第二次元種接近遭遇 その4

「彼は元の世界へ帰してあげようか」


オーナーにとっては何気ない一言、むしろ慈悲ですらある提案なのでしょうが、私は頭がカーッとなってしまいました。


「オーナー!」

「えっ、はい」


私が珍しく机を叩いたりするから、彼は目を丸くして驚いていました。そもそも上司に対して許されない態度ですが、当時の私には、それを気にするだけの冷静さはありませんでした。


「あなたは何も知らないからそんなことが言えるんです! 彼がっ、どんな気持ちでっ! 何っ、をっ、思って! 毎日っ、あんな、クエっ、クエストに、挑んでいるか! どれだけギルドのっ、ために頑張ってっ、えっ、いるかっ!」


オーナーはますます驚いていました。そりゃ目の前でいきなり、幼児でもない部下が呼吸を乱して言葉に詰まりながら大声を出したら、誰だってそうなりますよね。

でも私には関係ない。喉が張り付くみたいに、涙腺が痛くなって、また頬が熱く濡れて、心臓と肺が異常に収縮するけど、関係ない。もう自分でも制御できずに、全部しかありませんでした。

クロードさんの真実を。彼の優しさを


見た目や住んでる世界とかじゃない、純粋な彼という存在を見てほしくて。ただその一心で。






「落ち着いたかい?」

「はっ、はひっ……」


オーナーは途中で無理に宥めたり、何か口を挟むことなく一通り、静かに話を聞いてくれました。私が言いたいことを止めず、繕わせず、時間がかかっても最後まで、受け止めてくれました。そして私が全て言い尽くし、息を整えるのを見届けてから切り出したのです。


「君とクロードくんの気持ちは、じゅうぶん伝わった」

「……」

「彼がどれだけウチによくしてくれてるか、必要な人材かは理解したよ。そして」


オーナーは椅子から立ち上がると、こちらに背を向け窓の外を眺めました。


「最初はあれだけ彼を不安視し、僕よりも拒否反応を示していた君が、今はこんなにも彼と心を通わせている。正直僕は感動しているよ」


振り返ったオーナーは、満面の笑みを浮かべていました。神話のような、慈悲深い笑みを。


「やっぱり彼にはウチにいてもらおう。稼ぎとかじゃない、のない人材だ。立派な一人の仲間だ」

「オーナー……!」


私が感謝と歓喜を喉まで出しかかると、オーナーは手で制し椅子に座りなおしました。


「もう要件は済んだから、早く受付に戻りなよ。いつまでも不在じゃみんな困るし、部屋で女の子が泣いてるのは僕が困る」

「はっ、はいっ!」


私は溢れた涙を指で拭って、それを最後の一粒としました。そして


「ありがとうございました!」


晴れやかにオーナーの部屋を辞するとそこには、



「モノノちゃん」

「み、皆さん⁉︎」



冒険者の皆さまが、決して広くはない廊下に集まっておられるではありませんか!


「ど、どうなさったんですか?」


何やら皆さま、少しモジモジするようなご様子。ややあって先頭のタツヤさんが頭を掻きながら呟きます。


「その、さ。モノノちゃんの声、下の階まで響いてたんだよね」

「えっ!」


なんということでしょう! 私ったら恥ずかしい!

しかし向こうも恥ずかしそう。


「それで、さ。俺たちも彼のことを今更理解してさ。あんなこと言って、よくなかったな、って」

「そんな、とんでもない! 気にしないでください!」


俯き気味のタツヤさんを宥めていると、彼の横からゴルゴナさんが私の肩を叩きました。


「私たちの反省と『ごめんなさい』を言いにきたのはもちろんだけど、今はそれよりもさ」


彼女がタツヤさんごと傍へ寄ると、集まっていた皆さまがサッと道を開けます。その先から歩いてくるのは、



「あなたに一言言いたい人がいるのよ」

「クロードさん‼︎」



いつもの、我々とは違って浮いている見た目の、だけどそれが素敵なクロードさん。私の前で止まると、そっと手を握ってきました。

微かな震え。体温よりも深く伝わる温かさ。美しいポリゴンの結晶たる涙。


そして、きっとムービーからの引用であっても、彼の心の底から飛び出した、



『ありがとう……!』



そこから私もクロードさんも、ギルドの誰もが、言葉は要らず一つになったのです。






 それから数日後のことでした。


「いやぁ、モノノちゃんがそんなにゲーム世界の住人と相性いいって知らなかったよ。というわけで君がやりやすいように、また一人スカウトしてきたんだ。今度は前のゲームより古くて『はい』『いいえ』でしか会話できないし体はドットだけど、よろしくね?」

「はああああああ‼︎⁇」


そういうことじゃねぇよボケオーナー‼︎






『本日の申し送り:ポポポポ ポポポ ポ   モノノ・アワレー』






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