第8話『天然と腹黒』
「リシャーナ様、おはようございます」
クリスティーナ様と一緒に朝早く学院へ出てきました。
元々のんびりした者が多いため、まだ人気も少なく油断していた私は突然かけられた言葉に反射的に飛び上がってしまいました。
「ひっ! お、おはようございます。 クラリアス様」
カイザール・クラリアス伯爵子息。
七歳だったか八歳だったか、その頃に父様がダスティア公爵家に連れてきたのがこの男。
歳は私より一つ歳上でクラリアス伯爵家の令息らしいのですが。
「どうぞカイザールとお呼びください。 リシャーナ様、そちらの御令嬢は?」
人好きする笑みを浮かべては居るものの、この笑顔が嘘っぱちなのは知ってます。
この人苦手なのよね。
「初めましてクリスティーナ・スラープと申します」
スカートの裾を軽く摘まんで礼をして、笑顔をカイザール様に向けました。
「カイザール・クラリアスと申します」
カイザール様も名乗りクリスティーナ様とお互いに笑顔を向けてます。
向けてますが……なんだ、この薄ら寒い感じは。
「さて、お互いに挨拶も済んだことですしリシャーナ様、こんな早くに学舎へいらっしゃるなんていかがなさいました?」
「あー、そのー、えーとー」
「リシャーナ様は登院するのが恐い私の為に、一緒に付き添って下さいましたの」
そっ、そうそう! 大筋は間違ってない。
「そうでしたか、リシャーナ様は大変お優しくていらっしゃいますね」
「そうですの。 私の様な者にも優しくして下さいますし、親身になって下さる聖女様の様な御方ですわ」
ちょっ、あのークリスティーナ様よ、それは一体どこの誰のことかな?
「そうですね。 一見物静かな御令嬢に見えますが、大変気骨のある方です。 先日の啖呵は素晴らしかった」
「えっ、クラリアス様。 もしかして御覧に?」
「ええ。 大変凛々しくていらっしゃいましたよ」
うーわー。 見られてたかぁ、まぁあれだけ人が集まってたんだから仕方がない。
しかも主役は客寄せパンダな悪名高い第三王子殿下。
「昨日は学院中がその話題で持ちきりでしたからね」
「まぁ、そんなに?」
「ええ、首輪が付いたと」
うむ、合ってるだけに否定できん。
「まぁ、なんなら鎖もついていればお散歩できますね」
いやいや、待て、待ってください! クリスティーナ嬢そんな無邪気に言うような内容じゃないからね?
名前は出してないけど。 場合によっては不敬罪ですよ!?
「ええ、本当に鎖もつけていただいた方がこの国のためかも知れませんね」
ちょっ、この伯爵家コンビ危ないんじゃ? しかも何気に意気投合してません?
クリスティーナ様、わかってて言ってます?
「国のため、ですか? 先日学院に紛れ込んだ犬を保護した時のリシャーナ様の手際と私が飼います! って言った啖呵は見事でしたけど、学院中の話題になるなんてあの犬はそんなに貴重な種だったのですね」
ん? あれ? あれれ? 犬ですか、確かに紛れ込んだ犬は捕まえましたけど犬の話をしてたっけ?
カイザール様の眉間がピクピクしてますけど、大丈夫ですよね? なんの話をしてましたっけ? バカ王子の話をしてたと思ってたんだけど迷い犬の話でしたっけ。
う~ん私までわかんなくなってきたんですが、カイザール様のこの信じられない生き物を見るようにクリスティーナ様を凝視しているところを見るとカイザール様は多分バカ王子の話をしてたんでしょう。
「あー、なんと言うか。 クリスティーナ様は純粋な方なのですね……」
「ええ、私も先日の一件から親しくさせていただいてから気が付きましたわ」
カイザール様、言いたいことはわかります! 真面目にあの王子殿下が国を継ぐのも頭痛の種だけど、この令嬢が未来の正妃様って言われちゃね。
魑魅魍魎が跋扈する貴族を纏めるのがこの二人ってどうよ?
晩餐の皿の上に乗ってるようにしか見えませんよ、喰われちゃう!
「リシャーナ様、是非ともルーベンス殿下とクリスティーナ様の再教育を宜しくお願い致します。 でないと国が潰れてしまう」
うーめんどくさい、やっぱり二人かぁ。 王子一人でもめんどくさいのに。
「はぁ、なんでクリスティーナ様にルーベンス殿下を更生させますなんて大見得切っちゃったんだろう」
後悔先に立たずです、失敗した。
「こんなことなら第二王子殿下を引っ張り出した方が早かったかなぁ」
真剣に悩み出した私にクリスティーナ様は相変わらずのほほんと首を傾げているし。
「いや、第二王子殿下では国内に無用な争いの火種となります! ここはルーベンス殿下が後継となられるのが最善です!」
ちょ! カイザール様詰め寄らないでください。 近い近い!
「いや、でも父様が大変優秀な方だと言ってましたし」
「それでも第三王子殿下の方が良いですよ! あの容姿は外交や社交では大変有用ですし、クリスティーナ様と並べば見ごたえ抜群です」
「それでも有用性が見た目だけって不味くありません? 王族はそれだけでは勤まりませんよ。 父様の胃に穴が開いてしまいますわ」
「ですからその為にリシャーナ様が再教育されるのでしょう?」
むむむ、そんなに第二王子引っ張り出すの不味いかしら。
「なんでしたら、カイザール様にも手伝って頂いてはいかがですか? リシャーナ様だけでは大変ですし」
「はっ!?」
「おー! クリスティーナ様ナイスアイデア! それ採用、早速陛下の勅命貰ってきます!」
「ちょっ、リシャーナ様お待ちください! 私はそんな」
どっちにしても二人は無理! しかも武術なんか私に出来ないしよし巻き込もう。
「カイザール様、クリスティーナ様を御守りしててくださいねえぇぇぇ……」
言い逃げごめん!
捕まる前に逃げるように馬車つき場まで全力疾走で走り始めました。
「うぁぁ、俺の平和な学院生活が!」
「うふふっ、これから宜しくお願い致しますねカイザール様」
がっくりと地面に膝をついて項垂れたカイザール様の背中を撫でながらクリスティーナは新たな仲間に微笑みました。
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