おのれメロス その4

 私の斜め後ろ、二階へ続く階段。その床板をギシッと言わせながら歩み寄ってくる長身の無精髭ぶしょうひげは、そう、



我らがギルドオーナー!



いかにも『スキル:ナンパ』を体得していそうな、ちょいワルオヤジ的風体。そんなヤツが村長へ言い含めるように語りかけます。


「確かにおっしゃることは大変ごもっとも。お気持ちは分かります。ですがぁ、うん。その問題は結局、彼女たちを連れ帰っても解決しないんじゃないでしょうかね?」

「なんだと?」


オーナーはエルフの女性一人に歩み寄ると、彼女の手を引いてワタルさんと繋がせました。瞬間、エルフの雪のごとく白い頬に、椿がポッと咲き乱れ(渾身の比喩表現)。


「ふふ。ご覧のように彼女ら、残念ながらウチの冒険者に、心底惚れてしまっている。恋する乙女の気持ちは修道女シスターの身持ちより堅い。このまま無理矢理帰しても、どうせ村の男と結婚したりしないでしょう」

「むぐぐぐ、しかし……」


いえ、世の中そんな純情乙女ばっかりじゃないですよ。私なんかお金とか……。や、余計な口を挟むのはやめておきましょう。お金も村のエルフより、ウチの冒険者さまの方が稼いでいるとは思いますし。


「お気持ちは分かるし、村を窮状に陥れるのは僕だって心苦しい。でも仕方ない。そこで提案なんですが……」


オーナーがニヤリと笑う。知ってる。あれって詐欺師スマイルっていうのよ。


「こちらがお金を払うので、それで彼女たちを引き取らせていただくのはいかがでしょう? そしてあなた方はそれを資金に村を復興したり移住者を誘致したりする。これが現状一番の落としどころだと思うんですが」

「う、うぅむ……」


なんか人身売買の話になっている気がしますが、気にしない気にしない。オーナーは奴隷商人とか娼館のオーナーにピッタリな顔立ちしてるけど、知らない知らない。そもそもこれが解決策になるとは思えないけど、気づかない気づかない。


そんな悪魔みたいな提案を受けたエルフ男衆。しばらくヒソヒソと話し合ったあとに、チラッと女性陣の方を見て、


「……」

「……」


冷たい視線を返されたのが決め手か、力なく首を左右へ振り、ため息をつきました。


「……仕方ない。そうしていただこうか……」


あーカワイソ。力がない男って無惨なものね。






 こうして彼らは虚しく大金を抱え、村へ帰っていったのです。

私はその哀愁に満ちた背中を見送りながら、オーナーにポツリと話しかけました。


「しかし、儲かっているとはいえ、あんな大金ポンと出せましたね」

「ウチも評判勝負の商売みたいなところあるからね。それを金で買えたと思えば、悪い支出じゃない」

「そうじゃなくて、よくもあれだけのお金が手元にありましたね、ってことです」


するとオーナー、またもやニマニマ悪いスマイル。



「あぁ。今日、職員のみんなのボーナス払おうと思ってたからね」

「は?」



今、何やら聞き捨てならんことが。


「え、は、え? それってつまり?」

「モノノちゃん、ボーナス出ないけど我慢してね?」

「ぶえええぇぇぇぇぇ‼︎⁇」


んなバカな⁉︎ そんな無法がまかり通るわけないでしょう⁉︎

しかしオーナーは私の抗議を封殺するように、エルフの女性陣と話を始めてしまいます。


「ということで、差し当たって君たちの住む家が必要になるわけだけど、僕のツテでいい不動産紹介してあげるよ。家賃は……、まぁ、連れてきた君たちが責任を持つよね?」


オーナーが今回の元凶三人へ目を向けると、彼らも力強く頷きます。そりゃそうですよねぇ! あなた方は金貨で雪合戦できるほど稼いでますからねぇ!

そんな私の怨嗟えんさの声も知らず、


「やったぁ! メロスさま‼︎」


一人のエルフ少女が飛び出して、彼に飛びつき頬へキス。


勇者は、ひどく赤面した。

ボーナス削られた受付嬢は青ざめていた。






『本日の申し送り:優しすぎる人が多いので、心を鬼にすることを徹底させましょう。   モノノ・アワレー』






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