元魔王様とシキの契約者 12
二人の戦いを観戦していた者達は風の檻が出来てからの現状は分かっていなかったが、突然風の檻が霧散して凄まじい業火が噴き出してきた事に驚き、腰を抜かしている者もいた。
かなり距離を取っているのにも関わらず、その熱気が肌でしっかりと感じられる。
驚きと危険を察知して我先にと去る者すらいる。
「ふむ、咄嗟の判断でよくやるものだ。」
ジルは涼しげな表情で目の前のブリジットに言う。
超級魔法と言う魔力消費の高い魔法を発動したのにジルにはまだまだ余力がある。
「はぁはぁ、まさかこれ程までに力の差があるとは…。」
対するブリジットは肩で息をしている状態だ。
風の鎧のスキルを常に発動させて激しい動きを繰り返している。
それに加えて上級魔法の連発となればその状態も当然だ。
むしろよく保っている方だと誰もが思うだろう。
そんなブリジットと戦って平然と付いていけているジルが異常なのだ。
「そろそろやめておくか?」
見るからにブリジットは限界が近い。
そろそろやめ時だろうとジルが声を掛ける。
「…そうですね、これで最後としましょう。」
そう言ってブリジットが細剣を構える。
その表情からは一矢報いると言った気持ちが伝わってくる。
呼吸を整える様に一度大きく息を吸い込んだ。
「参ります!」
風の鎧のスキルによって身体全体に纏っていた風を細剣を握る腕に全て集約させる。
そして残った魔力も腕の魔装に使用する。
膨大な力が細剣を持つ腕に集まっていき、大技を予感させる。
「旋風迅!」
細剣を持つ腕がジルに向けて突き伸ばされる。
それによって先程放たれた上級風魔法の様な荒れ狂う暴風が剣先から再び発生する。
しかしその威力は先程の比では無い。
今のブリジットがもてる全てを集約させて放てる文字通りの全力の一撃だ。
「面白い、消し飛ばしてやろう。」
ジルは真っ向から受けて立つとばかりに荒れ狂う暴風を前に銀月を構える。
その銀月を膨大な魔力で魔装していく。
「フレイムエンチャント!」
魔装に加えて上級火魔法を発動させた事により銀月が熱を帯びて火の粉を撒き散らす。
銀月の刀身が透明感のある銀色から少し赤みがかった色へと変わった。
「ふっ!」
荒れ狂う暴風目掛けて銀月を振り下ろす。
それは一瞬の出来事であった。
ブリジットの放った全力の一撃がジルの振り下ろした銀月によって霧散する。
荒れ狂う暴風は消え去り辺りには銀月から発生した火の粉だけが静かに舞っている。
激しい音が絶え間無く響いていた演習場を静寂が支配した。
「…完敗です。」
己の全力の一撃が一瞬で消し飛ばされたのを見て、満足そうに微笑みながらブリジットが呟く。
もう立っていられる力も残っていないのか、ブリジットは力無くその場に座り込んだ。
10分程ブリジットがミラに世話をされて、戦闘の疲れが癒えてきた。
タオル、ポーション、ドリンク等を持ってきて与えている。
騎士でもあるが貴族の令嬢でもあるので、ミラの対応はとても丁寧である。
「ふぅ、もう大丈夫です。ありがとうございました。」
ミラに甲斐甲斐しく介抱されて戦闘の疲れが癒えたブリジットがお礼を言う。
「いえいえ、こちらこそジルさんがすみませんでした。」
お礼を言われたミラは申し訳無さそうに頭を下げる。
周りから見ていても明らかに模擬戦の域を超えていた。
「何故謝っている?単なる模擬戦だぞ。」
「どこが模擬戦ですか!やり過ぎですよ!」
ジルの言葉を聞いたミラが腰に手を当てて怒っている。
さすがに模擬戦と言えど貴族の令嬢相手にやり過ぎだと判断されてしまった。
そのミラの言葉に残って観戦していた者達も大きく頷いているので、周りからは総じてそう判断されている様だ。
「特に大怪我をさせた訳でも無いだろう?」
「代わりに演習場が大変な事になってますけどね!」
ミラが周りを指差して言う。
二人の戦闘の余波によって演習場の地面はボコボコである。
とても訓練に使える状態では無くなってしまった。
今はギルド職員や冒険者が土魔法で整地してくれている。
「それに私言いましたよね?やり過ぎて怪我をさせたら駄目って言いましたよね?」
ポーションを使ったので大丈夫ではあるが、ジルとの戦いでブリジットは怪我や傷を負っていた。
これがポーションで治らないレベルであれば、貴族の令嬢を傷物にしたと問題になっていたかもしれない。
「仕方無いだろう、ブリジットが思いの外強かったのだからな。」
最初は超級魔法なんて使うつもりは全く無かった。
しかし戦っているうちにブリジットの強さに感化されて興が乗ってしまったのだ。
「事前にそんな事を言われていたのですね。」
疲れが癒えたので立ち上がって会話に混ざる。
ジルとミラが二人で話していた事なのでブリジットは聞いていなかった。
「あ、いや、その…。」
ミラは気まずそうに言葉を濁す。
今の話しの内容だとジルに手加減をしろと言っている様なものだ。
これではブリジットの実力を下に見ている発言となってしまう。
「気にしていませんから大丈夫ですよ。実際貴方の思う通りジルさんの方が強いのですから。」
「す、すみません。」
ブリジットの言葉にミラが謝る。
貴族にそんな事を言えば不敬罪と言われてもおかしくない。
今回は相手が良かった。
「だから言ったのです。ジル様が最強なのです!」
シキが腰に手を当てて威張っている。
小さな身体でやっているので愛らしい仕草である。
「ふふふ、確かにシキの言う通りでしたね。いえ、想像以上でした。」
予想よりも遥かにジルの実力は高かった。
実際に戦ったブリジットにも底が見えない程である。
結局全力を引き出す事すら出来無かった。
「改めてジルさん、模擬戦を受けて下さりありがとうございました。」
そう言ってブリジットが頭を下げる。
自分の我儘に付き合ってくれたので素直に感謝している様だ。
「満足したか?」
「ええ、貴方と知り合えた事が、今回セダンを訪れた一番の収穫かもしれませんね。」
そう言って上機嫌にニコニコと笑っていた。
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