Chapter.4『ふれあい-理都輝&紬衣』

彼女の荒い息使いを無視してその子は相手を責め続ける。別にサディスティックな思いから来る虐める事への快感では無いのだが、それは愛するが故の裏返しなのかもしれない。


「……痛い」

「痛くない」

「んにゃ、痛い」

「死にゃしない」

「かも知れないけど痛い」

「じゃあ最後!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~~~~」


まるで魔物に襲われたかの様な叫びは授業中の体育館に派手に響き渡り、教師を含めて全員の視線が漫画の効果に使われるベタフラッシュの様に突き刺さる。二人一組で行われている体育の授業前の準備運動の柔軟体操。


「こ、こら、妙な声出すんじゃない。それじゃあまるで私が襲ってるみたいじゃないか」

「で、でも、ホントに背骨折れるかと思ったから」

「あんたの体が硬すぎるのよ、ホントに普段から」

の柔らかさが異常なのよ」

「私はの体操部で毎日ハードな練習をこなして来た証なの、努力無しで手に入れた物じゃない、うりゃっとどめっ!!」

「んぎゃぁぁぁぁぁぁ~~~」


再び引き渡る利付きの悲鳴、そして帰ってきた周りの反応、今度は大きな笑い声だった。汗がうっすらと滲んでその湿り気が紬衣の掌を敏感にして彼女が付けている下着の感触をリアルに伝えてくる。少し大きめの胸を抱える紬衣の下着は結構ごつくてその重みにしっかり耐えるものだったのだが、彼女は何時も肩凝りに悩まされ、それを訴える度に理都輝は甲斐甲斐かいがいしく肩を揉む。


気持ち良さそうなその表情とほんのり感じる彼女の香りは理都輝の心を蕩けさす。香りは視覚以上の刺激になって心の内側に火を着ける。そのまま口付けしたくなる衝動を内に必死で仕舞い込みながら不自然で無い笑顔を作り上げる自分のしたたかさにとこ時驚くことが有る。


……愛する人に接する時、人は、特に女は内面を曝け出す事に憶病になる。


★★★


教室に差し込む午後の日差しはかなり高いところから降り注ぐ季節が訪れていて、校庭のポプラの葉の緑がきらきらとその光を反射させる光景が広がる昼休み。


「ねぇ理都輝、次の試合っていつなの?」

「え、なんで?」

「うん、応援に行ってあげようかなって思ってさ」

「……え~~~いいよ、無様に負けるところを見せたくないし」


理都輝の困り顔を見ながら紬衣は眉間に皺を寄せる。


「なによ、さっきは日々の鍛錬がどうのこうの言ってたじゃない」

「うん、まぁそうなんだけど、人間、好不調の波って言うものが有って、今度の試合は不調の底に当たりそうな気がしてさ……」

「そんな事が分かるもんなの」

「うん、ちょっとね、重なりそうなんだ」

「重なるって……ああ、成程、理都輝、いつも辛そうだもんね」


苦笑いを見せる理都輝の頭をなでなでしながら少し悲しそうな表情を見せ、ポツンと小さな声で呟いた。


「私、理都輝のレオタード姿好きなんだけどな」


その言葉に理都輝の眉尻がピクリと動く。


「理都輝の脚、ホントに奇麗だから」


なでなでを止めずに紬衣は笑顔を作って見せるとそのほんわかした表情で理都輝を見詰める。


「な、何中年のおやじみたいなこと言ってんのよ」

「ううんマジだよ、理都輝の脚を抱きしめて一晩寝てみたい」

「なんだそれ」

「こ・く・は・く……」


さらさらと吹き込む風に髪の毛がふわりと揺れる沈黙の時間……


「ば、ばか、何言ってんのよ紬衣は禁断の女の子なのか!!」


紬衣はこくりと頷いて見せた。そして、クラスメートがさざめく中で理都輝の額にちゅっと口づけ。それに気づいた周りの視線が体育の時間に引き続き、二度目のベタフラッシュ的に集まる視線。緩やかに微笑む紬衣の顔を見詰めながら理都輝は頬を染めたまま。本気の両思いだった事に気付いた理都輝は机の下から手を回し紬衣の手を握り締める。彼女のそれが回答だった。


教室の窓から吹き込む初夏の風は緩やかに二人を祝福した、柔らかな手と手のふれあいと共に。

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