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帰りのバスは、行きと違って静かだった。

窓際に座り、窓を開けて、窓枠に肘をついて景色を眺める私の横では、4人が目を閉じて寝息を立てている。


「浩司ー、私と千尋はちょっと家に寄るから、適当な時間なったら先に学校に行っててー」

「おう、遅れんなよ」

「浩司じゃないんだから」

「……」


日向につくと、私と由紀子は3人と分かれて、由紀子の家に向かった。


「でさー、千尋、ちょっとこれ着てくんない?」


渡したいものと言われて出てきたのは、紺色の浴衣だった。

私は少しの間ポカンと由紀子を見る。


「お下がりのお下がりでさ、貰ったはいいんだけど私には少し大きくて…お直しするくらいならって、親が新しいの買ってくれてさー」

「そう…それで」

「千尋なら私より背も高いし、大人びてるからいいかなーって」


そういって由紀子はじりじりと私に詰めよってくる。

拒否権は…ないらしい。


「なら、貰おうかな」

「ごめんね、なんか押し付けたみたいで」

「全然…」


私はそういうと、由紀子の部屋でパパッと浴衣に着替えた。

寸法はピッタリだ。

何度か体をひねってみたり、腕を動かしたりしたが、動作も問題ない。


「ピッタリ」

「うんうん…見込んだ通り似合ってる!」


由紀子はサムアップして私の周りを見回した。


「じゃ、夜はこれで行こうか!」

「…」


私はコクリと頷いた。


それから、由紀子と2人で夜に持っていくものを準備したりしながら時間をつぶし、日が傾いたころに家を出る。


由紀子から借りたサンダルで学校までの道のりを歩き、学校につくと、すでに先生が花火の準備をし終えている頃だった。


「こんばんはー」

「……」


周囲には校庭で遊んでる小学生の子供たちと、浩司と義昭。

加奈は小学生にも満たなさそうな子の面倒を見ていた。


「こんばんは、元川さんと前田さん…あら、浴衣?」

「私のあげたんです、大きかったから」

「似合ってるわ…大和撫子ね」


先生の言葉を聞きながら、私は内心苦笑いする。


「あ、お財布返しておきますね、レシートも入ってます」

「はい、お疲れ様でした!」


横でテキパキと準備する先生と、由紀子を眺めながら、私も手伝える範囲で手伝う。

とりあえず、手近にあった花火を開けて、何本かを浩司に渡すことにした。


「はい」

「?…ああ、花火か」

「他の人にも渡しておいて」


そういって、セットになってたものをすべて彼に押し付ける。


「おいおい、この量は1回分じゃねぇよ」

「そうなの?」

「花火やったことねぇのか?」


呆れ顔の彼をじっと見て、コクリと頷いた。


「ほら、1本持てよ」


浩司はそう言って、まとめて渡したうちの一本を私に渡す。


「この大人数じゃな、1本づつ大事に使わないと、あっという間に無くなっちまう」

「……」

「せっかく夜遅くまで騒げるんだ、無駄にするわけにいかないだろ?」


浩司はそう言って、ポケットから祖父が使っていたライターを取り出すと、慣れた手つきで火をつけた。


「それ…」

「クク、偶には禁煙さ」


そう言って浩司は周囲の子供をあっという間に集めて、私にやったのと同じように、花火を持たせて火をつけて回る。


あっという間に手持ち花火で周囲が明るくなった。


「……」


私はそんな様子を見ながら、じっと手に持った花火を眺める。

それは、数十秒で消えて、灰となった。


「あ、千尋ー、終わった花火はこの中に入れてね」


消えた花火をじっと見ていると、由紀子が私に言った。


「綺麗だね」


私は水の入ったバケツに花火を入れながら言う。

正直な本心だ。他意はない。


「あら、花火はやったことないの?」

「音だけしか聞いたことなかった…バン、バンって」


私は校庭に置かれた樹脂製のベンチを見つけて腰かける。

由紀子もついてきて横に座った。


「…なんかさ、千尋って都会っ子って感じしないよね」

