元魔王様と前世の配下 5

 ジルが空間把握で魔族を認識した方向に向かって進むと一つの小さな小屋が見えてきた。


「これなのです?」


「ああ、その中にいるぞ。」


 小屋で暮らしているのかは分からないが、今はその中にいる。

小さな小屋なので扉を開けば直ぐにでも対面する事になるだろう。


「隠していたのも納得なのです。貝の森に小屋は不自然なのです。」


 この森は貝と木しかない森なので、他の物が存在するだけで違和感が凄まじい。

隠していなければ直ぐにでも見つかりそうである。


「我は人族だから即敵対となる可能性もある。シキとライムは懐に隠れていろ。」


「分かったのです。」


 魔族がどんな対応をしてくるか分からない。

戦闘能力に乏しい者達は隠れていた方が安全だ。

シキとライムは言われた通りにジルの服の中に潜り込んでいく。


「ホッコ、我が許可するまで戦闘行為は無しだぞ。」


「クォン。」


 ホッコが一鳴きしてコクリと頷く。

賢い従魔はこう言った時にやり取りが短くて楽である。

ジルは小屋に近付いて扉をノックする。

意外にも中からどうぞと言う声が返ってきて、殺意も敵意も感じないのでジルは扉を開けて中に入った。


 小屋の中は必要最低限の物しか置かれていない様な状態で家具は少ない。

そんな部屋の真ん中に部屋の大部分を占めるテーブルと椅子があり、二人の魔族が扉に向かう形で椅子に座っている。


「これはこれは珍しいお客さんだねえ。」


「結界を潜り抜けて人族の坊やがこんなところまでくるとはねえ。」


 二人の魔族はフードを目深に被っているので口元しか見えない。

口元からしわがれた声が聞こえており、年寄りで女性なのは分かる。


「まあ、座りなさい。」


 老婆がそう言って手を翳すと、座ったまま動かずに対面の椅子を引き、テーブルにお茶を用意していく。

重力魔法を上手く生活に利用しており、相当な魔法適性や努力が伺える。

ジルは言われた通りに椅子に腰を下ろす。


「さて、要件を聞こうかねえ。」


 目はフードで見えていないがどこまでも心の中を見透かしてくる様な雰囲気である。

老婆と言っても長い時を生きた魔族だ、油断は出来無い。


「トレンフルの街に危害を加えるつもりはあるのか?」


 ジルは単刀直入に尋ねる。

この老婆達が人族の街であるトレンフルに危害を加えるつもりでここを拠点としているのであれば、放っておく事は出来無い。


 既にトレンフルの貴族家とは仲が深まり、住人にも交流のある者が幾らかいる。

黙って襲わせて知人が殺されるのを見ている事は出来無い。


 それにジルは魔王時代から無闇な殺生をした事は無く、配下の魔族達もそれに従ってくれていた。

なので魔族の老婆達がそう言った事をするのであれば元魔王として二人の身の為にも止めてやりたい。


「魔族を前にしているのに随分と落ち着いた坊やだねえ。」


 老婆の一人が興味深そうに言う。

元魔王の頃に魔族なんて数え切れないくらい見てきたので、人族に転生したからと言って物珍しさは感じない。


「確か人族の街の名だねえ?こんな老いぼれにそんな元気は無いねえ。」


「ただ静かに朽ちるのを待っているだけさね。」


 老婆達は静かにそう語る。

言葉からも敵意の類いは一切感じられない。

本当にトレンフルの街の事を何とも思っていない様子だ。


「朽ちるのを待つ?」


 少しだけ不穏な単語が聞こえたので聞き返した。


「ああ、そうさ。この命さね。」


 一人の老婆が己の心臓を指差して言う。

隣りの老婆もそれに頷く。


「生きる理由を失ったのさね。坊やが討伐しようとしても抵抗する気は無いよ。逃げはするけどねえ。」


「この歳になっても痛い思いはしたくないからねえ。」


 二人はくつくつと静かに笑っている。

詳しい理由は分からないがこの場で寿命が尽きるのを待っているらしい。


「であれば場所を移すべきだと進言する。このままでは痛い思いをする事になるかもしれないからな。」


「ほう、どう言う事かねえ?」


 ジルの言葉を聞いて老婆が尋ね返してくる。


「結界による効果が噂として密かにトレンフルの街で広まっているらしい。その内冒険者や騎士が派遣されてくるかもしれないぞ?」


「おやおや、そうだったかい。充分保ってくれた方かねえ。」


「場所の移し時だねえ。静かで気に入っていたのにねえ。」


 ジルの言葉を聞いて老婆達が残念そうにしながら立ち上がる。

猶予はまだまだあると思うが早速移動に取り掛かる様だ。


「何か手伝いがあればするぞ?」


 魔族であれば逃走の手伝いをシキに頼まれている。

小屋一つ移動させるくらい簡単な作業である。


「ほう、私達が魔族と分かっていてそんな事を言ってくれるのかい?優しいねえ。」


「でもあいにく魔族が人族を信じる事は難しいのさね。だから協力なら支配した状態で頼もうかねえ。」


 老婆の一人が突然ジルに手を翳してくる。

殺意も敵意も無い状態での咄嗟の素早い行動故に反応が遅れた。

何かしらの魔法がジルに使用されている。


「悪い様にはしないさね。引っ越しが終わったらここでの記憶を消して元通りさね。」


「クォン!」


 ジルが何かを企んでいた場合の保険の為であって、一生奴隷にしたりとかそう言った事では無さそうだ。

何らかの不思議な力を受けているジルを心配してホッコが鳴く。

こんな時でもジルの言い付けを守って攻撃はしていない。


「これで魅了は成功さね。」


「安心して頼めるねえ。」


 老婆がジルの支配に成功した事で安心した様に言う。


「悪いが効いていないので安心は諦めてくれ。」


 二人は安心し切っていたので次の瞬間に聞こえたジルの言葉で心底驚いた様な雰囲気が伝わってきた。

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