姉ちゃんはキレるし探偵とやらは関わるし、俺の中では終わった事なのに…

「おい…アンタさ、今言った事…本当かよ?」


 うわ…姉ちゃんがキレてる…姉ちゃんが急にグイグイ眼鏡の女の人に近寄るが…


「アンタ?今、私にアンタと?私は貴女より歳上ですが?立場的や社会的にもおおよそ上ですが?それともアレですか?クラブ『カルマルマ』のオーナーは礼儀も常識も知らずに人の上に立っているのですか?」


 眼鏡の女の人が…眼鏡を手で上げながらに凄まじい圧で姉ちゃんを見ている。

 何でこの人はこの人で滅茶苦茶キレてる…

 普通の人は姉ちゃんの勢いにたじろぐけど、この人は逆に姉ちゃんを…


「え?何でそれを?あ、いや、その……」


「それとも元ギャルサー「チータフ」の役職持ちは大事な弟を助けた相手にその態度を取ると?良いですよ?不義理、非道、不浄、そんな相手であればネタキュルセイダーズの全勢力でクソ共の蹂躙許可もグエッ!?」


 突然、男の人が眼鏡の人をスリーパーホールドをして黙らせた。

 クビかカクっとなって、締めてる腕をサワサワ触っているけど大丈夫だろうか?


「何でもありません。失礼な事言ってしまい、申し訳ありません。この人、今日やたらイライラしてこんな感じなので失神させました!では我々は外しますね、今回の事は本当に気にしなくていいので、それでは…」


 首を締めたまま部屋の外に出ていった。

 そして…それを見送るデカい人…一緒に出ていくんじゃないの?


「厶…まるで遊園地で迷子になったような顔をしているな…相談か?」


 いや、貴女の存在が迷子のようになっているから…


「今聞いたが…NTRされた様だな…お前がいくら持ってるか知らんが気持ちの代金を出せ。そしたらこの名探偵の名にかけてざまぁしてやる。」


 いきなり金を出せとか言い出した…


「安心しろ、社会人だから金を出せと言った。1円からスタートだ。後は結果を見てから決めると良い。こういうのをやりたかっただけだ。」


「あの…途中ですいません…ざまぁって何ですか?」


「え?なんと?あー…つまり復讐だ。世の中、意味不明な浮気したくせに謎の理由で逃げようとしたり同情を買おうとするがオレは依頼者の味方、NTRれた奴が浮気の真実を知り、それを許そうとしても最初の怒りを優先する処刑人、それがNTR探偵だ…」


 俺は思った…それは探偵じゃなくて、ただの有料の処刑人ではないか…と。

 しかも依頼者の味方なのにもう止めてと言っても処刑するらしい…一回依頼すると止まらないというヤバい処刑人だ。

 金を払ってるから共犯者というか首謀者になるトラップ付きだ。


「どうだ?この名探偵にざまぁを「いえいえ、とりあえず大丈夫です」


 俺はやんわりと断ったが、鷹の様な目をベッドで半身を起こしている俺に向ける。

 帰って欲しい…すると姉ちゃんが動いた。


「とりあえず尋也は疲れているみたいだから今日は勘弁してもらえますか?先程は熱くなってすいません…でも復讐は私が…とりあえず今日はこの辺で…」


 何故か姉ちゃんも復讐しようとしている…放っといてくれないかな?


『タツゥァーッ!!何で病室から出てこねぇんだぁ!何やってんだタツァァァッ!!』


「ヤベ、ヒロがキレてる…とにかくまた来るから」


 命を救って貰った分際で言う事ではないが…もう来ないで欲しい…心から思った。


 



 そして退院の日…あれから家族に誤解を解いたら仕事に戻ったようで、姉ちゃんが夜ちょっと来るだけになった。

 入院も3〜4日となり、俺が起こした騒ぎは落ち着いた。


 学生時代と違い誰かに報告も伝えなきゃいけない事も無い…音楽に生きる孤独で気楽なフリーター…なんて思ってだけど音楽をやめた。

 そして、今回の事があってから…ある意味2度目の人生だと思い、新しい生き方を考えようと思う。

 そう、人としてまず迷惑をかけたバイト先には伝えなきゃ駄目だと思った。


 俺のしていたバイトは人の出入りの激しい半分日雇いみたいな工場…電話して、休みまくってすいません的な事を言ったら「別に良いけど今日出れるか?」と、聞かれた…まぁそんなもんだよな。


