寝取られ男のセットリスト①『始まりはいつも涙』歌・作詞・作曲:Mion 編曲:Reo

 探偵の意味不明な提案、ミュージシャンざまぁ…何か変なマジシャンの名前みたいだな…


 いや、それよりヒーさん…いや、昔会った姉ちゃんの友達…ミドリさんが何故か土下座している。


 どうやら…ヤッてしまっていたらしい…


 コレは言い訳だけど…俺は自覚するほど酒に弱い。

 だから飲まないようにしてるぐらい弱い。

 打ち上げの多いバンド活動、うまくいかなかった原因の一つでもある。

 何故なら打ち上げに殆ど参加しなかったから。未成年だし、それを言えばまぁ逃げれた。

 好意的に見ればストイック、しかし大体は何様のつもりだと言われ叩かれた。

 でも飲んじゃうと記憶を失うから…

 そして失っている間に…今回の…いや、酷い言い訳だな…


「ウチは…ただでさえ失うものが無いのに…更にやっちまって…ごめん…ヒー坊…いや、尋也…さんの好きにしていい…ケジメ取れと言われれば何だってする…やれと言われればその元カノのやらに詫びにだって行くよ…」


 でも、ヒーさん…いや、ミドリさんの言い分はおかしい。

 酔っているとは言え、彼女がいたのに浮気したのは俺だ。


「ちょちょ、尋也さんは流石にやめて下さい…それに俺は彼女いたのに手を出したんですから…一番悪いのは俺でしょ?…だから土下座はやめてくださいよ…」


 まぁ今から桐子に『俺も浮気したんだ、だから無かった事にしよう』なんて展開には絶対にならないしな。


 その時、大きい何かが喋った。


「そんな事よりオレの話を聞けよ、ミュージシャンざまぁを…」


 タツさんを忘れてた、この人は何を言ってるんだ?

 

「さっきから…それは何ですか?」


 鷹のような目でこちらを見た後に、フフンとドヤ顔で話し始めた…


「ミュージシャンざまぁ…とは!お前がミュージシャンで有名になって、元カノがもう遅いする、ざまぁだ!」


 小学生レベルの提案にギョッとした。

 凄まじいガバガバな提案と日本語に一瞬思考が止まった…何年後の話をしている?

 

「ぐ…具体的には?」


「厶!?それは…眼鏡とヒロが既に考えをまとめてあるらしい。では、ここにサインを…」


「「え?」」


 奥から先程の事務員の眼鏡の人と、奥にいる男性が声を揃えて言った。


 何だか良く分からないが『ざまぁ許可』と書いてある謎の書類にサインした。

 冷静に考えれば、こういう時は絶対にサインしちゃいけないんだよな…まぁそれこそこの人に言わせる所の『もう遅い』けど…



 ミドリさん…いや、本名は翡翠でヒーさんで良いんだよな?

 タツさんに2人で外に出された、また連絡するという雑なコメントと共に…


「何か外に出されちゃいましたね…」


「あぁ…出されちゃったなぁ…じゃなくて!?話がおかしくなってるぞ!」


 どうしようかなと考えている所にヒーさんが大声で話を戻した。


「その…ウチは…どうすれば良い…いや、あんな話聞かされた後だから…その…ごめん…」


「いやいや、もう謝るのはよして下さい!俺こそホントすいません!酔った不覚で色々とやらかしたみたいで…ハハ(笑)」


「おお!?いやウチこそヒー坊…いや尋也に迷惑を…かけちまって…ヒヒヒ(笑)」


 お互い変な謝罪になったが…途中で笑ってしまった。自分でも何笑ってんだと思ったが…

 だってそうだ…もしヒーさんの言う通りなら、2人だけの話ならどちらも悪くない…と思う。


「でもよ、お前の事、好きな気持ちは本当なんだ…私なんかが付き合ってくれとは言えねぇ…やった事の言い訳みてぇだけど…やんねぇよ、こんな事。好きじゃなきゃ…な…」

 

 死にかけて、それで分かった事。

 どんな事だって相手がいるという事、俺は多分…桐子の事を何も見てなかった。

 

「俺はまだ何がなんだか分からないです。昔のミドリさんと繋がったのも今だし、やってしまった事の記憶も無いんですから…それに俺は死んだ事になってる訳で…とにかくケジメを付けて…それから考えても良いですか?」


 ミドリさん…かぁ…中学生の時に会った時は…格好良い大人だった…多分、知らない世界を知っている大人…と言ってもミドリさんも高校生だけど…

 ギラギラしていて綺麗な人だと思った…


「ん?な、何見てんだ?何か付いてる?」


 目の下辺りから口を通って顎まで、顔にある消えない傷…自信を無くした表情…俺が校舎の屋上から落ちて最初に病院で自分の顔を見た時に似てる…雰囲気が…

 この人も何かを失ったんだろうな…

 いつ頃からだろう…ミドリさんが来なくなったのは…姉ちゃんからミドリさんの話を聞かなくなったのは…

 きっと姉ちゃんともなんかあったんだろう。

 

 この人はこの人の物語がきっとあって…それは、もしかしたら俺よりも辛い事で…そう考えると自分のやった事が、感情が急に子供じみた行為に感じてきた。

 そしてこの人の辛い過去を、俺はまだ知らないんだな。


「いや、俺はヒーさんと一緒にいた時間、好きだったなぁって…付き合うとか今は難しいけどもっと親しくなりたいなと思いまして…」


「は?えぇ!?い、いや?何を突然?あ、あんまり年上をからかうもんじゃないぞ?それとも気を使わせたか?」


 思えば桐子の事、本当に知っていたんだろうか?

 小さい頃から知っているとは言え子供の時から何も変わっていないと思っていた。

 桐子にもきっと何かがあったから、そして俺がそれを聞こうとしなかったから、だからきっと…


 だけど、もう取り戻せない時間。

 変えられない過去、そして俺は自分勝手に死んだんだな。

 

「まぁそうだな…尋也がそう、言ってくれるなら…1からやり直しだ!また惚れ直させるぞ!」


「いや、憧れていただけで惚れていた訳では…」


「酷いな!?良いんだよ!細かい事は!良し!頑張るぞ!あ、明日から!」


「明日からっすか…はは、そっすね。じゃあ俺も明日から頑張ります(笑)」


 きっと、死んだ時に桐子の中で俺との未来は消えた。

 だから別れた事になっていた。辛くない訳じゃない。

 だけど…そうしてくれる事で俺は違う明日を掴む事が出来る。

 感謝すれども憎む事は無い。

 少なくともこの間までの、心がどこに行けばいいのか分からない毎日が終わったのだから。


 そして数日…俺は何をするでもなくバイトをして、ギターを弾いて、バイトをする。

 バイト帰りにヒーさんと少し遊んで、またギターを弾く。

 ヒーさんとの事を姉ちゃんに言おうと思ったけど、姉ちゃんは忙しいのか家に帰ってこなかった。

 

 そしてもう友人からも音楽からも離れ、小さな眼の前にある毎日を楽しんでいた時に、鳴る筈の無い電話がなった…


「瓢箪屋上落下男君、ざまぁの準備ができた、来たまえ」


 何を突然言ってるんだ?

 その時は知らなかったんだ。

 一世一代の勝負をする事になるなんて…

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