感情罪 ~喜怒哀楽が罪だとしても~
熟々蒼依
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2027年元旦。日本国民は、感情を持つことを禁止された。そのきっかけとなったのが、2026年末に突如アメリカがロシアと断交を宣言した事だった。
その後アメリカは日本に対し武装化を強要。これを受け、日本政府は法整備を通して国民全員を徐々に兵士とするための訓練を開始した。こうして政府が最初に行った法整備こそ、「感情罪」の施行である。
これは「人前で喜怒哀楽を表現した者を罰する」法律だ。しかし人前でなくても、号泣したり怒鳴ったりなどすれば即時逮捕されてしまう。
このように警察は感情表現をかなり厳しく取り締まっている。また政府も、法律の施行と共にあらゆる娯楽に対し検閲網を敷いた。その検閲網に活動を邪魔されたあらゆるメディアは、毒にも薬にもならないつまらない物を垂れ流すしかなくなってしまった。
それから月日が流れ現在2050年。誰の目にも光がなく、心なしか街の景色もモノクロに見えるこの国に私こと黒崎美緒は暮らしている。丁度今は――彼氏にフラれている最中だ。
「……そういうわけで俺、元々付き合っていた彼女と身を固める事にしたんだ。だから別れよう。二年も付き合わせてごめんね」
「わかった。じゃあね」
そう言って私は男の前から去る。目に溜まった涙を、誤って外に押し出してしまわない様に気をつけながら。
電車で30分かけて家に帰ってきた私は、部屋の電気も点けずに壺が置いてあるテーブルに駆け寄る。そして壺を両手で持ち上げ、壺の開口部に口を押しつけた。そして壺の中で一頻り絶叫したあと、壺を置いた私は力なく床に倒れた。
「最悪……バカ正直に全部白状しやがって、感情的に怒れないのを良い事に……」
右の拳を強く握り、開いた左手に思いっきり打ち付ける。目からは涙が止めどなく溢れていて、頬を伝うそれが化粧を洗い流して私の顔面を滅茶苦茶にしている。
滅茶苦茶なのは顔面だけじゃない、心もそうだ。夢だった弁護士を辞めてまで挑んだ初めての恋がこんな酷い形で終わったので、私はこれ以上生きていたくないとさえ思っている。
とりあえず風呂に入ろうと体を起こした私の目に、ふとまな板の上に乗った果物包丁が入ってきた。思わずそれを手に取ってしまったばかりに、月明かりに照らされて光るそれに惚れかけてしまう。
(……さっきの叫びで枯れた喉がキシキシと痛む。辛いなあ、切り取ってしまいたい)
無意識に私は包丁の刃先を喉元に近づける。ある瞬間それに気づくも、それが私の本心なんだろうと止めることをしなかった。大体、こんなクソみたいな世でこれ以上生きてたって良い事無いし。
遂に刃先が喉元に触れ、刃を握る手にじんわり力が入り始める。痛みに喘ぐのが嫌で、私は一気に刺し込もうと決意して1度喉元から刃を離した。その時――
ドンドンと力強くドアを叩く音がした。その音にビックリした私は包丁を落としてしまい、今まで綺麗に思えていたそれの印象が一瞬で危険な物へと変わって後ずさりしてしまう。
その間もドアを叩く音は止まない。私はドアに駆け寄ってドアスコープ越しに外の様子を見ると、焦ったような表情をしているの一人の少年が見えた。
(外に居ながらも感情を剥き出しに……ああ、分かったぞ。彼は最近出始めた「エモイスト」って奴だな)
エモイスト。そう呼ばれる人々は全国各地におり、特徴的なのは自分がどこに居ようと素直に感情を露出させる事だ。
さらに彼等は検閲が始まる前の映像作品や音楽、雑誌などを沢山コレクションしていると言われており、警察は彼等エモイストを精力的に逮捕しに動いている。
エモイストを庇ったと知られれば私も逮捕される。しかし、今の私はそんな事など気にならなかった。
(死ぬのはこの子を助けた後にしよう。弁護士を目指したのも、誰かの救世主になりたいっていう意欲が始まりだったし)
しかしそう決心した頃には既にドアを叩く音は止んでいた。急いで外に出て、隣の部屋のドアを叩こうとしている少年を呼び止める。
「なあ君。匿って欲しいんだろ? なら私の家に来なよ」
「……! いいの!?」
「少し汚いけど我慢してね。どれだけ泊まっていくか分からないけど」
はしゃぎながら私の部屋に飛び込んでいく彼。その様子を見た私は、生まれて初めて笑うことが出来たのだった。
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