 ベルトコンベアーで流れてくるバラバラの請求書をひたすら完成させる…まぁロボみたいな仕事だ。

 足がまだイカれてるけど、まぁ出来んだろ…それに会いたい人もいる。


「おう、ヒロ坊!どうした?急に長期で休んで?面倒くさくなる病気、仮病か?ウチという女がいながらバックレちゃったかと思ったよ(笑)なんてな、怪我したんだっけ?大丈夫か?」


「ういっす!大丈夫っす!心配かけました!」


 話しかけてきたのは工場のバイトリーダー的な女性、志波しば翡翠ひすいさん。

 ヒーさんと呼んで慕っている。


 基本的に俺は仕事場では他の人とほぼ話さない。というか、皆殆ど話さない。

 日雇い感覚なので大体給料貰ったら辞めるからだ。

 だけどヒーさんは特別だった。


 歳は姉ちゃんと同じぐらい…22〜3ぐらいと聞いた。多分、お姉ちゃんと仲の良い俺には話しやすかったんだと思う。

 ヒーさんは、やる事はやるが仕事に対して全く情熱は無く、俗に言う…ギャルやヤンキーみたいな…いや、ヤンキー寄りか…家にいるみたいな格好…大体、ジャージかスウェット。

 そして、ほぼ無い眉毛、常にすっぴんで、天然パーマなのか良くわからんくせ毛、プリンの様になっている肩までの金髪を上に結んで仕事場来ている。


 何が凄いって仕事が終わったら休憩室でビールを飲んでいる…飲むと鼻から左の唇を通って顎にかけて、薄っすらある傷跡が赤くなる。

 左側の犬歯が上下無く、そこに紙タバコを挿して吸っている。


 何でバイトに来ようと思ったか…この人に話したかったというのがある。

 ヒーさんと話す時はいつも自虐だ。お互い笑いながら上手く行かねぇな、馬鹿見てぇだな、なんて話を笑いながらする。


 桐子にも、家族にも…思えば昔からずっと何かに憧れ、それになると言い続け自分を大きく見せてきた。

 ヒーさんは抜けた歯を見せながら笑う、ギャハハと笑う。酒を飲みながら、まるで自分で自分を嘲笑うかのように笑う。

 自虐、悪口、嫉妬、妬み、言い訳…凡そ世間の希望溢れる若者の間では禁忌とされている、聞いてられない話が出来る。

 ただ、誰しもが思っている事…それが現実だ。


 苛ついてる時はタバコを勧めてきた、悲しい時は時は酒を勧めてきた。

 未成年だと言うと、何があれば私に無理矢理勧められたと言えと言っていた。

 本当は小さい自分が分かるし、ヒーさんといるとそれで良いんだという気になる。

 だから今日はヒーさんに聞いてほしかった。


 仕事が終わって皆帰った休憩室でヒーさんと話す。流石にあんな事があったから今日はタバコと酒を断った。


「いつもちゃんとしろみたいな事を言う彼女が浮気しましたよ(笑)どっちがちゃんとしてんだよって話ですよ(笑)まぁ俺が一番ボンクラなんですけどね(笑)」


 ヒーさんが笑う、ギャハハハ…と。


「大体皆、そういう事を言う奴は自分を棚に上げてるよな(笑)そんなンヤラれたら余計こっちはちゃんとしねーっつーの(笑)まぁボンクラのウチは元からやらねーが(笑)」


 状況を知っている人が見たら負け犬の遠吠えだ。

 でも…ヒーさんは優しいのか、肯定はしないが俺を絶対否定しない。そして…桐子も強く責めない。

 だからこそ…ついつい言ってしまう…


「ハハハ、だからヤケクソになって母校の屋上から飛び降りてやりましたよ(笑)たけど生きてました、ボンクラだから(笑)そしたら別れた事になってました(笑)」


 一瞬、ヒーさんの瞳が揺れた気がしたが気にしない。申し訳ないけど…吐きたかった。

 俺の心にはまだまだ吐瀉出来る後悔が残っていた。


「クソ女って思う前に…俺のせいだってどうしても思ってしまう情けない(笑)そのくせ落ちている瞬間、死にたくない!って思っちゃう(笑)そこから生きて帰ったらもうホール・ニュー・ワールドって感じっす(笑)」


