№5 教室の女王
「塚本影子です! 塚本ハル君の親戚で、両親の転勤があって引っ越してきました! この学校のことまだよくわからないけど、みなさんよろしくお願いします!」
本当にやってきた。
教室の壇上でにこやかに転校の挨拶をする影子を前にして頭を抱える。外面はいいのか、教室のクラスメイト達も受け入れムードだ。
「じゃあ、慣れてるだろうから塚本ハルの隣の席がいいだろうな」
担任教師がろくでもない提案をする。まったく、冗談じゃない。
影子が隣の席までやってくる途中の道に、ふと足が出された。その足は一ノ瀬のもので、引っかけるつもりだろう。周りの女子がくすくす笑っている。影子は前を向いたままその足には一瞥もくれず……
げし、と蹴りつけた。
「いって!」
一ノ瀬が悲鳴を上げると、影子はひとがよさそうに笑って、
「ごめんなさい! こんなところに大根が生えてるなんて知らなくて!」
言ってのけた。教室中にこらえきれない忍び笑いが広がる。ただ、一ノ瀬だけが敵意丸出しの眼差しで影子を睨みつけていた。
無事席にたどり着いた影子は、教科書を見せてもらうためだろう、ハルの席に机を寄せてくる。ついでに、ひそひそ話。
「……今の女だな?」
「……そうだよ」
「へーえ、けっこうかわいいじゃん?」
「かわいいだけだよ」
「アタシよりも?」
「ばっ……!」
言われて、ついつい頭の中で比較してしまった。一ノ瀬は、たとえて言えば太陽を燦々と浴びて輝く南国の花だ。色鮮やかで、しかし太陽の元でしか生きられない。
影子は、その真逆だった。月下美人的な美しさがある。夜にしか咲かない、白い花。艶やかで、蠱惑的で、刹那的な美。
どちらが美しいかと聞かれれば、頭をひねることになるだろう。
やがて授業が始まり、そんなことも忘れてしまった。
――事件が起こったのは、昼休みのことだった。
「さあ、便所飯の時間ですよー塚本クン」
取り巻きに囲まれて、意地の悪い顔をしながら一ノ瀬が席までやってくる。
ハルは鋭い目つきで一ノ瀬を睨み上げ、席から立ち上がった。そのただならぬ様子に、一ノ瀬がたじろいだ様子で後ずさりする。
「なっ、なんだよ……?」
ひるんだ一ノ瀬に対して、ハルが取った行動はある意味実力行使だった。
スカートの端を握りしめ、思いっきりまくる。ふわりと舞ったスカートから丸見えになったのは、水色の下着だった。
「きゃああああ!?」
赤面してスカートを押さえる一ノ瀬に対して、ハルはニヒルに笑って言う。
「水色か。見た目ギャルでも清楚気取りたいお年頃か? ま、似合ってるからいいけど」
「……見たな?」
涙目でこちらを睨みつける一ノ瀬に、ふっと息を吐いて肩をすくめる。
「堪能させてもらったよ。君、水色似合うな」
「なっ……!?」
「それに、もっと大人しめなカッコすればいいのに」
頬に手を伸ばしたハルを見つめ、一ノ瀬はますます真っ赤になって目を白黒させ――
「オイ、聞いてんのか塚本ぉ! キモい目でひとのスカート見てんじゃねえ!」
ガン!と机を蹴られて、ハルの妄想は終わりを告げた。実際は鋭い眼差しで睨みあげてすらいない。びくびくとおびえた目をしてからだをこわばらせている。
「淀んでんだよ教室の空気が! おめーがいるせいで! わかったらとっとと便所飯行け!」
「で、でも、今日は影子と……」
「転校生となんなんだよ? なあ?」
一ノ瀬が澄ました顔で隣に座っていた影子に視線を向ける。
マズい。これは、出会ってはいけないふたりだ。
「は?」
「おめーも仲良く便所飯すっか? けどまあ、男子トイレで便所飯してもらうけどな」
今朝のことを根に持っているのだろう、けらけら笑って重い罰を与えようとする一ノ瀬。
取り巻きも愉快そうに笑っていて、外周の知らんぷり勢は今日も関わり合おうとしない。
影子は……にこにこ、笑っていた。
しかし、目は笑っていない。
危険な兆候だ。一ノ瀬は気づいていない。
影子は唐突に筆入れの中からシャーペンを取り出した。そして、一ノ瀬と相対するように立ち上がる。
次の瞬間、影子は一ノ瀬の足元に足払いをかけた。あえなく床に倒れ伏した一ノ瀬に、間髪入れずに馬乗りになる。
教室で暴力沙汰はマズい。止めようとすると、影子はシャーペンの先を一ノ瀬の目の上にかざした。なにをするつもりだろうか?
