていると宿屋の扉が開かれてナキナ達が戻ってきた。


「運ばせて悪かったな、助かったぞ。」


「こちらこそ助けて下さり感謝致します。」


「あの後は警戒してたけど追撃は無かったよ。自爆したのかもね。」


 周辺一帯を焼け野原にする程の破壊力を持った極級爆裂魔法だ。

放った本人とて無事では済まないだろう。


「何はともあれ全員無事で良かったのじゃ。そして素材の方も既に全部売却済みじゃぞ。」


「凄い量だな。」


 ナキナがテーブルに乗せた袋からキラキラと輝く金貨が山の様に見える。

これだけあれば異世界通販のスキルでも充分に足りそうである。


「高ランクの魔物の素材が多かったからのう。これでついに買えそうじゃな。」


「ああ、ホッコの新スキル購入の資金は万全だ。食事が終わったら早速購入するか。」


「クォン!」


 ジルの言葉に嬉しそうにホッコが鳴いた。

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