「あ、ああ、そうだよな!(苦笑)生きてるんだから儲けもんだぜ?(苦笑)こ、これからはウチが相手してやるからよ!(苦笑)まぁとりあえず飲めよ?な?(苦)」


 そこからはよく覚えて無い…酒を勧められたのは覚えている、一気したのは…良く覚えていないが…もう酒は飲まない…そう決めた夜だった。

 意識が朦朧としている時に聞こえたヒーさんの声…


「お前…頑張ったんだな…努力は報われない…かぁ…家族には連絡…といて…とにかく…寝な…」


 起きたらヒーさんと並んで休憩室で寝てた。

 こういう時、よくある話として2人のロマンチックな夜、朝チュン?みたいな話になるが…ヒーさんとはマジで何も無い…だから安心出来るっていうのはある。

 ただ、ヒーさんの寝顔を見ると思う。

 世界で俺だけが辛い目にあった様な気分でいたが、例えばこの人も色々あったんだろうな。

 行動や性格が無茶苦茶とはいえ別に顔が悪くない、猫っぽい愛嬌のある顔だ。ちゃんと化粧したら綺麗になると思うけど。

 しかしヒーさんの顔には傷がある。

 それは…きっと過去に大きなキズがあるんだろうな。


 思えば友達…いなかったな…中学高校と、もしかしたら皆と俺は違うとでも思ったのかな…イケメンも何やってんのかなぁ。

 今度遊んでみようかな。桐子はともかく、アイツからの紹介なら仕事やってみようと思うし…何でも許せちゃうイケメンってずるいよなぁ…


「イケメン…いい仕事紹介してくれっかなぁ」


 ふと、Tシャツの裾を引っ張られていた。


「…ここ、辞めちゃうのか?」


「起きてたんすか?いや、ここは疲れないので残しますよ(笑)…昨日は醜態晒してすいません。後ちょっとで20歳なので、そしたら居酒屋奢りますから」


「はぁ?奢るとしたらウチだろ?お祝いなんだからさぁ」


 タバコに火を付け天井を見ながら煙を燻らす、何かソワソワしているヒーさん…昨日の散々言ったからなぁ…何か言いたそうだな…まぁ良いや…


「ヒーさん、昨日はありがとうございました。それじゃ俺帰りますね…何かまだフワフワした気分ですけど…大量に付いてる憑き物が一つ落ちた気分ですよ」


「あ、あぁ…良くわかんねーけど良かったな、家には泊まり勤務になったからって連絡しといたから…じゃなくて…あぁ〜あ!まぁ良いや、またな!」




 帰ると姉ちゃんがリビングで朝飯食ってた。


「お帰り〜アンタ、退院したばかりなのにいきなりバイト行くって何考えてんの?ゆっくり休みなよ…心配じゃん!?」


「ごめんごめん!なんかやってないと落ち着かなくてついつい!」


「本当にさぁ!心配かけさせないでよね!?」


 音楽やってた時は見えなかった、周りの人の人柄や優しさ、気付かされる事が沢山ある、もしかしたら桐子の事も冷静に見えるのかも知れない。


 しかし…ここからまた面倒な事になる

 音楽をやめる、彼女と別れる、自殺未遂をする。


 本人からその重さは分からない。

 諦めて、悔しくて、命からがら助かった…怖かった…で終わりに向かっていると思っていても、周りがそうは思わない事を知る。


 数日後、イケメンに電話をした。

 この間、またなと言った間柄。音楽をやめる報告も兼ねて、この間あった事、そしてこれからについて話せればなと思ったが…


『もしもし…え?尋也!?何で!?お前死んだんじゃないのか!?』


 何故かイケメンは電話越しでオイオイ泣きながら良かったと繰り返していた。

 

 何で俺死んでんだよ…(笑)

 先にヒーさんに会っておいて良かった、だってビビるよ、自分が死んでる事になってたら(笑)

 

 

 

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