「はーい、カウントダウンー。まずはアタシを引っかけようとした罪ー」
かちかちかち。シャーペンをノックすると、その分芯が伸びる。その芯の鋭い切っ先は少しだけ一ノ瀬の眼球に近づいた。
「ひっ……!」
「ケバいブス面晒した罪ー。取り巻き連れてボス猿気取ってる罪ー。アタシに男子トイレで便所飯なんざさせようとした罪ー」
かちかちかちかちかちかちかちかち。罪の数だけシャーペンはノックされ、芯が進んでいく。もうすぐ一ノ瀬の眼球の表面を突き破りそうだ。
「やっ、やめ……!」
「あっ、そうだー。たった今しがた、おぼろげながらも思い出したわー。あとは……塚本ハルをじめじめじめじめしたやり方でイジメた罪ー」
あと数回ノックすれば、一ノ瀬の眼球は串刺しになるだろう。ぐ、と影子が手にちからをこめたところで、一ノ瀬が泣き出した。
「ご、ごめんなさい! もうイジメませんから! ねえ、やめてよ!? やだ、誰か助けてよ!?」
取り巻きもドン引いていて、誰も助けようとしない。所詮彼女らは手下でしかなく、友達ではなかったようだ。
にやり、笑って影子はようやく一ノ瀬の上からどいた。そして、まわりを見渡して朗らかに告げる。
「他にも罪があるひとはたくさーんいるよな? んん? 取り巻きのお嬢さんがた、それと、見て見ぬふりしてるてめえら。眼球針山にしたいのはだーれだ?」
しん、と教室が静まり返っている。たしかに、暴力は振るっていない。だが、影子はすでに恐怖でクラスメイト達の人心を掌握していた。
「あー、シケてやがる。ガッコってこんなもんだけっか? もっと青春しろよてめえら」
「影子! もういいから、学食いこ!」
凍り付いた教室の空気にいたたまれなくなって、ハルは強引に影子の腕を引いて教室を出ようとした。去り際、影子が一ノ瀬に向かって言う。
「あ、今度はおめえが今日から便所飯な。二週間で許してやっから、せいぜい臭くておいしいランチタイムをご満喫あれー」
ひくり、一ノ瀬の肩が震えた。おそらく、彼女は従うだろう。今や、教室の主は影子となったのだから。
影子の腕を引いて食堂へ向かう。道すがら、怒ったような声でささやきかけた。
「なんてことしてくれたんだよ……!」
「なっさけねえご主人様の代わりに、アタシが不埒な輩を成敗成敗してやっただけだけどぉ? これでイジメもなくなって、ハッピースクールライフが始まるぜ」
「にしたって、みんなドン引きしてたじゃないか! 僕まで変な目で見られたらどうするんだよ!?」
「いいじゃん。どうせあんなメスガキ一匹にへーこらしてた連中だ、大したことねえよ」
はあー、と深いため息をついて肩を落とす。
塚本の親戚の転校生はヤバい。つまり、塚本もヤバい。
そう思われるのがいやなのに。
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