「まぁね」


私は手持ち花火をもって校庭を走り回る小学生と、浩司と義昭を眺めながら言った。

都会っ子らしくない…か、それはそうだろう…と言い返すのはできないことだ。


「なんか不思議な気分」

「?」


姿勢正しく座って、何を言うわけでもない私をじっと見ていた由紀子は、そう言ってベンチの背もたれに腕をかけ、私のほうに体を向けた。


「向こうで何があったか知らないけどさ、こっちでは楽しく過ごそうよ」

「…?」

「なんかさ、千尋を見てるとなんか心配になるのよ、この子本当に感情あるのかしらって」


何を急に、と言いたげに私は由紀子を見返す。


「もう2週間とちょっと、毎日どこかで千尋に会って話してるけど、一度も笑顔なの見たことないの」

「ああ…それは」


私は笑えない体質だから、と言い出したのを由紀子が制した。

私は少し目を見開いて口を閉ざす。


「夏休み中には絶対笑わせてあげるんだから!」

「…」

「そんな悲しそうな目で見ないでよ」

「いや…」


私はそう言って、口元を少しだけ上げる。


「自分で言うのもなんだけど、私は暗い女だからね」


そう言って目を閉じて口角を上げて肩を竦める。

目を開けてから由紀子を見ると、由紀子はポカンと口を開けて私をじっと見つめていた。


「……うん、絶対に満面の笑みにしてあげる」

「頑張って」


私はそういうと、花火を貰おうかとベンチを立つ。

由紀子も私についてきて、二人でカラフルな持ち手の花火をもって、火をつけた。


「……」


何も言わずに、じっと…花火が消えるまで、綺麗なそれを眺め続ける。

そして、花火が消え、由紀子に目を移すと、彼女は何かいいたげに私を見ていた。


「昼のこと?」


どこか、怯えたような顔で見ていることから察して、私は彼女に声をかける。


…そういえば、ここにきて2週間ちょっと経つが、自分から話しかけられるのは由紀子と浩司だけだ。

…だからどうとは思わないが…


「いや、それも気になるけど、他にね」

「?…」


この花火1回分の間に何があったのか

さっきまでは私を笑わせて見せるといっていた由紀子は何処へやら。


「今年の祭りの後、神社の例大祭があるんだ」

「…」

「何年かに1回、例大祭の後に、代表者が何処かで海の神様にお祈りをするらしいんだけど…浩司が選ばれたらしいの」


由紀子はポツリと言い出す。


「親から聞いたことだから、確証はないんだけど……まだ本人にも家にも言ってないらしいから」

「…どうしてそれを?」

「うちの親、役場の総務課の部長なんだ…昨日、酔って帰ってきて、持ってきた資料を床に散らかしてね…それを片付けてるときに見ちゃったんだ」

「…?」


彼女がどうしてそんなに沈んだ顔をしているのか、サッパリな私は表情を変えずに彼女をじっと見つめる。


「資料には12年に1回って書いてたの…でも前回の代表者は誰も知らないし、そもそも可笑しいと思うのは、いい時期だっていうのに誰も例大祭のことを話題に上げないのよ?」

「夏祭りがあるから…では?」

「それもあるけど…なんか引っかかるの…」


由紀子は向こう側で遊ぶ浩司に目を向ける。


「資料の最後にね、何チャラ電波を流して住民の記憶をどうたらって…読んでるうちに怖くなってきて」

「…」

「なんか、浩司がいなくなっちゃう気がして」


由紀子はそういうと、彼女には似合わない苦笑いと肩を竦めるポーズで私を見た。


「なんか変だよね、浩司見てたら急に心配になって」


繕う彼女を見ていた私は、まだ空いていない袋から取り出した花火を1本渡しながら言った。


「…頭に入れておこう…」


最初はいつもの表情で、でも、彼女は少し強張ったのを見て、私はできる限り柔らかな表情を作るように努めて彼女を見る。


「でも、由紀子がそんな顔してたら、私はいつまでも笑えない…ほら、笑って見せてよ」

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