常に溺愛してくれる恋人はカッコよくて可愛くて~転生してもチート能力なんていりません。恋人さえいればいい。ハーレムもいりません。恋人がいればいい。何度でも言うが恋人さえいればいい~

嬉野K

チート能力なんていらない

僕は強いから

第1話 姫姫

「おめでとうございます! お2人ともチート能力を持っての転生が決定しました!」


 目の前の女神らしき女性は、いきなりそんな事を言い始めた。


 真っ白の部屋だった。清潔感という次元じゃなく真っ白。汚れという概念が存在していないという感じの部屋。


 そんな場所で、机を挟んで向かい合う女神は言った。


「彼女さんはなんと、巨大化能力! そして彼氏さんは……じゃじゃーん! 能力を与える能力!」


 やけにテンションの高い女性にたじろいでしまっている。


 そのまま女神らしき女性は続ける。


「あなた達の異世界での名前は……彼氏さんがレックスで彼女さんがエリザベスですね。それぞれの世界で頑張って。まぁチート能力あるから大丈夫でしょ」


 そう言って女神は書類にハンコを押しかけるが、


「待って」来世でレックスになりかけている男が、「それぞれの世界って、なに?」

「それぞれの世界はそれぞれの世界ですよ。レックスさんとエリザベスさんは、別の世界に転生するんです」

「それは困る。というかレックスって何? 今のままがいいんだけど」

「えぇ……?」女神は怪訝そうに、「……チート能力持っての転生ですよ? しかも超絶イケメンと美女での転生ですよ。無双ハーレムですよ?」

「いらない」即答だった。「彼女と同じ世界に行きたい」

「彼女って……エリザベスさん?」

「できれば名前も同じがいいな。ひめさんと同じ世界がいい」

「ふぅん……」


 女神は手元の資料を確認して、


「……一ノ前いちのまえレイと、ひめひめのカップル……たいした名前だね。一ノ前いちのまえレイ……さらに、ひめひめ? ひめって名字の子に、ひめってつけるかね」

「両親が再婚してひめになったんです」答えたのはエリザベス、ではなくひめひめ。「気に入っていますよ、この名前は」

「そりゃ良かった」さらに女神は資料をめくって、「……街で噂のバカップル。公衆の面前でイチャイチャして、多くの恋人がいない人間を怒らせてきた。しかも……うえぇ……」


 資料を読み進めていくにつれて、女神の顔が歪んでいく。


「……なんだこれ……誕生日はお互いに4月1日……そんでお互いの誕生日に、お互いが999本のバラを送りあった?」

「そうですね。おかげで部屋が大変なことになりました」


 999本のバラ+999本のバラ。約2000本のバラが部屋を埋め尽くすことになった。


「狂ってるねぇ……」女神は肩をすくめて、「あんたらバカップルじゃない。ただ狂ってるだけだ。長い時間転生先斡旋してるけど、ここまでの狂人は見たことがないよ」

「ありがとうございます」別に他人にどう思われようが関係ない。「それで……どうですか? 私は、レイくんと同じ世界に行けるんですか?」

「通常は無理」

「特例があればいけますか?」


 女神はひめをしっかり見つめて、


「……転生する世界を選ぶことは普通できない。だけれど……さっき説明したチート能力とかをすべて犠牲にするなら、ギリギリいけるかな」

「じゃあそれでお願いします」これもまた即答だった。「レイくんのいない人生なんて、意味ないですから」

「……」女神はため息をついて、「……キミたち……本当に狂ってるね。少しくらい恋人離れしたら? そうだね、人生一回分くらいは、離れてもいいかも」

「嫌です。なにを犠牲にしてでもレイくんと一緒にいたいです」


 女神も対応に困っているようだった。


「……2人に聞くよ? 本当にいいの? 2人が離れたら、チート能力と最高の容姿を手に入れられる。だけど同じ世界に行くならチートはなし。容姿も名前も今のまま。そりゃ今のキミたちの容姿だって悪いとは言わないけど……」

「このままがいい」レイが言い切る。「ひめさんと一緒がいい。今のままの関係がいい。チートなんていらないよ」

「……もっと詳しく言うと、キミたちが転生する世界には魔法がある。だけど、キミたちは魔法を使えなくなる。いわば無能力だね。身体能力も前世のままになるんだけど――」

「じゃあ好都合」レイは自信たっぷりに、「無能力? 関係ないね。僕は強いから」

「大した自信だねぇ……」女神も説得は半ば諦めているようだった。「今時、珍しいねぇ……多くの人がやり直し願望を持ってるってのに。今の人生なんてクソだから、別の人生でやり直したいって思ってる人が多いのに。キミはそんなに、今の自分が好き?」


 女神はさらに書類をめくって、言葉を続けた。


「彼氏さんは……料理が下手で、彼女さんは超絶怒涛の音痴だろ? カラオケでの最高点数52点。他にも欠点はいっぱいある。むしろ欠点のほうが多い。そんな自分が、それでも好き?」


 レイとひめが、一瞬だけ目線を合わせる。そして、


「そうだよ。ひめさんが僕のことを好きでいてくれるから。だから僕も僕が好き」

「同じくです」ひめも同意する。「レイくんが好きになってくれた私……そんな私が大好きです」

「うぉ……」女神は拳を握って、「殴りてぇ……殴っても無罪でしょ、こいつら」

「この世界の法律を知らないので、なんとも言えません」

「あ、そう」女神はもはや諦めて、「わかったよ。今のままの姿で、キミたちを同じ世界に転生させればいいんだね。代わりにチート能力もハーレムも完璧な容姿もないよ。その世界の人々は魔法使うし、強い人も多いよ。それでもいい?」


 レイとひめは即断でうなずいた。

 恋人と一緒にいられるなら、なんでもいい。


 2人にあるのは、その気持ちだけ。


 ……ひめはちょっとだけ、自分の音痴を気にしているけれど。


「ああ。じゃあさっさと行ってしまえ。それ以上見せつけられたら、頭がどうにかなりそうだ」


 というわけで、女神は書類にハンコを押す。


 瞬間、2人の目の前が歪んだ。


 どうやら転生が始まったらしい。

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