ノラカゲ!2nd season ~Sadistic Stray Shadow~
№1 おはよう!
「……く……っそ……!」
満身創痍の影子が、ぎり、と奥歯を食い締める。真っ黒のセーラー服はぼろぼろになり、あちこちに墨汁のような血液が散っていた。自慢の三つ編みもほつれ、チェインソウをかろうじて支えている腕もずたずたになっている。
その燃え滾る赤い瞳から闘争の炎が消えようとしていた。彼女の本分たる戦いに臨むだけのちからが、もはや影子には残されていなかった。
やがて影子はチェインソウを取り落とし、その場にがっくりと膝を突く。うつむき、こうべを垂れるその姿はまさに敗者だ。
そんな影子を見ていられなかった。
「影子!」
叫びながら駆け寄ると、影子は弱々しい仕草で顔を上げ、名前をつぶやいた。
「……ハル……?」
「もう大丈夫だ、僕がいる」
ハルは影子を片腕に抱えると、巨大な『影』をぎろりとねめつけた。
「……お前の好きにはさせない!」
その気迫に『影』がおののくと、ハルはおもむろに左手をかざした。
「『光を、この手に』!!」
叫びが天に届けば、ハルの左手はまばゆい輝きを放った。真っ白な光に包まれた左手には長大な光の爪が生え、闇を圧する。
「いくぞ……っ!!」
そっと影子を横たえ、ハルは左手を引っ提げながら『影』へと飛び込んでいき……
「……ん……んん……?」
夢と現実との切り取り線上から浮上し始めたハルの感覚がまずとらえたのは、からだにのしかかるような重みだった。
スズメたちが窓の外で鳴いている。ということは、このまぶしい光は朝日だろうか。寝ぼけまなこをこすりながらベッドから起き上がろうとしたハルだったが、それは叶わなかった。
寝起きで混乱する頭で必死に現状を認識する。ここはハルの部屋だ。ハルは昨晩この部屋のベッドで眠りについて、今すこやかな目覚めを迎えている……はずなのだが。
「おーはよ、ダーリン♡」
耳慣れた邪悪な声音が降りかかる。いや、一聴する分には鈴の転がるような少女の声なのだが、ハルは知っていた、この声で繰り出される数々の罵詈雑言を。
そして、ようやく自分が置かれている状況に思い至った。
ベッドの上のハルを押し倒すような格好で、真っ黒なセーラー服の三つ編み眼鏡の少女がまたがっているのだ。にたにたと楽しげに笑いながら。
「……かげ、こ……!?」
「なかなか燃えるシチュだろ? 幼馴染がいたらこんな風に起こされたいなー、みてえな?」
くくく、と喉を鳴らすのは、ハルの影から生まれた、ハルのイデアでありハルの陰の部分である影子だ。傍若無人、一騎当千、天上天下唯我独尊、そんなドSでありながら、ハルを主人と慕うハルのうつしみ。
……こんなのがハルのイデアであるというのがいまだに信じられないのだが。
「い、家には出てくるなって言っただろ!?」
影子に押し倒されながら、ハルが必死に抗議する。が、影子はどこ吹く風でにんまりとハルを見下し、
「知らね。アタシはアタシの出たいところに出るんだ。これでもご両親に見つかんねえように配慮してやったアタシ、あーやさし!」
べろん、と舌を出しながらウインクする影子。ぜんぜんかわいくない。
「まったく、なんで期末テスト明けに家に出てくるんだよ!? こっちはやっとゆっくり休めると思ったのに!」
「期末テストぉ? んん、なんかあったなぁそういや」
「君も受けてたじゃないか!」
「そんな気もするぅ」
「授業中『影』で遊んでる君は赤点だろうけどね! 僕は頑張って勉強してたんだ! そして疲れてるの!」
「ふは、ガリ勉クン乙ー」
「これで留年とかになったら知らないからな!?」
「はっはァ、誰に向かってモノ言ってんだっつーの」
「とにかく! 親に見つかったら大変だから早く影に戻って!」
「んだよ、つれねえなぁ。ココは大変元気に張り詰めておりますがァ?」
そう言って、影子はテントを張っているハルの股間を膝でごりごりと押した。いわゆる朝立ち、生理現象だ。
ハルはたちまち顔を真っ赤にして影子の下から強引に抜け出し、
「うううううう、うるさいなぁ! 仕方ないだろ!? 早く影に戻れ!」
「ふはは! 童貞丸出しの反応ゴチソウサマー♡ とりま満足したから戻ってやんよ」
這いつくばって部屋の隅でがたがた震えるハルを差し置いて、影子は笑いながらハルの影に沈み込むようにして消えていった。
本当に戻っただろうな……?とおそるおそる自分の影を見詰めるが、影子がまた出てくる気配はない。ひとまずは安心して、ほっと一息つく。
……まあ、どうせ通学路でまた出てくるのだろうけど。
現在、影子はハルの親戚として同じ高校の同じクラスに所属している。しかも、ただのクラスメイトではない。
影子は教室の女王なのだ。
かつてハルに降りかかっていたギャルからのいじめを粉砕し、影子はクラスの女王として君臨するようになった。それからはやりたい放題だ。
学食のチープなきつねうどんが大好きで、常に意地悪く笑い、そしてハルの大切な従者である影子。
「……まったく」
苦笑いしてため息をつくと、ハルは立ち上がり、顔を洗って制服に着替えることにした。朝ご飯を食べれば出発だ。今日はアクシデントがあって少し早いが、遅刻するよりはマシだった。
登校中に影子が出てきて、また大騒ぎするだろう。以前は、もうひとつ習慣にしていることがあったのだが……
……ハルはそこで考えるのをやめた。
過ぎたことだ。悔やんでも仕方がない。
少しセンチメンタルになりながらかぶりを振り、ハルは顔を洗いに階下の洗面所へと下りていった。
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